どうやら俺は、彼女に命を狙われるみたいです。

放課後デイズ

第1話

とある日曜日の昼前、俺は通っている高校の門の前にいた。

校庭を眺めて見ると対外試合をやっているらしいサッカー部が練習を頑張っている。

5月の半ばと言えど今日はそれなりに気温が高い。

ほんと、頑張ってるよなぁ。

何となくそんなことを思う。

「ごめん、遅くなっちゃった」

声がした方向を振り向くと、白のワンピースに丈の長いスカート、いつもはおろしている長い髪を珍しくポニーテールにまとめた光がいた。

誰もが目を惹く容姿に均整のとれた体つき、優雅な身のこなし、光はいわゆる美人というやつだ。

木々から漏れ出る光がその美貌をさらに引き立てる。

本当に、どうしてこんな人が今の今まで俺なんかと付き合ってくれているのかが謎だ。

さて、と。

ゆっくりと息をつき、駆け寄る光のその右手に集中する。目視で2人の距離は大体5メートルほど。ならば十分だ。

「待たせちゃったみたいだね、どのくらいまった?」

なんということもないかのように突き出されるそれを半歩右に体をずらし回避する。そのまま左手で手首をつかんで固定し、空いている手でそれを奪い去った。

その間約0.5秒。普通の人には何があったかを見ることすら難しいだろう。

ふぅ、と内圧を下げるために息をつく。

そして奪い去ったナイフを見せるように掲げて話す。

「残念、さすがにこれは気づいたよ」

「ダメかー、これならワンチャンあると思ったんだけどなー」

「それにちょっと痛かったし」と右手をさすりながら不貞腐れてしまった。

傍から見てみればただの傷害未遂の現場なのだが俺と光の少し、いやかなり特殊な素性のせいでこんな反応になってしまっている。

三条 光、学校一の美少女(全男子公認)にして学業、スポーツ、何をとっても完璧な天才。そして中3の時に告白されて以来俺の彼女であり...何故か俺の事を殺そうとしてくる相手だ。

「もう少し優しくしてくれてもいいと思うんだけど」

「いや、ごめん」

とりあえず謝ったが、そっちからしかけてきたんだろという言葉は飲み込んだ。

そんなこと言ったら余計こじれることは目に見えている。

「ふふっ、冗談。じゃあ行こっか、今日はエスコートよろしくね」

そう言って片手を差し出してくる光。

その手をとって、もちろんきちんと警戒してから歩き出す。

この瞬間から俺と光の関係は殺し屋とターゲットから純粋な彼氏と彼女になった。

あの日から繰り返されてきて、もはや慣れつつあるやり取り。

だが今でも思ってしまう

一体俺の青春はどこに行ってしまったのだろうか、と。




「ずっと好きだった、だから私と付き合ってください」

3月15日、俺が通っている青院館中辛では卒業式が執り行われていた。今年は日本全体に暖気が流れ込んできたらしく、門から校舎へと続く道には少し早いソメイヨシノが咲き誇っていた。

少し早く登校した俺はこれまた早く来たらしい奴らといつもどうりバカ話をしてから卒業式に臨んだ。

この時ばかりは今まで長くめんどくさいと思っていた校長の話も熱意が籠っていた。なんでいつもそうしてくれなかったんだよと思う反面、その魂が籠ったとも言えるスピーチに深くにも涙してしまった。

式典を終えクラスメイトと一通り別れの挨拶をしてから、いざ家に帰ろうとしたところ下駄箱に一通の手紙が入っていた。

なんてベタな……

中身を見てみると何となく察していた通り放課後に屋上に来いという内容だった。

これを書いたやつは相当な少女漫画脳か最後まで俺をからかおうとしてくる友人の誰かだろう。というか100パー男子のうちの誰かだ。

まったく...

罠と自覚しながら敢えてハマりに行くのは少し癪だがそいつを待たせてしまうのもあれだ。

別に本当に女子が告白してくれるなんて思ってない。ないったらない。

少し浮ついた足取りで階段をのぼり、屋上へと続く鉄の扉を開ける。

びゅうっと桜の花びらと共に強い風が吹き込んできて、思わず目を閉じる。

「満久君、やっと来てくれた」

朗々と歌うような綺麗な声だけはきちんとききとれた

まさか、いや、しかしその声には聞き覚えがある。そして俺の事を下の名前で呼ぶ人物は一人しかいない。

恐る恐る目を開ける。

「ずっと好きだった、だから私と付き合ってください」

そこには中辛からの友人であり、俺の初恋の相手。三条 光がいた唐突な告白に思わず固まってしまう。

今なんて言った?彼女が、俺のことを?

