第428話 トングはこうっ!⁽⁽٩( ᐖ )۶⁾⁾

(ふーん、この子ねぇ…。まぁ、顔が良いのはわかるけど。。それだけじゃねぇ…。)


 顔が良いと言われ続けて20数年のベテラン塩系女、由奈氏。そんな由奈氏は今、愛する彼女がアルバイトをしているパン屋に来ていた。

 いつもうちのひよりがお世話になっておりますの意味で大量にパンを買い、ついでにレジを打つ小麦を見て、こいつが笑美の片思いの相手かと品定めをしていた。なんだかんだ言ってはいるが、冷たいようで面倒見が良いのだ。


「由奈さんっ!ひより、もうすぐ終わるからね!待っててね!」ピョンコピョンコ!


「はいよ。じゃ、パンも買ったし、そこのカフェにいるから。」


「うん!ひよりの働いてる姿、かっこいーでしょ?」ミテ?ピヨリダケヲ!


「かっこいいよ。100点満点。トングの天才。かわいすぎて目が離せないよ。」*ドライなはず


「ぐっふーっ!ひよりの手羽先の凄さに気づいちゃったかー!⁽⁽٩( ᐖ )۶⁾⁾」ガッシ!ガッシ!クルルルットナ!


「手さばきね。じゃ、あと少し頑張って。」


 ひよりは褒めなければやる気を出さない。だからといって褒めれば調子に乗るタイプだ。トングをくちばしに見立てた十八番の鶏ダンスを踊りかけたひよりを見て、店の迷惑になる前にさっさとその場を後にした。


 今日は土曜日だ。本来ならひよりは由奈との大事な休日にシフトを入れない。今朝、店のオーナーからどうしてもと連絡がきて、午前中だけ渋々働いていたのだ。もちろん、いやがるひよりを嗜めたのは由奈だ。お餅みたいなほっぺたなんだから、甘えるばかりではなく、持ちつ持たれつの精神を育てたかった育児一級由奈氏である。


 貴重な時間を割いて労働したぴよりのご褒美に、このあとはデートにしゃれ込む予定だ。いつもよりやたら時間を気にしながらも、羽をばたつかせたように機嫌の良いひよりを見て、小麦は思うところがあった。


「ひよりさん、嬉しそうですね。」


「こむこむちゃん!わっかるー?」


「わかりますよ。あの人がいるときのひよりさんは、いつもよりなんていうか…キラキラしてます。」


「だってー!素敵でしょ?由奈さん♡ひより、毎日恋しちゃってるんだ!」


「はい。大人っぽくて綺麗だし、かっこいいです。」


「むふ!それに優しいし♡ドライだし♡意地悪だし♡ダルそうなのよ♡」


「後半褒めてなくない?それ本当に好きなの?」


「あ、時間だぁー!もー帰っていーい?これからデートなので!!」


「はい。助かりました。もうすぐ母が来るので。上がって大丈夫です。」


「いいってことよ!困ったときはお餅お餅だから!」


 いそいそとエプロンを外すと、タイムカードを押してすぐにでも外に飛び出しそうな勢いのひより。溺愛系スコール女ひよりに出会ってしまったことで、恋ってこんなに楽しいものなのかと、内心では小麦も少しうらやましい気持ちが芽生えていたんだ。


