第2027話・熱田祭り・その二

Side:久遠一馬


 花火人気は留まるところを知らない。


 尾張と近隣の領民だと年に一回は花火を見たいと頑張っているし、実はここ数年は花火を打ち上げるための献金が集まっている。武芸大会や文化祭もそうだけど、地域で支えるという意識が強いんだ。


 誰が始めたのか不明だけど、富裕層と言えない庶民までもが数文とか奉行所や城に献金してくれる。正直、寄付金の額は小さくない。花火には職人の献金が多いんだ。尾張だと職人はお金持っている人が増えたからね。


 いただいた献金は花火打ち上げ費用に充てるために、織田家の歳入として計上している。花火玉と打ち上げの費用は公表していないものの、熱田神社には今年の花火への献金額を開示していて、寄付してくれた人たちにも見られるように公開している。


 尾張在住の公家衆が、この金額に驚いたって話も伝わっている。領内統治も経済運営もこの時代と違うからだろうけど。織田領の底力を見せつける形になっているみたいなんだ。


「さすがは熱田様だなぁ」


「ああ、威張るばかりのお寺様とは違う」


 恒例となっている祭りの巡回をしていると、そんな声が聞こえてきた。


 織田領においては寺社の権威と立場は落ち続けている最中だが、尾張の寺社はいち早く持ち直して地域の信頼を取り戻しているところが増えた。


 上を見るばかりではなく領民と向き合う。本来の寺社の形に戻ったと言えるだろう。大宮司の千秋さんとも話をしたが、長く続く熱田神社を当代で汚すわけにいかないと頑張っていたからな。


 ただ、熱田や津島を筆頭に尾張の寺社が正道に戻り評価されると、比較される領内や周辺諸国、いや日ノ本にあるすべての寺社において権威と信頼に疑問を抱く人が出ている。


 今の尾張は日ノ本でも有数の国であり、諸国から人が集まるんだ。そんな人たちは尾張の寺社に驚き、地元の寺社と比べてしまうことが原因だ。


 無論、一部には評価を上げているところもある。真面目に地域と共に生きている寺社は権威や歴史にかかわらず信頼される。とはいえ、歴史や伝統のある寺社ほど権力と結びつき領民と乖離しているところが珍しくない。


 まあ、今のところ影響はあまりない。とはいえ、長い目で見ると寺社の立場は厳しいものになっていくだろう。


 むしろ喫緊では領内のほうが問題だ。寺社同士での格差が開きつつある。


 織田家では寺社に役割を与えて生きる道を示しているが、同時に庇護して特権を与えて敬うようなことはほとんどしていない。人の上に立って偉そうにしていたい坊主なんかはそれが出来なくなり、今でも不満を抱えている。


 さらに領民が地域から出ることが珍しくなくなったことで、近隣や尾張国内の他の寺社と比べて噂をされる。これが屈辱だと怒っている人もいる。


 もう少し言うと、比べるのは坊主同士でもある。功名心、自尊心の高い坊主なんかは、自分で余所と比較して世評や訪れる人の賑わいなどで劣ると不満を持つ。


 古い歴史と伝統からくる序列や階級があり、領地制の中で住み分けていた寺社が競争社会に放り出された。その中で繁栄するところもあれば没落傾向のところもある。


 他国もそうだけどね。領内ではちゃんと領民と向き合わないと相手にされなくなりつつあるんだ。武士が菩提寺などに寄進して保護することもあるが、人が寄り付かなくなると寂しいものだからなぁ。


 しかも、そういうところに限って、出家と称して寺社に入っていた者たちが還俗して出て行ってしまう。寺社の人手不足、よくよく調べてみると、寺社内の問題があるところで騒いでいる感じだ。


 千秋さんや堀田さんは頭の痛い問題だと嘆いていたね。


 熱田神社や津島神社が繁栄すればするほど、領内の寺社に格差が生まれ問題が起きる。ウチの苦労を察したと以前こぼしていたほどだ。


 まあ、それでも前に進まないといけないと理解してくれているから助かるけど。




Side:武田晴信


 家中にいる頑固者を尾張に連れ出せという命を受けた。尾張を見たことがない者に限って、あれこれと騒ぐことが清洲には筒抜けなのだ。


 さっさと消してしまえと言わぬだけ情け深い。かつてのわしならば消してしまえと命じたかもしれぬな。


 今川殿が連れて参った者らを町に出すとのことで、こちらも同じくするか。


「御屋形様、この国は何故、かように贅沢をするのでございましょう」


 皆が町に出るのを見送ると、残った飯富兵部が声を掛けてきた。すでに出家しておったが、ちょうどよいので連れて参ったのだ。


「民を豊かにすることで強く豊かな国にする。それと銭を使うことで銭を得るそうだ。久遠の知恵だと教えを受けた。豊かさは奪うのではない。自ら生み出すのだ。そう言えば分かるか?」


「はっ、なんとも面妖なとは思いまするが……」


「坊主を超える知恵を持つ者らだ」


 一度や二度話して理解されたのではわしの立場がないがな。幾度も教えを受け、実例を教わりようやく理解しつつあるというのに。


「恐ろしき国ということは理解致しました」


「先ほどの内匠頭殿を見たであろう? あの御仁は我らの政も理解しておられる。そのうえで変えたのだと思う。ありもしない極楽を語ることなどないのだ内匠頭殿はな」


 知らぬ者ほど勘違いしておろう。坊主のように神仏の名を騙ることもなく、夢想の如く偽りを語ることもない。徳があるかないかなど気にもせず、常に目の前にある政と向き合うのみ。


 人の上に立つ者はかくあるべきなのかもしれぬ。


「そなたも今一度、この国をよう見て参れ。過ぎ去りしことはすべて忘れてな」


「はっ、畏まりましてございます」


 去りゆく兵部に昔を思い出す。あやつらに求められ、己が手で父を追放し甲斐武田を継ぐべきか悩んだ頃だ。


 わしは己が力で甲斐を治めたいという我欲に勝てなかったのだ。父上とも今ほど腹を割って話せず、弟に家督を継がせるのではという疑念も捨てきれなんだこともあるがな。


 皆、悩み苦しみ生きておる。父上も兵部も。わしも……。


 人の世は人の力で治めるべき。久遠の政において、これに関してはわしも得心がいった。向き合うのは神仏ではない。人なのだ。


 故に、兵部を許そうと思う。穴山らもいずれ許さねばなるまいな。血塗られて因縁に満ちたままでは武田家は生き残れまい。


 わしは内匠頭殿ほど寛容にはなれぬがな。



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