第7話
駐車場が目の前に広がる広場に出ると、先程より陽が温かく感じて心地よい風が吹いていた。東京の空よりもここの空は数倍は高く見えて山間の眺望もよい。遠くからヘリコプターが飛んでいるのが見えてそれに気づいた響が空に向かって小さな指を指した。
僕もかっこいいねと声をかけると手足を動かして今にも歩きたがろうとしている姿が愛らしく感じた。すると彼は言葉を発していたのでどうしたのか尋ねてみると何かの言葉を言っていた。
「ぱ……ぱあ……」
「何?どうした?」
「パパ……」
「え?」
僕は自分の耳を疑ったがもう一度言ってみてと問うとこちらに指を差しながら返事をした。
「パパ……パパ……」
「響、俺がパパだってわかるの?」
「む……むう……」
「そうか。ねえ、もう一度パパって言ってみて」
「ぱ……んふふ。パパ」
本当かどうかは不明でも僕の事を父親だと思ってくれているのには信じてあげようと思った。店内に戻り航大に帰ることを告げると食品コーナーで買い物をしていきたいと言ってきたので店から出て買い物をした後家へと向かった。
自宅に着くと詩織も帰ってきていたので二人に響が僕を父親だと呼んだことを話すと懐いているからそう呼んでいるのかもしれないと返答していたが僕にとってはなんだか本当の親子になった気にも浸っていた。
それから数時間後にスマートフォンで琳に電話をかけると、彼女は慌てた様子で僕に刃向かうように話してきた。
「ねえ今どこにいるの?帰ってきてから誰もいないから旦那もイライラしていて落ち着かないの」
「誰かに告げ口した?」
「まだ私達しか知らないよ。ねえ奏市、今どこなの?響と一緒?」
「ああ、一緒にいる。今寝たところなんだ。あまり大きい声出せないから……」
「そういうのはどうでもいい。とにかく響を連れ戻してきて」
「ちょっと聞きたいことがある。そこに旦那はいるの?」
「ええ。……今寝室に入った。何?何か言いたい事あるの?」
「響は本当に俺たちの子?」
「そうよ。どうしたの?」
「どうして旦那に話すことができないんだ?」
「恐らくだけど、今の状態でいったら私を怒鳴りながら責め立てる。当たり前といえば当たり前だけど、そっちの居場所が分かればあの人もわかってくれるはず。どこにいるか教えて」
「今、秋田にいるんだ」
「は?どうしてそんな所に?」
「連れていきたかったんだ。こっちに昔から世話になっている親戚がいるから。響、俺に懐いてくれていて。さっき俺の事パパって呼んでくれたんだ」
「きっとあんたがあやし方が良いから無意識にそう呼んでいるだけよ」
「俺はこの子の事信じているんだ。そっちに戻ったら旦那と三人で話さないか?」
「本当の父親の事?」
「おい、琳。まだ長話しているのか?いつ終わるんだ?!」
「今終わるから待っていて……ごめん、とりあえずあんたの実家のところに預けているって都合の良いように話しておくから明日にはこっちに帰ってきて」
「ああ、わかった……」
スマートフォンを机の上に置いた後リビングへ行き航大と詩織に琳に話をつけたと言ったが、まだ返す気はないのであと数日ほど秋田にいることを相談できるかと聞くと、明日になったらまた琳に連絡を取って響の様子も伝えておいた方が良いと返答して承諾をしてくれた。
その夜、響を寝かしつけた後リビングのソファに座りテレビがついたままだったので消そうとしたら、ある情報番組で東京都内で幼稚園児の誘拐事件が起こり犯人が見つかったばかりだという速報が流れていた。僕はまるで自分の事のように思い少しだけ身震いが起きた。
背後から詩織がテレビを消してくれと言ってきたのでリモコンで電源を切ると彼女は心配そうに話をしてきた。
「ねえ、琳さんが言ったように明日でもいいから東京に帰った方が良いんじゃない?」
「でも、向こうには俺の実家で預かっていることにしているからって話をつけているみたいなんだ」
「響の体力もあるわ。ここにいても何もないのよ?これからどうしたいの?」
「向こうには帰っても俺を責めるしかひたすらない。誰も俺の事なんてわかってくれるに人がいないんだよ。この子を渡したところで身体が引きちぎられそうで怖いんだ。おばさん、自分はどうしようもないけど……この子は僕の存在を知らないまま成長してほしくないよ。父親だってきちんとわからせてあげたいんだ」
「今あれこれ言っても何も奇跡が起こるわけでもないわよ。向こうに返すことが一番良い。この子の為よ」
「俺が何もできないってこと?」
「そうじゃない。まずはこの子の育ての親の元に返してその後をどうするかを決めればいい」
「まさか、弁護を立てるとか……そういうことをしないといけなくなる?」
「まあそれもあるかもね。相手の方の出方次第だから何とも言えないけど。今はあまりあれこれ深く考えてもしょうがないでしょう?今日はもう寝た方がいい、響のところに行ってあげて」
僕は今の自分が冴えないままの道化師でいることには変わりはないであろう。安らかに眠る響の横に寝転がり明日をどう乗り越えるか考えているうちに睡魔がきたので布団に入って眠りについた。
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