第28話 あんな変態みたいな格好で、ここまで来たの!?



「……服を、貸してほしい?」


「は、はい……」


 久野市さんの、服を買いに行くための服がない。それに気づいた俺は、どうするべきか悩んだ結果……

 俺は、このアパートの大家代理である、桃井 香織さんの部屋に訪れていた。部屋と言っても、正確には玄関前だが。


 桃井さんの部屋も、アパートの一室にある。管理人室だ。管理人室とはいえ、アパートの部屋はどれも似た内装なので、彼女の住んでいる部屋もそうなのだろうか、と気になりはするが……

 さすがに、まだ知り合って数ヶ月の女性の部屋に入ることはおろか、部屋の内装を聞くなんてことしない。


 さて、久野市さんの服を買いに行くための服を求めて、管理人室……桃井さんのところに来た理由。

 それは、先ほど彼女が言ったとおりだ。


「……服を……貸す……」


 確認するように、俺の言ったことを復唱する。部屋を訪れ、玄関の扉を開き姿を現した桃井さんに、俺は服を貸してくれと言った。


 久野市さんが外出する。今日だけなら、俺の服を貸してもいいとは思ったんだが……さすがに、男物の服で外に出すのはどうなんだろう。

 そりゃ、あの痴女服よりは万倍マシだとは思うが。


 ただ、俺の服だとサイズが合わない。わざわざ、自分より小柄な女の子の服なんて持ってるはずもないし。

 よって、同性から服を借りる。この結論に至り、一番頼みやすい桃井さんに頼むことにした。

 ……というかこの辺りで親しく話せる異性が桜井さんしかいないんだけどね。


「桃井さん?」


 俺の要求を伝え、それを桃井さんは理解したはずだ。しかし、返事はなぜか返ってこない。

 どうしたのだろうと思い、桃井さんを見ると……すげー目をしていた。簡単に言うと、犯罪者を見るような目だ。実際そんな目見たことないけど。


 なんで俺は、桃井さんにそんな目を向けられているのだろう。俺はただ、桃井さんに服を貸してくれと言っ……


「あ、いや、違います! 服を貸してくれって、別に変な意味じゃなくて!」


 自分の言ったことの意味をようやく理解し、俺は慌ててしまった。変な意味以外にどんな意味があるというのだ。

 こんな朝っぱらから押しかけて、なにを言うかと思えば服を貸してくれ。変態じゃないか!


 ちなみに、朝だからか桃井さんは外用の服ではない。といっても、上着を羽織っているのでその下はあまり見えないが……おそらくパジャマだ。桃色の。

 普段とは違う無防備さが演出されている感じが、なんかいい……

 ……じゃなくて!


「変な意味じゃないなら、どんな意味があるのよ」


 若干引いた様子で、俺が考えていたことと同じことを言う桃井さん。

 そりゃ、年頃の男が年上の異性にいきなり服を貸してくれなんて言ったら。警戒するよなぁ。


 ちゃんと、説明しないと、俺は異性の服を欲しがる変態扱いだ。


「その……一昨日、近所の子が俺を訪ねてきた、じゃないですか」


 あんまり、思い出したくはないなぁ……あの一件が原因で、桃井さんを一度は怒らせてしまったんだから。

 でも、説明しないと納得は得られない。


「その子、どうやら自分の服があれしかないらしくて……」


「あれ、一着……嘘でしょ、あんな変態みたいな格好で、ここまで来たの!?

 あれで、公共機関の乗り物に……メンタルヤバ」


 昨夜の暗がりではちゃんと見えていたかは微妙だったが、どうやらちゃんと見えていたらしい。

 そして、あの服が痴女服扱いだというのは、どうやら俺だけではなかったようだ。


 ただ、俺はあまり気にしていなかったが……そうか、久野市さんがあの格好でここまで来たなら、電車なりバスなり、公共機関にあの服装で乗ってることになるのか。

 ヤバいな。


 実際のところ、久野市さんがどんな方法でここまで来たか聞いてなかった。

 ……まさか、走ってきたとか、そんなわけないだろうし。


「なるほどね……例の彼女は、あのヤバい服しか持ってない。だから、新しい服を買いに行きたい。

 でも、あの服しか持ってないのだから、服を買いに行く服がない……と、いうことね」


「もうその通りっす」


 どうやらあの説明だけで、久野市さんの現状及び服を借りに来た理由までも読み取ってくれたみたいだ。

 さすがは桃井さんだ!


 これで、問題なく服を貸してもらえるだろう。


「それで、当の彼女は?」


「それが、わざわざ服なんて借りなくていいです、って拗ねちゃって。部屋で待ってる状態で」


「ふぅん、そう。部屋で……」


 久野市さんがここにいない理由。それを、桃井さんに話す……すると、なぜだろう。場の空気が、少し重くなったような気がした。

 それに、圧倒的な圧力を感じる。こ、これは……!


「ねぇ、木葉くん」


「は、はい」


「部屋って……もしかして、木葉くんの部屋ってこと? どうして、その子が木葉くんの部屋で待っているのかなぁ」


「それは……」


 あ、これヤバい……俺、やっちまったかもしれない。

 久野市さんが俺の部屋にいる理由。それはまあ、言ってしまえば、久野市さんが泊まったからだ。俺の部屋に。うん。


 その事実を、果たして伝えて良いのだろうか?

 だが、こちらは頼み事をしている身。嘘をつくのは、かえって不誠実に当たる……ここは、正直に。

 大丈夫、やましいことはなにもないのだ。


「か、彼女が……俺の、部屋に……と、と、とと……泊まったから……で、す……」


 おかしいな。やましいことはないし、堂々と言えば良いじゃないか。なのに、どうして声が小さくなる。心臓がうるさいくらいに鳴る。

 おかしいな、はは。桃井さんの顔が見れないや。


 なんか、言ってくれよ……無言の時間が、一番こえぇよ……


「泊まった……へぇ……ふぅん……」


 なんて、重々しい空気なのだろう……一刻も早く、この場から去ってしまいたい……!


「ご、ごめんなさい! 一人部屋なのに、もう一人も泊めちゃって! お、怒ってますよね」


「年頃の男女が、ひとつ屋根の下ねぇ……しかも、一昨日、昨日の二日間も……ふぅぅぅん……」


「な、なにも! なにも、なかったですから!」


 怖いよー! 助けてー!

 俺より背が低いのに、すげーでかい迫力感がある。こんな怒った桃井さん初めて見た。はは、おしっこ漏れそう。


 桃井さんの機嫌を元に戻す……この行動だけで、実に十分を要した。

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