焦ってしまい、うまく考えがまとまらない。

「どうして,,,」

口から出たのは、そんなありきたりな疑問だった。

片や学校一の美少女、片やどこにでもいるありきたりな一般人。そんな二人到底釣り合うとは思わないし、ましてや付き合えるなど思ってもいなかった。

だからこの気持ちも心の奥底に封印していたのだが

「どうしてって、私があなたの事が好きだからに決まってるでしょ」

何を当然のことをと言わんばかりの表情だ。

どうすればいいんだ。人生で告白されたことなんて一度もない。

そうだ、まず返事しなきゃ。

でもなんていえばいいんだ?

落ち着け俺、こういう時は素数を数えるんだ。

えーと、あああ、今はそんな段じゃない。

もっと大切なことがあるだろう、今、ここで。

「俺もずっとじゅ、」

あ――――

時すでに遅し。後悔したときにはもう終わっていた。

なん、だと

舌噛んだぁぁぁ

「あははははは」

思わずといった風に上がる笑い声に顔を上げる。

「本当に、君って人は。でも、そういうところも大好き」

こちらに近づくと俺の手を取って、見つめてきた。

「落ち着いて、私に答えを教えてほしいな」

その言葉で、てんぱった心が水を打ったように凪いだ。

自分でもこんな単純で大丈夫かと心配になるほどだが、今ばかりはありがたい。

深く息を吸う

今までの想いを目の前の彼女に伝えるために。

「君のことが好きだ、君の隣でともに歩いていきたい。だから、」

目を閉じれば、脳裏に光との友達としての姿が昨日のことのように浮かぶ。しかし次の言葉を継げれば、その温かい関係も崩れ去ってしまうだろう。だけど不安はない。ならば進もう

 俺と付き合ってくれ。

高まる鼓動に浮かされたかのようにつげる。短かったかもしれない。だがそれが俺の想いのすべてだ。“愛している“と。


そのとき、不意に体に衝撃が走った。

「ありがとう、うれしい」

感動のせいか、声が少し震えている。抱き着かれたという事実に至るまで、何秒かかってしまった。

それなりにある身長差のせいで頭がちょうど鼻の位置に来ている。

そのせいで女性特有の甘い匂いがして頭の奥がくらくらする。

ちょっと熱っぽいのはそれだけが原因ではないだろう。

今だけはそれがとても心地よい。

相手と一体となったかのような幸福というのはこういうのを言うのだろう。


悪寒が走った


害意なんてレベルの物じゃない、正しく殺意を感じた。

どうして、と思うより先に反射的に体が動く。

俺に殺意を向ける対象、光を突き飛ばすという形で。

「疾ッーーー」

それと同時に全力で後ろに飛び退り臨戦態勢をとる。

「どういうことだ」

さっきまでの幸福はどこに行ったと言わんばかりの声が出る。光に目を向けると、その手には一丁の拳銃が握られていた。

なぜそんなものを持っているのかとはならない。とある事情によって見慣れているからだ。

そして俺を狙ってきたということはその事情に関わる存在という事なのだろう。

ならば対応は一つだ。

「規則に従い、お前をこの場で捕獲させてもらう」

学ランの内ポケットから左右三本ずつナイフを取り出し、両の指の間に挟む形で持つ。

銃持ちの相手に対し、この超近接武器はいささか分が悪いのだが、相手は使い慣れしていないようだ。動きにむらが多い。ならば十分に勝機がある。

ほほに感じた一筋の冷たさを拭い去り、集中する。

目線を決してそらさず姿勢を低くとる。決してその動きを見逃さない。相手は一向に動かない。ならば先手必勝。こちらから攻めるために駆けだ…

「すとっぷ、すとっぷ、すとぉぉぉぷ」

そうとした瞬間そんな間の抜けた声がして、思わず前につんのめりそうになった。

しまった

一旦距離をとるためにバックステップで後ろに下がる。

「ふぅ、危うく殺されちゃうところだったよ」

やれやれといった風に首を横に振る光。その間も一挙一動を見張り続けるが、今度は殺意どころか害意のひとかけらすら感じられない。ん?どういうことだ?

