第2242話・子供たちの久遠諸島訪問と近江の山狩り・その二
Side:蒲生定秀
早朝から始まった山狩りだが、多くの者が逃げ出したことで捕らえた者は少ない。
わしの陣には機嫌伺いにと領内の寺社なども使者を寄越すが、賊と通じておる嫌疑のある寺社の使者もおる。まあ、それはいい。されど、その態度に怒りが込み上げてくる。
己らの悪行を悪いと思うことすらなく、賊を捕らえたことに対する褒美を期待するような様子なのだ。
「褒美は御屋形様と話してくれ。わしは賊と通じておる嫌疑のある者を許した覚えはない。無論、寺社が賊と通じるのは勝手じゃ。わしが裁くことも口を出すことも出来ぬ。されど、後日詮議をして賊と通じておると判明した者は、寺社であろうと家臣であろうと絶縁する。以後はわしと関わらず生きてくれ。まあ、そなたらに限って左様なことはあるまいがな」
居並ぶ家臣も寺社の使者らも、同じように顔色が悪うなった。誰もが落としどころだと思うておったのであろう。所詮、悪いのは賊だと。賊にすべての罪を着せて終わる。
うんざりするわ!
穢れきった寺社にも! 家臣らにも!
「殿、それはあまりに……」
「そなたは情け深いの、よいことじゃ。いつでも独立してよいぞ。己が名と力で生きてくれ。御屋形様には言うておこう」
「いえ! 某は左様なことを申し上げておるのではございませぬ!?」
「斯波と織田が、商いにて我らに多くの配慮をしてくれておるのは御屋形様のおかげ。されど、その御屋形様を裏切るような真似をしておった者は、御屋形様が許してもわしが許さん。気に入らぬならば兵を挙げてもよいぞ」
わしは……、武衛様や弾正殿のように許すことは出来ぬ。鬼と言われてもここで愚か者を始末してくれようぞ。
所詮、手放す所領のこと。寺社との縁も勝手する家臣も要らぬ。もっとも所領を手放すことは倅以外には言うておらぬがな。わしに従えぬというならば、独立して御屋形様に臣従すればいい。
尾張には不要な家臣をいかに放逐し、利にならぬ寺社と離れるかを考えておる者が多い。所領を己でまとめる必要がなくなるのだ。蒲生家も今から、役に立たぬ者、寺社との手切れをせねば。
ちょうどよい機会だわ。家中を身綺麗にしてくれる。
Side:アーシャ
久遠諸島へ行けると知った学校の子たちは喜んだわ。
夢の島、桃源郷。尾張では誰もが一度は行ってみたいと思う場所となりつつあり、水軍や海軍に志願する者の何割かは、恵比寿船に乗って本領に行きたいという者がいるほどよ。
ただ、今回の同行でも行ける者はごくわずかな身分ある子だけだろう。子供たちが当然のように、そう思っていたと後から聞いた。
学校では俗世の身分を可能な限り持ち込まないことにしているものの、それでも影響が強いことを改めて教えられたわ。
そんな子供たちに正式発表する日、まだ梅雨の前だったわね。私は司令に直接伝えてもらうことにした。
「今年の本領への帰省だけど、守護様の計らいで学校のみんなを連れて行くことにしたから。それまでに船に慣れることもしてもらうことになった」
喜ぶ子供たちがいる一方で、家が裕福でない子や身分の低い子が悲しそうにしたのを司令は見逃さなかった。
「えーと、みんなで行くんだよ。酔ってどうしても船に乗れない子以外は。みんなだ。さらに船に乗れなかった子には、代わりにウチの屋敷に日を改めて招くから。そっちで楽しんでもらう。あとはみんなで行こう。銭も要らない。みんなの親には学校で許しを得るから、案じなくていい」
危険な旅であることは子供たちも承知よ。ただ、それでも行きたいとみんなが思っていた。
子供たちの悲しそうな顔に少し慌てた司令が説明をすると、行けないと思っていた子たちはきょとんとして信じられないと言いたげな顔をしていた。
「ほんとに?」
「銭ないよ?」
「うん、みんな連れて行くことにしたんだ。守護様と大殿のおかげだからね、感謝して行こう」
子供たちを連れて行くのは守護様の提案だったと聞いた。ただ、決めたのは司令なのよね。それをちゃっかり守護様と大殿のおかげだなんて言っている司令に、私やギーゼラなど同席していた妻のみんなは笑っていたわね。
実際、その地の領主に一声掛けておくことは必要なのよね。本来は村を離れる際でも村の許しがいる時代だから。子供たちも、司令に連れて行けばよいと提案していただいた守護様への感謝はしたほうが良いと思うわ。
「はい!」
「ありがとうございます!」
無論、子供たちも理解しているわ。最終的に連れて行くと決めたのは司令であることを。久遠諸島は日ノ本の外にある、帝の権威すら及ばぬ久遠家が治める地だと教えているから。
結果、医師が同行することもあり、ほぼすべての子が久遠諸島に来ているわ。
親の許可も司令と私で取った。危険な旅だけど久遠家で責任を持つからと。なにより司令が一番子供たちとの旅行を楽しみにしていたのよね。
「さあ、どうだ? これがここで使っている鉄道馬車だ」
今日の最初の予定は、屋敷の前に止まってある鉄道馬車の見学よ。あえて止めてある鉄道馬車に子供たちを乗せたり触らせたりしてあげることにしたの。
「うわ……」
「乗ってもいいですか!?」
「いいよ。いろんなところを触ったり見てもいい。ただし危ないことは止めるからな」
「はい!!」
日頃、島内を循環するのに使っている鉄道馬車に、子供たちは興味津々で大喜びだわ。日頃見られない馬車の下を覗いたり、御者の席に座ったりとみんなそれぞれに鉄道馬車を楽しみ始めた。
「凄いだろ?」
うふふ、案内する司令が一番楽しそうかもしれないわね。
立身出世するに従い、常に自分の言動や行動に気を配る優しい殿様だから。こうして本領に戻って、子供たち相手に自由に振る舞えることが楽しいのでしょう。
「どうした? 屋根が見たいのか?」
「うん!」
「よし台を持ってきて、みんなで見られるようにしようか」
学校の子たちも司令に過剰に畏まることはしなくなっているわ。学校に通い始めたばかりの子は畏れたり畏まったりする子いるけど、司令が止めさせることと喜ばないから。
今も授業をする回数は多くないけど、行事には参加するし、一緒に武芸の鍛練に参加することもある。
子供たちにとって司令は雲の上の偉い人から、あこがれるような存在となった。
夢を持ち、司令と私たちが築き上げてきた尾張という国をみんなで守り豊かにしたい。そう言ってくれる子が本当に多くなったわ。
子供たちが変わると大人も新しい時代を察する。次々と増える領地と諸勢力もこぞって真似るようになり、各地の武家や寺社からは教育について教えを受けたいと頼まれることも増えた。
司令は、当人が思う以上に凄い人になったわね。
残念ながら司令に変わる人は、もう現れないのかもしれない。時代が、世の中が、久遠一馬という人物を作り育てたんですもの。
ただね。司令の意思を継ぐ者はもうたくさんいるわ。
そして、これからも増えるでしょう。
私はそれを教師という立場で見ていられることが嬉しい。
教師になってよかった。最近そう思うことが増えたわ。
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