第2144話・それぞれの様子
Side:三好長逸
尾張の留守居役からの書状に思わず唸ってしまった。同じ世を生きる者にかような者らがおるとは。運がいいのか悪いのか。
畿内と争わず、畿内に頼らぬ国をつくる。なにも斯波と織田が初めて考えたことではない。関東などは昔からかような地だ。
ただ、大陸に近い西国や畿内を抜きにしては、国が成り立たぬはずであった。知恵然り商い然り。
ところが久遠という東の海から来た者が、東国に欠けているものを与えてしまった。
さらに院や帝から民に至るまで
久遠だけで明と帝と寺社の代わりをしておるのだ。勝てるわけがない。
まあ、味方と言うても差し支えない相手故、構わぬのだが。当家に関わることでは、管領を若狭に捨て置けと言うておるのは内匠頭殿だという。
始末を付けたいと願う者も多く、幾度も小競り合いをして若狭に兵をという話はあったが、上様が捨て置かれるならばと殿は動かれなんだ。
今では若狭管領と称され、かの者の書状では誰も動かぬとさえ言われるほど。譲位も尊氏公の法要も、すべて管領抜きにして成してしまったからな。内匠頭殿は、兵を挙げず細川京兆と晴元を政の中心から遠ざけてしまわれた。
「尾張の屋敷には、今少し銭を送るか」
その地にはその地の流儀があり生き方がある。畿内とは別の国になりつつある尾張にて畿内の流儀を貫くは愚か者のすることだ。質素倹約になど励まれて、斯波と織田に気を使わせるなどあっては困る。
我らは阿波の者。畿内と共に沈んでやる義理はない。
Side:目賀田忠朝
春となった。御所造営は恙なく進んでおり、周囲の屋敷や町の造営も盛んに行われておる。わしの城があった目賀田山も詰城とするべく改築されておる。
幼き頃より見てきたものが変わる様は寂しくもある。
されど、武士として変わりゆく世についていかねばならぬ。過ぎ去りし日を懐かしむなど公家だけで十分であろう。
近江は揺れておる。叡山や堅田などを筆頭に古くから己が力で生きているところは、織田と織田に合わせるように変わろうとしておる六角家を複雑な思いで見ておるはずだ。
新しきことを始めても、その利を安易に与えておらぬからな。常ならばあの手この手で利を寄越せと動くはずだが、上様がおられることと尾張の後ろ盾があることで今のところは大人しい。
銭と品物の流れは最早、叡山であっても尾張に勝てぬらしい。
昨日、海祭りを終えた尾張から曙殿らが近江に来られた。わしは少し前から曙殿らの与力として正式に付けられておる故、挨拶に出向くと、土産にと珍しき酒と果実が入っておる瓶詰めを頂いた。
「万事上手くいっているみたいねぇ」
この一月あまりの様子を聞かれると満足そうに笑みを浮かべられた。
「こちらは神宮と熊野の件が伝わっております故に」
上手くいっておる。尾張を怒らせた神宮と熊野のその後を皆が知っておるからな。
武衛様、弾正殿、内匠頭殿。このお三方の関わりは外からはあまり見えず、よう分からぬという声は今でもある。内々では誰かが面白うないのではと語る者も少なくないが……。少なくとも一致結束しておることだけは間違いない。
そこが揺るがぬうちは勝てぬというのだけは、諸勢力で一致しておろう。
「あれはね。私にはどうしようもないわよ。家中が、いえ、領内の多くの者が怒っているわ。皆、神宮を信じていたのよ。他は堕落しても、あそこだけは正しくあり世のため人のための味方だと」
であろうな。昨年でいえば、奥羽の一揆にて叡山や石山が早々に自ら末寺の非を認めて代官である内匠頭の奥方殿の面目を立てた。それもあって、信じていた神宮が奥方衆の面目を潰したことに尾張の怒りは察するに余りある。
事実、叡山では奥羽の一件の始末に関して、内々では異を唱える者も少なくなかったと聞くが、神宮の一件を聞くと左様な者も大人しくなったと漏れ伝わる。
「まあまあ、難しい話は置いておきましょう。いろいろと土産話もありますから」
少し場の様子が重苦しくなるも、夜月殿が話を変えると少し安堵した。
「そうね。あれはあれ。まずは管領代殿に挨拶に出向きましょうか。目賀田殿、お願いね」
「はっ、すぐに使いを出しておきまする」
家中には曙殿が来たということで安堵する声も大きい。尾張が決して見捨てぬと示す形であり、伊勢や三河の武功は知られておるからな。近江におられるだけでおかしな動きが減る。
足利と北畠が通じた事実は重い。それを尾張が仲介したこともな。誰も勝てぬ戦で天下に逆らいたくなどないのだ。
Side:和田惟政
曙殿らが到着されたと知らせが届くと、皆の顔つきが変わった気がする。
上様は昔と違い、我らの立場と心情を察してくだされるが、心から信を置いておられるのが管領代殿や曙殿らであることは明白だからな。
若い者や愚か者らには、間違っても曙殿らを軽んじるようなことはするなと厳命してある。そのわけを理解しておらぬ者も多かったが、神宮と熊野の一件で理解した者は多い。
皆、己の家や立場のために動いてしまう。わしとてそうだが、天下の政を考えぬ者があまりに多い。情けないことに曙殿らがおらねば抑えが利かなくなる。
「伊賀はようやくか」
「はっ、あちらも神宮と熊野の一件を聞き態度を変えてございます」
春となりて朗報だ。条件で騒いでおった伊賀がようやく折れた。織田で甲賀者や伊賀者を厚遇したことで勘違いしおって。
内匠頭殿が厚遇したのは八郎殿の忠義と働きが大きい。与える利に相応しい働きをする者ら故、厚遇したまで。
家柄や血筋で厚遇するならば、臣下が尾張者で十分だと何故分からぬのか。
「さっさと始末を終えねばな」
伊賀如きで手間取っては困る。朝廷や畿内の諸勢力とて今は大人しいが、こちらが乱れるとすぐに勝手をするのが目に見えておるのだ。
最早、上様は後戻り出来ぬお立場だ。上様が生きていくには三国同盟と共にあるしかない。伊賀はそんな三国が上様の御為と用意した地。
これでようやく一息付けるな。
旅の疲れが癒える頃に曙殿らにこのことを知らせるべくまとめておくか。
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