「よし!お支度完了♪じゃ、おさきにしっつれーしまーす!こむこむちゃんもあと少しファイトォ!」トテテテー


「はい、お疲れ様でした。」


 ふぅっとため息をつき、黙々と仕事をこなそうとしたその時、ようやく小麦の母親が用事を済ませてやってきた。


「小麦。任せて悪かったね。今、外でひよりちゃんがスキップしてたよ。何パン食べさせたの?」


「ああ、これからデートなんだって。」


「アンタも上がってデートくらいしたら?」


「受験生なのに?するわけないじゃん。帰って勉強するよ。」


「バカね。恋が充実していたら勉強だって捗るかもよ?」


「ひよりさんを見てたらとてもそうは思えないけど・・・。」


「確かに見えないけど、あの子達はあそこの大学生よ?かなり頭が良いところじゃない。」


「あー、確かに。不思議だね。あんなに浮ついてて勉強できるなんて。まぁ、ひよりさんと仁映さんが特別変なのかもだけど。」


 だって、笑美さんは違うから。落ち着いているし、恋の噂は聞かないし。頭が良くて、教え方も上手くて・・・。


 小麦の笑美に対する気持ちは、今のところはまだ尊敬するお姉さんだ。今、1番心を開いていて、一緒に居る時間が長いちょっと特別な関係なんだ。


「さ、あとはお母さんに任せて、うちに帰って良いよ。息抜きもする気になったらしなさいね。」


「わかった。じゃ、勉強して夕飯作って待ってる。」


 小麦は母親に店を任せて家に帰ることにした。特別遊びたいなんて気持ちはない。ずっとこうやって親の手伝いをしながらやってきた。それが当たり前で何か足りないような気持ちになったことなどなかった。しかし、今日はなぜかあの、ひよりの楽しそうな姿が忘れられない。


 楽しそうだったなぁ。私も受験が落ち着いたら、、彼氏の1人くらい・・・。彼氏か。彼氏ね、、うーん?欲しいか?いや、別に。でも要らないのか?良くわからないな。


 何か引っかかる。でもそれが何かはわからなかった。まぁ、考えても仕方ないと気持ちを切り替えると、夕飯の材料を買いにスーパーに立ち寄ることを思いついた。


「今日の気分は・・・パンシチューと、、魚のパン粉付け焼きかな。」*どこまでもパンを愛する小麦


 スーパーの入り口を抜けると、カゴを1つ颯爽と手に取った。素早くハーブ売り場でイタリアンパセリをカゴに放り込むと、他に目もくれずに鮮魚売り場へと歩いた。共働きの母に代わって、夕飯を作るのは小麦の当番に近かった。献立を決めればあとは買うべきものをさっさと選ぶだけ。なんて女子力の高いイケメン小麦。目指すは鰺だ。ちなみに朝食で好きな献立は鰺の干物と味噌汁、漬物に納豆、そしてパンだ。


「今日はお泊まりでしょ?何作って欲しい?」


「んー、晴の作ったご飯ならなんでも!」


「どうしようかなー。鮭と鰺ならどっちがいい?」


「んー、晴!」


「決まらないじゃん。まったくもう。」


 何だ、この甘ったるい会話はと声の主に目を向けると、鮮魚コーナの前で腕を組みながらいちゃいちゃしている同じ年頃の女の子が2人いることに気づいた。小麦は2人がいるせいで自分が欲しい商品を取ることが出来なかった。しばらく会話を聞きながらいなくなるのを待ったがどうにもどいてくれない。面倒だが、一言言わざるを得ないと決心した。


「あの、すみませんが。取れないんですけど。」


「あ、ごめんなさい。ほら、真央!こっち避けて。」


「はぁい、ごめんなさ、・・・あ、小麦ちゃんじゃん。」


「え?・・・・あ!真央ちゃん。それに、、同じ学年の、、」


 振り返った2人を見ると、1人は同じクラスの同級生であった。もう1人も顔だけは知っている。名前は思い出せないけれど、真央に会いに良く教室に来ているのは見たことがあった。


「晴だよ。私たち、付き合ってるの♪」


「え!付き合ってるって、恋人ってこと?」


「うん!」


「こら真央!わざわざ言う必要ないでしょ。大石さんが反応に困るじゃん。」


「だって。小麦ちゃんなら別に平気だよ。女子にモテモテな人だもん。」


「そうなの?」


「そうだよ。モッテモテだよ!すごいんだから。」


「いや、あの、、勝手に言ってますが、、別にモテモテじゃないですけど。」


「ん?もしかして自覚ないの?えーやばー!あのね、晴。小麦ちゃんはね、」


 無自覚イケメン小麦。パンのことしか考えていない学生生活の実態が今、同級生真央によって明かされる。


 続く。


 


 

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