第2話
学校特有の金の音が鳴り響く
「はい、それでは今日の授業はここまでです。級長、号令を」
「起立、気をつけ、礼」
眼鏡をかけた小太りの地理教師が教室から出ていくのを確認してからぐーっとのびをする
今の時刻は午後4時すぎ。5月も半ばを過ぎもうそろそろ梅雨に入ろうかとしているこの時期、太陽はまだ高い位置にあり、教室の中を明るく照らしていた
いそいそと帰り支度をする帰宅部のエースを横目にこれからの予定について考える。本来ならすぐさま帰宅し、友達と遊ぶなり宿題するなりすべきところなのだが、生憎今日はバイトの予定があった
しかし予定と言っても明確なシフトがある訳ではなく、基本召集がかかったら行かなければいけないという少し変わった仕組みなのだ
しかも普段の仕事量もあまりないと来た。ならば考えるまでもないだろう
「よしっ、サボるか」
「おい、やめろ氷浦」
おっと、独り言のつもりで呟いたのだがどうやら聞かれてしまっていたようだ
声のした方を振り向くとそこにはリッキーこと桐津 理樹と久遠寺 秋華がいた。このふたりとは小学校以来の幼なじみで、今やっているバイトの仲間だ。リッキーがその高校生には見合わぬ大柄な体で少し脅すよ言うに行ってくる
「あのなあ、氷浦。さすがに2日連続で休むのはまずいだろ」
「いやあ、昨日はちゃんとした用事がありまして、、、」
たしかに昨日はとある大切な用事があったが思いのほか早く終わってしまい、そこから出勤することは出来、、、うん、なかったはずだ。だからそんな目で見ないでください
その思考が伝わったのかは分からないがはあーとひとつため息をついた
「まあ、そういうことにしておこう。だがお前班長だからな、一応。わかってるのか?」
「そうだよ晴真くん。君がちゃんとやらないとみんなに示しがつかないでしょ」
リッキーや秋華が言うように、俺はバイトのグループのリーダーみたいな事をやっている。と言っても仕事内容と同じように見た目だけの話なのだから示しも何も無い気がするけど
「だけど俺が居なくても大丈夫だよね」
「そういう問題じゃない!班長が来ないとダメでしょ」
秋華に怒られるが、リッキーとは反対に女子にしても小柄な彼女はどちらかと言うと庇護欲を誘う様だ
まあ、仕方ない。
「分かりましたよ、今日は行かせてもらいます」
「今日は?」
秋華の追求は止まらない。正直ちょっとめんどくさい
「これからは行きますよ」
「ならばよろしい」
ふふんと誇るように秋華が胸を張る。そういうところのせいで幼く見られるんだよとは決して言わない
やっぱりというか秋華はそういう所をコンプレックスにしており、前に言ってしまったあるバカが部屋に連れ込まれて1時間ほど帰ってこなかったということがあったとかなかったとか
おっと、話がされてしまった。仕方なく椅子から腰を上げる。気づけばクラスの人数もかなり減っており、3分の1程度になってしまっていた。ちょっと長話しすぎてしまったか
「ところで他のメンツはどうするって?」
「えっとね、サーちゃんが用事があって遅れるらしい。中島先輩は来ると思うよ」
「さっき白橋から来ないって言うメールがあったぞ。藤山のことは知らん」
「そっかー。大村はどうせ来ないだろうしなぁ」
忌々しい金髪の不良が脳裏に浮かぶがそう考えるとおる含め5人くらいしかいないのか。少し心もとないが頑張ろう。
『次はぁ永田町駅ぃ、永田町駅ぃ…』
地下鉄有楽町線に揺られること20分ほど。
目的の駅が近付いてきた旨を伝えるアナウンスが流れた。
とりあえずふてぶてしくも俺の右肩に頭を乗せて寝ているリッキーに肘鉄を喰らわせておく。
「ふぐっ…いったぁ」
「起きろ、着いたみたいだぞ」
「わかったわかった」
右脇腹を擦りながらぶつぶつ文句を言っているリッキーを横目に今度は左肩に頭を乗せて眠っていた秋華の方を揺する。今更だがとんでもない状況だな…..
