第46話 いちいしにとりです!
俺の通っている学校に、俺のいるクラスに転入してきた久野市さん。その理由は、俺の命を守るため。
まあ、どうして転入してきたのか、って聞いたら、そう答えるよなぁ。
ただ、俺が聞きたいのはそういうこと……なんだけど、そういうことだけじゃなくて……
「私、村からここへ来ると聞いて、さっそく荷造りを始めたんですけど……その裏で、じっちゃまがいろいろと手配してくれていたんです」
なんと話を聞くべきか、考えていると……久野市さんは、ゆっくりと続きを話し始めた。
荷造りとは言うが、ほとんど手ぶらのようなものだった気もするけど……というツッコミは、さておいておこう。
「手配?」
「はい。じょーきょーしたら、この学校の転入試験を受けるようにと、言われていまして」
久野市さんはいきなり自分の服の中に手を突っ込み、紙を取り出す。なんか俺が直接受け取るのははばかられたので、それを桃井さんが受け取る。
桃井さんは俺にも見えるように、紙を広げてくれた。そこに書かれていたのは……
「……地図?」
「です、かね」
地図と思われる、図だった。正直地図というにはいろいろと簡素すぎる気もするが、書かれた円の中に『がっこう』とか『このはさまのおうち』とかがさらに書いてあった。
これは、やっぱり地図だ……なるほど。
久野市さんがウチに来れたのも、この地図を見てってことだったのか。
……いやよくわかったなこれで。
「じっちゃまが書いてくれました!」
ふふん、と胸を張る久野市さん。久野市さんのおじいさん、絵心ないのかな。
あちこちひらがなで建物の名前が書いてあるのは、漢字がわからなかったのか久野市さんにわかりやすくするためか……
多分後者だな。
ともあれ、久野市さんのおじいさんが学校の転入試験を受けるように手配した……ということはだ。
久野市さんはそれに従ったということ。つまりは……
「久野市さんはすでに試験を受けて、それに合格したから今日から通うことになった?」
「その通りです!」
えっへん、と胸を張る久野市さん。転入試験がどれほどのものかわからないけど、合格できるくらいには頭良かったんだな、久野市さん。
なるほど、聞いてみれば簡単なことだ。そりゃそうだよな。
驚いたことがあるとすれば、久野市さんのおじいさんがそんな手配をしていたこと。俺の護衛のためとはいえ、孫娘に都会の学校へ通うよう送り出すことに、悩みとかはなかったんだろうか。
「でも、いつ試験なんて受けたんだよ? 俺の部屋に着てから、そんな暇……」
「いえ、試験はじょーきょーしたその日に受けに行きましたよ」
久野市さんの答えを聞いて、思い出す。……そういえば久野市さんは、この部屋に泊まり始めた一週間前には、すでにこの町に来ていたんだよな。
不審者だと思い、俺が追い出して……その後一週間、公園で寝泊まりしていた久野市さん。じゃあ、初めて会ったあの日にはすでに、試験を受けた後だったってことか。
考えてみれば、昨日今日受けた試験の結果がすぐに出るわけもない。今日転入してきたなら、少なくとも一週間前に試験を受けていたと考えるべきだろう。
「でも、すごい偶然ね。たまたま木葉くんと同じクラスに……
あ、それとも試験に合格したら、同じクラスになるようにしてたの?」
「いえ、それは本当にたまたまですよ」
偶然ねー、と桃井さんと久野市さんは楽しそうに話しているが……多分、偶然ではない。
久野市さんのおじいさんが転入試験の手配をしていたなら、合格した後どのクラスに配置されるか頼んでいた可能性が高い。
もしかしたら、この学校に久野市さんのおじいさんの知り合いがいるのかもしれないが……
いずれにしろ、久野市さんは俺と同じクラスになったのは偶然、と思っているわけか。ま、これも俺の勝手な想像だけど。
「久野市さんが転入してきた理由はわかったよ。まあ、俺に不都合があるわけじゃないし、まっとうに試験を合格したんなら言うことはない」
「はい!」
「……で、次の問題だけど」
「ウチのこと、だろ?」
視線を向けた先にいたのは、火車さん。俺を狙い、命を奪おうとした。
友達、それもルアと同様学校で一番の友達だと思っていた彼女に裏切られた気持ちは、正直言葉に表しにくい。
あの時久野市さんがいなければ、俺は死んでいた。
その後、俺の命を奪うのに失敗した火車さんは、てっきりもう学校には来ないものだと思っていたんだけど。
「こないだ、久野市さんとなにか話していたよね。それと関係ある?」
俺を殺すのに失敗した火車さん、そんな彼女と久野市さんは、二人でなにかを話していた。
その内容が、今回の件と関係あるとは限らないけど……
「はい、今度また主様の命を狙ったら、ぶち殺しますよ、と。
今回転入できたので、彼女の見張りもできてお得です! えっと……いちいしにとりです!」
「……多分一石二鳥、って言いたいのかな」
笑顔で怖いこと言うんだよなぁこの子。俺に害はないからいいんだけどさ。
火車さんも、久野市さんの笑顔に若干びくついているみたいなんだよな。
「ま、これからは依頼主とは縁を切るし。木葉っちを殺すって依頼も受けないから、安心してくれよ」
「じゃあ、前の依頼人が誰か教えてくれても……」
「それはやだね。さっきも言ったろ、ウチにも殺し屋としてのプライドが……」
「あの時『そ、そうだよ。ウチを自由にしてくれたら、情報提供もする。た、頼むよ! このままじゃウチは依頼失敗で殺される! そんなのは勘弁だ!』とか言って涙目になって主様にすがっていたくせに……ぷふっ」
「な、泣いてねえし! すがってもねえし!」
……とにかく、もう俺の命を狙わない、ってことで納得していいのだろうか。
口だけならなんとでも言える。これまでの友達関係が一気にひっくり返されたのだ……信用は、できない。
でも、久野市さんが……笑ってる。俺を殺そうとしていた火車さんを殺そうとした久野市さんが。
その笑顔を見ると……少なくとも、危険はないのかなって、思ってしまう。
「ま、まあそんなわけで……殺しの仕事は一旦、休業だ。一旦な! だからその、学校に……」
「お、おう……?」
「……っ、こ、木葉っちが言ったんだろうが! 殺し屋やめろって、学生生活できてたって!
だから、その……殺し屋を一時休業する間は、学生生活とやらをやってみるのも、ありかなぁと、だな……な、なに笑ってんだ! 殺すぞ!」
……なんか、大丈夫な気がしてきたな。
命を狙われたこと自体はまだ許せないし、正直怖さもあるけど……彼女から、悪意とかは感じない。もちろん、久野市さんみたいに気配がわかるって話では、ないけど。
それに、もしまたなにかあっても、久野市さんが守ってくれる。それがわかったから、こんなに落ち着いているのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます