@非の打ち所のない令息から婚約の打診が来たので、断ってみました
uribou
第1話
「えっ? どうして?」
「そんなことわからん」
我がチーク子爵家の王都タウンハウスは、父のもたらした突然の知らせに混乱していた。
もちろん私ことステイシーもだ。
何とセイバーヘーゲン公爵家から婚約の申し込みがあったからだ。
セイバーヘーゲン公爵家といえば、何代か前の王に大層愛された側妃の子が封じられた家だ。
だから王家の嫡流とは少々確執があったとは聞いている。
今はそんなことないのだろうが。
「うちとは家格が違い過ぎる」
「家格が違い過ぎますね」
「しかも相手は貴公子として名高いアルバート君だろう?」
アルバート様と言えば、泣く子も泣き止んで見とれるほどの美形令息。
ここ三年王都新聞の『婚約したい令息』ランキングナンバーワンに君臨している超有名人だ。
もちろん私だってお年頃。
興味があるに決まっている。
「普通に考えれば、アルバート様はセイバーヘーゲン公爵家の跡取りですよね」
「どうして選りに選ってステイシーなんだ……」
問題はそこな?
家格のことはさておいても、チーク子爵家は娘三人だ。
長女の私が婿をもらって家を継ぐ予定で、領主教育も受けていた。
他家にもその事情はわかるだろうから、私に今まで嫁に来いという前提の縁談なんて来たことはなかった。
「一番目付きが悪い娘なのに……」
「おいこら」
「価格が違い過ぎる」
「何だ価格って。誰とのお値段の差だ! ぶん殴るぞ!」
「そういうところだ!」
どういうところだろう?
私の顔かたちは美人と言えなくもない、と評されることが多い。
ただし、根性なり度胸なり喧嘩っ早さなりが目付きによく表れているとも。
要するに私は見たままなのだ。
誰だ、狂犬令嬢って言ったのは?
バカ王子ジェイコブ殿下だ、ぶん殴るぞ?
「私を指名して来た話でしょう?」
「ああ。しかしセイバーヘーゲン公爵家にしてみれば、我が家などと結ばれても政略的にメリットなどないと思う」
「商売の面で思惑があるのかもしれませんね。チーク子爵領は公爵領から王都に上る際に必ず経由しますから」
正直考えられる理由はそれだけだ。
アルバート様の一つ下という私の年齢で婚約の打診を寄越したのだろう。
チーク子爵家を私が継ぐだろうという事情を、特に考えもせずに。
セイバーヘーゲン公爵家の我がチーク子爵家への無関心が透けて見えるじゃないか。
「大体、本当に私だけに寄越した釣り書きですか?」
「どういうことだ?」
「アルバート様は最強のモテ男ですよ? 高位貴族から外国の王女まで選び放題でしょう」
「そうだろうな」
もう私の心は完全に平静を取り戻していた。
「セイバーヘーゲン公爵家が産業振興を目論んでいるのは本当なのでしょう。組むことによってメリットになる各家に釣り書きをばらまいている。大方そんなところではないですか?」
「……なるほど、当家だけに寄越した話ではないということか」
「そう考えるのが妥当でしょう。となればチーク子爵家はおそらく優先順位の高い方ではない」
ちょっと考えただけでも伯爵家以上でよさげな家がいくつか思い浮かぶよ。
父が頷く。
「もっともだ。わしとしたことが公爵家からの打診だったので浮足立ってしまった。ステイシーは頼もしいな」
私は姐御肌で頼もしいとはよく言われる。
令嬢の端くれとしてその評価はどうなのと思うが、頼りないよりはいいか。
「それにしてもうちには三人娘がいるのに、何故ステイシーなのだろうな?」
「私の眼差しにやられちゃったんですよ、きっと」
「わははははは!」
笑い過ぎだわ。
「では断りでいいんだな?」
「ええ。恐れ多いからとでも理由を付けておけばいいですよ」
◇
――――――――――セイバーヘーゲン公爵家令息アルバート視点。
「チーク子爵家は断ってきた、のですか?」
「ああ」
仏頂面の父を見て、冗談ごとではないと理解した。
子爵家の娘をセイバーヘーゲン公爵家に迎えるとあれば、普通は諸手を挙げて大歓迎だろう?
