第32話 正直、めちゃくちゃ助かってます
桃井 香織さんという人は、世話焼きな性格なんだと思う。アパートの部屋を借りたばかりの俺に、よくしてくれて……それは今に至るまで続いている。
他のアパートの大家さんがどんなタイプなのかはわからないが、桃井さんくらいに親切な人はいないんじゃないかと、勝手に思っている。
そんな桃井さんだから、初対面である久野市さんのことも放っておけないのだろう……そう、思った。
だからだろう。買い物に、着いてきたいと言ったのは。
「なんかすみません、せっかくの休日なのに」
「気にしないで。私が来たいって言っただけだから」
現在、着替えた桃井さんも同行し、俺たちは出掛けている。目的地は、近くのデパート。歩いていける距離にあり、なかなか便利な立地だ。
デパートの中になら、服屋などもある。さすがにコンビニやスーパーにはないからなぁ。
ちなみに、桃井さんは花柄のワンピースを身にまとっている。茶髪にはヘアピンがつけられていて、なんだか全体的にいつもと違う雰囲気にドキッとしてしまう。
いつも会うのは、バイトのときや事務的な連絡時が多いからな。
こうして休日に一緒に出掛け、お昼にお出掛け用の服を見るというのは、なんだか新鮮だった。
「久野市ちゃん、村でもほとんどあの服だって言ってたけど……大丈夫? 動きにくくない?」
「はい、問題ないです」
「よかったぁ。それお気に入りの服なんだ。
……って言っても、あんまりおしゃれ過ぎるのは久野市ちゃんの魅力が引き立っちゃうし……逆に地味だと、私ってそんな服しか持ってないのか、って思われちゃいそうだし……」
着替えの最中、二人はある程度仲良くなったのだろうか。桃井さんは、久野市さんから村での話を聞いたようだった。
なんかまた自分の世界に入りつつある桃井さんを横目に、俺は隣を歩く久野市さんに耳打ちする。
「いい? 外じゃぜっっったいに主様なんて呼んじゃだめだからね、久野市さん」
「はーい。……でも、主様は呼び方を変えてと私に要求するのに、私は久野市さん呼びのままなんですか?」
「ぅ……そ、それは追々と……」
桃井さんだけならまだしも、不特定多数がいる中で主様呼びされたら軽く死ねる。なんとか釘を差しておかないと。
だが、その代わり……というわけではないだろうが、久野市さんから久野市さん自身の呼び方の変更を要求される。
……俺からの要求を飲んでくれたのだから、俺も久野市さんの要求を飲むべきなんだろうが……以前にも、忍と呼んでくれと懇願されたが。
年齢イコール彼女なしの俺に、いきなり女の子を馴れ馴れしく呼ぶなんてことはできない。
久野市さんが本当に村にいたって記憶を思い出して、久野市さんを妹みたいに思えれば……呼び方を変えられそうだけど。
「それにしても、なんだかこんな明るいうちに木葉くんとお出掛けするなんて、なんだか新鮮だね」
「! はい、そうですね」
自分の世界から戻ってきたらしい桃井さんは、俺に話しかけてくれる。どうやら、桃井さんも同じようなことを考えていたようだ。
桃井さんと二人で歩くのは、俺のバイト帰りにタイミングがあった際一緒に帰る。だが、それは大抵が夜だ。
こうした、まだ昼にもなっていない時間帯に一緒に出掛けるのは、とても新鮮だ。
「むぅ……本当なら、私がある……木葉さんと二人でお出掛けしていたのに」
ただ、それを面白く思わない人もいるらしい。久野市さんだ。
彼女は頬を膨らませ、桃井さんを見ていた。というか睨みつけていた。
その視線を受け、桃井さんは慌てたように手を振る。
「ご、ごめんなさい。でもその……」
「こら、桃井さんにそんな態度取るんじゃない」
「はぁーい」
わかっているのかいないのか、返事をしても久野市さんは不服そうな表情のままだ。
それを、優しい桃井さんは気にしてしまっている。桃井さんが気にすることじゃないのに。
「えっと……私、お邪魔だったかな」
「そんなことないですよ! 自分で言ってたじゃないですか、俺には女の子の服のことはよくわからないですし。
正直、めちゃくちゃ助かってます」
「……そっか」
自分はお邪魔ではないのか……そんな心配は無用だと、俺は話す。邪魔だなんて、とんでもない!
むしろ、こっちからお願いしたかったくらいだ。服を借りに行った上に買い物にも付き合わせるなんて、悪いと思ったので黙ってはいたが。
……それにしても。桃井さんは、休日に男と買い物に行ってもいいのだろうか。いくら間に久野市さんがいて、これは久野市さんのための買い物とはいえ。
桃井さんには彼氏がいるみたいだし、休日ともなれば彼氏と遊んだりするんじゃないだろうか。そもそも、夜にコンビニから二人で帰ってるのも、考えてみたらまずくないか?
彼氏持ちが、他の男と夜道を歩いている……これは……
「木葉くん?」
「わっ」
「どうかした?」
つい考え事に没頭していたが、突然桃井さんに顔を覗き込まれて、驚いてしまう。
考え事していたせいで、不自然に黙ってしまっていた。桃井さんに余計な心配をさせてしまったようだ。
「な、なんでもないですよ」
「……そう?」
いかんいかん、これまでは深く考えることはなかったが……これからは、深く考えて行かないとな。
いくらバイト帰りにたまたま時間が合ったからって、俺が彼氏の立場なら他の男と帰っているのはいい気はしないだろうし……
「わぁ、大きな建物です!」
そこに、底抜けに明るい声が届いた。意識をそちらに向けると、その正体はやはり久野市さん。
彼女は、眼前のデパートを見上げ、間抜けにも大口を開けていた。いやほんと間抜けっぽい顔だな!
首が痛くなるんじゃないかというほどに見上げ……もはや腰もかなりそっている。
まあ、気持ちはわかる。村にこんな大きな建物なんてなかったし、俺も初めてデパートを見た時は驚いたもんだ。さすがに、あそこまで驚いてはいないが。
……驚いてないよな?
「じゃ、行こうか」
驚く久野市さんを微笑まし気に見つめ、桃井さんは久野市さんの手を取り、デパートの入口へと向かう。
背格好のそっくりな二人、まるで同学年の友達のようだなと微笑ましく思いつつ、俺も二人に着いていくべく、足を進めた。
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