「おーい、着いたぞ」
「……ふにゃ?」
寝起きで呂律が回ってないのだろう。可愛らしい声を上げながら目を瞬かせている。
そしてそれとは対照的にこちらをジト目で見てくる人物が約1名。
「何かご用で?」
「いや、お前のその秋華に対する優しさを少しでもこっちに分けてもらってもいいと思うのだが?」
「え?やだ」
「なんでやねん」
ちょっと声大きい。電車内だぞ
「いやぁ、お前のせいでこっちは寝れなかったんだが?」
「そうだけどさ、それでも限度というものが….。というか秋華は?」
「軽いからノーカン」
「どういう理屈だよ!」
「軽いし、異性だし、邪魔では無いし、優しいし。」
「俺が優しくないみたいに言いやがって」
「それって私の前で言うことじゃなくない?」
おっと、起きてたのか。気づかなかった。
ちょっと顔が赤いのは肩に頭を乗せて寝ていたことに関してかな?俺としては別にいいのだが。
「まあ、とにかく次からは….」
「着いたみたいだ。行こうか、秋華」
「うん」
「ちょっと待てぃ」
リッキーの反応がちょっと面白かったのでしばらく放置してみることにした。
改札を抜けほかの駅よりなんとなく長く感じる階段を登り外に出た。30分ぶりに目に入る陽の光が眩しい。
ふと右手を見てみるとあるひとつの大きな建物があった。
大理石のように磨きあげられた外壁に中庭に見える東洋風の噴水。そしてある種の荘厳さを感じる左右対称の作り。
日本人なら1度は見たことがあるだろう国会議事堂だ。
俺たちがやっているバイトというのはこの中で行われる執務….
ではなく、その隣にひっそりと佇む小ビルだ。
掲げる看板には「漆原法律事務所」という如何にもと言った感じの文字が書いてある。
「なんで俺たちこんなところでバイトしてんだろうな」
「仕方ないだろ、スカウトされたんだし。じゃあ、行くぞ」
自動ドアをくぐり受付の人に会釈してからエレベーターに乗る。
三階に着いてすぐのドアを開けた。
「よぉ、晴真。社長出勤とはいいご身分じゃねぇか」
部屋に入った途端投げかけられた言葉に少し顔をしかめる。
「なんだ、来てたのか大村。てっきり今日もサボるのかと思ってたよ」
「昨日サボってたやつには言われたくないね」
一般的に見てイケメンと言われる部類の整った顔を意地の悪そうににやけさせながら言い返してくる。
大村は何かと怠惰で雑な性格をしており、入ってきた当初から気の合うような合わないような微妙な関係が続いている。
俺としては同じ部の仲間として仲良くしたいのだがあいつが何かとつっかかってくるのでちょっと手をこまねいている。
あと個人的に普通にイケメンなのにひん曲がった性格というのが気に食わない。
アメリカの血が混ざっているらしく髪の色が日本人には似つかわしくない完全な金色だ。そのうえでその性格なのでヤンキーにしか見えない。
「ところでどうして今日は来たんだ?」
「ああ…あいつに引っ張り出された」
バツの悪そうな顔をうかべ視線を別方向に向けた。
その方を見てみると、肩までかかる長い髪を鬱陶しげにはらいながら書類に目を通す十七ほどの女性ー角田紗絵がいた。
一見知的にも見えないこともないが、彼女の本質は絵に書いたような委員長系だ。
多分というか絶対小学生の頃に「ちょっと男子ぃ」とか言ってる感じの人だ。
そんな角田と大村の相性が会うはずもなく、度々喧嘩している。
「サーちゃんの用事ってこれの事だったんだ」
ああ、そういう事ね。角田、グッジョブ。
秋華の呼び掛けでこちらに気づいたようだ。手元にあったチョコを机の中にしまいながら返答してくる。
「あーちゃん来てたんだ。そうだよ、アイツが最後に来たのいつかわかる?」
「えっ、そんなになの?」
「1ヶ月よ。流石にアタマ来たから学校から逃げようとしてたところをとっ捕まえてきたのよ」
「へぇ、そうなんだ。お疲れ様」
クスクスと笑い合うふたりを横目に大村に同情の視線を送る。
対する大村は真っ白にもえつきたように明後日の方向を向いている。
うん、わかるよ。その気持ち。
「あっ、氷浦先輩。来てたんですね」
ひょこっと言った具合に奥の部屋から顔を出してきたのは後輩の天海だ。
彼は1年ほど前にここに来て、指導員として色々見てあげるうちに仲良くなり、俺としても歳の近い弟ができたみたいな気がしてちょくちょく目をかけている。
「先輩、すいません。ここがよく分からないんですけど」
「おっと珍しい。どこだ?」
いつも自分だけでなんでもこなす天海にしては珍しいことだ。まぁ、ここは先輩として一肌脱ごうではないか。
しかし、そんな日常は次の瞬間変わる。
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