断る理由などあるか?
「何故なのです?」
「サッパリわからん。アルバートの方にこそ心当たりがあるのでは、と思ってな」
「心当たりと言っても……」
バカな話だが、僕には早急に婚約者を決めなければいけない事情がある。
ここのところ僕が『婚約したい令息』の一位にずっとランクされているからだ。
どういう意味かわからないって?
簡単に言えば第二王子ジェイコブ殿下に妬まれているのだ。
僕の婚約者が決まらないせいでずっとランキング二位だから。
「特に僕には思い当たることはありませんが」
「そうか」
ステイシー・チーク嬢を僕の婚約者候補としたのは、ある意味消去法だ。
例えば美貌の高位貴族令嬢を婚約者にしたら、ジェイコブ殿下が何を言いだすかわからない。
間違ってジェイコブ殿下が王になろうものなら、とことん祟るかもしれないのだ。
我が家の創立以来、王家との関係は微妙だから。
セイバーヘーゲン公爵家にとっての危機だ。
かといって高位貴族でも売れ残り令嬢はちょっと。
高慢とか脳内フラワーとか浪費癖とか、難あり物件ばかりだからなあ。
王家に警戒されないためという意味もあって、伯爵家以下の家から婚約者を選ぶのは決定みたいなものだった。
それでも選び放題だろうって?
そうでもないんだなあ。
伯爵家以下から婚約者を得たなら、僕との身分差もあって何であの子がって言われるに決まっているから。
まさかジェイコブ殿下がごにょごにょなんて言えるわけもなし、つまり僕の婚約者にはメンタルの強さが要求されるのだ。
ステイシー嬢は僕より一学年下なので、大して関わりがあるわけではない。
でもステイシー嬢はある意味有名人だ。
『王族なのに御存じないんですか? 王立学院では身分の上下はないというのが建て前ですよ?』
『男女が重要ですか。能力ではなくて』
『それは公平ですか? そこに正義はありますか?』
男前というか小気味いいというか。
相手の身分に拘わらず正論で殴りにいくストロングスタイルは、密かに令嬢方の支持を集めているらしい。
ステイシー嬢と同学年のジェイコブ殿下は、彼女を苦手としているという情報も入っている。
僕の妃としてはベストなのではないか、という結論だったのだが。
「ジェイコブ殿下がこれほど我が強くなければな」
「父上、それは言っても仕方のないことですよ」
「ハハッ、アルバートの言う通りだな。それにしても……」
チーク子爵家が断るのはどうしてだろう?
「……チーク子爵家は旧家だ。格上からの申し出には一度辞退するのが古いしきたりと聞いたことがある」
「なるほど、恐れ多いからという断りの理由でしたね」
「うむ、もう一度打診してみよう」
◇
――――――――――チーク子爵家令嬢ステイシー視点。
「えっ? どうして?」
「そんなことわからん」
何故か再びセイバーヘーゲン公爵家アルバート様から婚約の申し込みが来た。
理由がわからない。
「アルバート君はモテるんだろう? 何か問題を起こしたのか?」
「聞きませんね。アルバート様みたいな貴公子に何かあったのなら、必ず話題になるはずですけれども」
少なくとも学院では何もないと思う。
「むしろお父様の方で何か聞いていませんか?」
「セイバーヘーゲン公爵家についてか? 知らんな。いやすまん。終わった話だと思っていたから、公爵家に注意していなかった」
わかる。
私だってアルバート様との話が蒸し返されるなんて思っていなかったから。
「学院ではどうなんだ?」
どう、と言われても。
学年が違うからほぼ接触なんてないし。
「はっ! もしかしてアルバート様は私に一目惚れしたのでは?」
「わははははは! ステイシーはジョークがうまいな」
「まだ私の視線にノックアウトされたという方があり得ますかねえ?」
「アルバート君と話したことはあるのか?」
「学祭のパーティーで挨拶したときくらいですか」
「ステイシーはその一瞬でアルバート君を恋の虜にした自信があるか?」
「……」
あるわけないだろ。
してみるとセイバーヘーゲン公爵家かアルバート様かどちらだかわからないけど、私に拘る理由は何だろう?