「さて、中学生なのにそんなバカげた反応が出来るってことはやっぱり満久君の事なのか」

「どういうことだ」

「そう慌てない。君の一族にとって冷静沈着であることは絶対条件でしょ」

その言葉を聞きさらに身構える。こいつ、どこまで知ってるんだ。

するとどこからか一冊のファイルを取り出した。

「コードネーム『暁天』。弱冠十二歳にて初任務をこなし、そのうえ、情報部すらつかめなかった親組織を摘発。徳田一族史上最高傑作と名高い。君の事なんでしょう」

そうだ、光の言ったことはすべて正しい。俺が生まれた徳田家は明治時代から続く国お抱えの特殊部隊の一角をなす一族だ。第二次世界大戦の時には時代の波に逆らい停戦を要求したため一時一族郎党処刑されかけたという過去を持つものの、現代では裏社会の監視と抑制の任についている。

なぜこのことを知っているのかについては疑問が残るものの、現状は情報が少なすぎる。それに光の態度にもおかしな点がある。ならば大人しく情報を引き出すが吉だろう。

「ああ、そうだ。その情報を知ったうえで何を要求する」

「え?告白するために決まってるでしょ」

「はぇ?」

おっと、思わず変な声が出てしまった。

何を当然のことと言わんばかりにこてんと首をかしげる光。

わずかな動揺でもいいからというかウソと信じたいため動きに注視するがおかしなしぐさは一切見つからない。

ん?ちょっと待てよ。要するに俺は初恋の人に告白されたうえで殺されかけたと。そのうえで相手は俺の裏の顔を知っていると。それなのに目的はただの青春の一ページと。

うーーーーーーーーーーーん。

「意味わからん」

「何が分からないのかが分からないよ」

なんでわからないのかが分からない、と言ったら無限ループなのは目に見えているので飲み込む。

ひとまず情報整理だ。

「まず、お前は家と敵対する誰かなのか?」

「ううん、違うよ」

なるほどわからん。

「じゃあ光が俺のことを好きなのは確かなのか?」

「うん、そうだよ」

そうか、もっとわからん。

「だったらどうして俺の事を殺そうとしたんだ?」

「噂の逸材がどのくらいなのか見たかったのと…」

赤く頬を染めて、蚊のなくかのような声で

「将来の旦那さんになるかもしれない人だったし…」

あーー、もうええわ!

ここまでの問答で分かったこと、光の感覚がずれているという事のみ。

要約す戦果ナシ!

内心頭を抱えてうずくまるような心情だ。

何をどう間違えたら告白という青春の一ページがこんな殺伐としたものになるんだよ。

「はぁ、結局お前は何者なんだよ」

「え?言ってなかったっけ」

「言ってないよ」

見つめあう二人。告白の後なのに一切のラブコメ感がないのが本当に不思議だ。

すると光が何かに気づいたかのようにはっと目を見開いた。

「自己紹介忘れてた」

「なんでやねん」

あきれた。エセ関西弁で突っ込んでしまうぐらいにはあきれた。

そうだったよ、こいつ天然なんだったわ。どうしてそうなるかなぁ。はぁ、何度目かわからないため息をついて続きを促す。

「えーとね、私は≪猟狼≫所属のコードネーム『クロノス』だっけ?まあ、他の人からはそう呼ばれているかな?

なんてこともないかのようにつぶやかれた内容の中に、とんでもない情報が入っており、思わず目を細める。

≪猟狼≫というのは徳田家と同じ国に属する特殊部隊の一つで、家系ではなくその才能を重視されたものが主に所属している。

主な任務内容は他と同じ警護や監視なのだが、唯一必ずしも命令に従わなくてもいいという特権を持っている。

普段は政府に従う忠実な猟犬でありながら、時にその牙を主へと突きつける狼となる部隊ということで、やっかみを込めてそう呼ばれているらしい。

そして彼女のコードネームらしい『クロノス』には最近有名な話がある。

”すべての攻撃を見透かしたかのように避け、また、こちらに確実にダメージを与えることが出来る新人がいるそうな。まったく、そんな化け物がいてたまるか”、とは父親の言葉だ。

未来視を持つなどと騒がれているらしいが、俺はさすがに誇大だと思っている。だとしても凄腕なのは確かなのだろう。そんな奴がどうして俺のところに、って告白のためだったか…

「わかった、ひとまず光は俺と同じなんだな」

コクコクと頷くのを見てから話を続ける。

「そして、俺と付き合ってくれるというのは…」

「本当だよ、あなたの事が好きだから」

さっきより一段と明るい声で言われた。

まぁそのことに関して言えばこちらとしても願ったりかなったりというか純粋にとてもうれしい。

ここまできてようやくさっきまでのうれしさやら気恥ずかしさやらがじわじわとよみがえってきた。

「それじゃあ、これからもよろしくということで」

「うん、そうだね」

何がよろしくなのかは俺自身よくわからないが、今は一秒でも早くこの場を切り上げたかった。

満足したように教室に戻ろうとする光がふと振り返った。

「あっ、言い忘れてたけどこれからも暗殺は続けるから覚悟しててね」

理想の青春が爆弾発言で見事なまでに爆破解体された。

えーと、つまり俺は、これから、彼女に殺されそうになりながら、付き合い続けなければならないと。

ハハハ

「笑えねぇ」

これが俺と光の奇妙な殺し愛関係の始まりだった。

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