「お父様、これは明らかにおかしいです」
「そんなことはわかっておる」
「私達の知らない理由があると見るべきです」
「ふむ。ならばどうする?」
「婚約の打診についてはもう一度お断りして時間を稼ぎ、その間に公爵家とアルバート様を調査してください」
三度婚約の打診がなく、立ち消えになればそれはそれでいい。
「わかった。ステイシーも学院でこの件に該当する噂があったなら、わしに聞かせよ」
「了解です」
◇
――――――――――セイバーヘーゲン公爵家令息アルバート視点。
「またチーク子爵家は断ってきた、のですか?」
「ああ」
父が苦虫を噛み潰したような顔をしている。
格下の子爵家に二度も袖にされれば当然だ。
「どうなっているんですか?」
「こっちが聞きたい」
遠慮して一度辞退したというわけではないらしい。
どうしてチーク子爵家は断るのだろうな?
「うちはチーク子爵家と揉めたことなどありませんよね?」
「記憶にないな。アルバートはどうだ? ステイシー嬢と意趣などありはしまいな?」
「そもそも接点がないですね」
学年も違うしな。
まあこれ以上ステイシー嬢に拘ることもあるまい。
条件的にはベストであったが……。
「ステイシー嬢を諦めて、他の適当な令嬢を見繕うことにしましょう」
「そうもいかんのだ」
「えっ? 何故です?」
「新聞に嗅ぎ付けられた」
何と!
父の寄越した紙を見ると、帝都新聞からの取材申し込みか。
チーク子爵家ステイシー嬢に婚約の打診をしているようだがうんぬん。
父が苦い顔をしているのはこれが理由か。
今他家の令嬢に乗り換えたら、様々な憶測を呼んでしまう。
「ステイシー嬢が婚約を断る真意を質し、理由を明らかにせねば先に進めぬ」
「どうやらそのようですね。早めに子爵に会見を申し入れるべきです」
「いや、屋敷を新聞記者どもにチェックされてると考えた方がいい。学院でステイシー嬢とコンタクトを取れんか?」
「ええ? ああ、可能です」
ステイシー嬢は新学期からクラス委員になったはずだ。
その名を名簿で見た記憶がある。
業務連絡を装って生徒会に呼び出せば何とかなりそう。
「では任せた。子爵家とステイシー嬢の考えを聞いてきてくれ」
「はい」
◇
――――――――――王立学院生徒会室にて。チーク子爵家令嬢ステイシー視点。
生徒会長であるアルバート様に呼び出された。
「用件はわかると思うが」
「クラスへの連絡事項があるんですよね?」
すっとぼけてみた。
アルバート様のむっとした顔も美形。
「婚約の話だ! チーク子爵家に二度にわたって打診したが断られた」
「そうですね」
「何故だ!」
「うまい話には乗るな、というのが家訓でして」
これはウソではない。
我がチーク子爵家は堅実がモットーなのだ。
「セイバーヘーゲン公爵家のお世継ぎであるアルバート様に望まれるなんて、普通ではあり得ないではないですか」
「貴族の令嬢というものは玉の輿に憧れるものだと思うが」
「他の御令嬢方の中にはそういう方もいらっしゃるかもしれませんが、私は違います」
あれ?
アルバート様随分大きく頷いていますね。
機嫌が直ったみたい。
「僕ないしセイバーヘーゲン公爵家に含むところがあって拒絶したわけではないんだな?」
「アルバート様ほど優秀で凛々しい高位貴族の御令息に何の文句がありましょうか」
「そうか、よかった」
「しかしこの度の婚約については物申すことがございます」
「うむ、何だろう?」
「セイバーヘーゲン公爵家とチーク子爵家とでは、家格が全く釣り合わないではないですか。その説明がない内はこの婚約を受けるわけにはまいらぬのです」
「それでこそステイシー嬢だな」
何がそれでこそなのだろう?
どうも私の何かが評価されているのは間違いなさそうだが?
「王家絡みの少々デリケートな事情が含まれるんだ。子爵以外には内密に頼む」
「承りました」
何々? 何かと第二王子ジェイコブ殿下に目の敵にされる?
なるほど、『婚約したい令息』ナンバーワンがナンバーツーに疎まれるのは当然ですね。
それで婚約を急ごうとしているが、高位貴族の令嬢と婚約してオレが狙ってたのになどとイチャモンを付けられると目も当てられない?
「バカな理由だと笑ってくれ。ただ当家にとっては冗談ごとではないのだ」
「あー、ジェイコブ殿下は恋多き令息ですよね」
「だろう? そこで一睨みでジェイコブ殿下を追い払えるステイシー嬢の出番だ」
「おやおや」
まさか本当に狂犬とも言われる私の目付きが評価されていようとは。
予想外でした。
「ステイシー嬢は美しいしな」
「えっ?」
照れたような顔をするアルバート様。
そんな反応をされるとこっちが照れますよ。
その他にも王家に警戒されないように家格の低いところから婚約者を選ぶ必要があった、公爵家領と経済的な相乗効果が見込めるチーク子爵家の位置、アルバート様相手に毅然としていてすり寄らない令嬢は少ない、などの点を挙げられた。
説明されれば納得できるな。
「一番いいと思ったのは、ステイシー嬢のメンタルだ」
「メンタルですか」
「何だかんだで僕の婚約者になると、家格の違いもあって嫌味も言われるだろうと思うんだ。またあってはならないことだが、当家の使用人も子爵家からの婚約者ということで侮る者がいるんじゃないかと予想される。ステイシー嬢ならばそんなものは屁でもなかろう?」
「屁でもないですね」
あら嫌だ、淑女らしくない言葉でしたね。
アハハオホホと笑い合う。
「十分な説明をいただきました。前向きな回答ができますよう、父と相談いたしますね」
「そうか! 子爵にもよろしく」
◇
その後すぐにアルバート・セイバーヘーゲン公爵令息とステイシー・チーク子爵令嬢の婚約が発表された。
二人の婚約は好意的に受け取られ、強者におもねらない正義の令嬢が幸せを掴んだとして、『ステイシーブーム』が巻き起こった。
――――――――――チーク子爵家令嬢ステイシー視点。
アルバート様がからかう。
「ステイシーは『狂犬令嬢』って言われてたんだって?」
「どこのどなたですか。アルバート様にそんなことを吹き込んだのは。ぶん殴ってやります」
「ジェイコブ殿下だ」
「……ぶん殴ると障りがありそうですね。余計なことを言いやがると、殿下の女性遍歴についての詳細を新聞記者に話したくなってしまう、と伝えておいてください」
「穏当だね」
アハハと笑い合う。
私達はお互いに尊重し合えていると思う。
アルバート様は優しい。
「いや、ステイシーが婚約者になってくれて以来、ジェイコブ殿下が大人しくて楽なんだ」
「それはようございました」
ジェイコブ殿下はガタガタつまんないことでうるさい。
王族らしく落ち着きを持ってもらいたいものだ。
「ステイシーももうすぐ卒業だね」
「はい、よろしくお願いいたします」
私の学院卒業を待って結婚の運びとなる。
「ドキドキするなあ」
「ドキドキしますね」
「えっ? 君が?」
「人生の一大イベントですからね。お相手がアルバート様となればなおさらのこと」
「嬉しいことを言ってくれるなあ」
アルバート様のニコッとした顔が好きだ。
「私は滅多に自分の行動を後悔しないんですが」
「ふむ?」
「アルバート様からの婚約の申し出を二度も断ってしまったことは後悔しています」
「いや、あれはうちも悪かった。とっとと直接会って説明すべきだった」
アルバート様にぎゅっと抱きしめられる。
「コミュニケーションは大事だな」
「はい」
「ステイシーとは何でも話せる間柄でありたい」
「はい」
アルバート様はキラキラした貴公子だとは知っていたが、こんなにも素敵な方だとは思わなかった。
話してみなければわからないものだ。
「だからステイシーにも正直に話してもらいたい」
「何をでしょう?」
「僕のことをどう思ってる?」
「お慕い申しております」
「ありがとう」
それ以上アルバート様は何も言わなかったけれども、抱きしめられるその力で思いは伝わる。
私は幸せだ。
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