Dランク勇者の俺がなんやかんやで頑張る話

止流うず

001 勇者がオークに殺された話


「くそ、くそ、くそ! おらぁッ!!」

 全力の逃走だった。それでも追いつかれそうになる。

 時間稼ぎ代わりに足元に転がっていた瓦礫を後方にぶん投げれば「ギャッ!?」という野太い声が聞こえてくる。

 だが窮地は脱していない。ドスドスという音と共に全身が筋肉の塊みたいな豚面の大男どもがやってくる。追いかけてくる。


 ――豚鬼オークの一隊である。


 六体のオークたちは手に思い思いの凶器を持って俺を追いかけてくる。

「くそッ! くそッ! くそッ!! 畜生! こんなはずじゃ!?」

 オークは遺跡風の外観をしたダンジョン、最下級Dランクダンジョン【デザーの廃宮廷迷宮】三層に主に現れる雑魚モンスターだ。

 オークの適正レベル帯は10。

 レベル5で、せいぜいがゴブリンの一隊を全滅させるのが精一杯の俺では当たり前だが敵わない相手である。

 運が悪かったのだ。二層に出現するゴブリンの一隊を全滅させて奴らがドロップした宝箱。それに罠が仕掛けられていた。二層ではほとんど出ないはずの落とし穴ピットフォールの罠。突如足元に出現した時空穴は、空間的に断絶されているダンジョンの階層を強制的に接続させて、俺を二層から三層へと叩き落とした。

 そうして、初見の三層へと叩き落された俺は、なんとかモンスターに出会わないようにと祈りながら行動したが、三層の地図も持っていないうえ、迷いに迷って、上へと向かう階段を見つけることもできず、フィールドを徘徊する雑魚モンスターであるオークの一隊に追いかけられることになってしまっていた。


 ――どうしてこうなったのか。


 現代日本の高校生でしかなかった俺が、どうして異世界でダンジョンを探索することになったのか。


                ◇◆◇◆◇


 それはテンプレのような異世界召喚だった。

 授業中のクラス。足元に魔法陣。逃げるとかそういうことを考えることもできず、俺たちは異世界へと召喚された。

 異世界。そう、異世界だった。

 女神オーリングが作り出したダンジョン世界【ニルウェスト】。

 ニルウェストにはかつて地上全体に繁栄し、栄華のすべてを味わった種族がいた。

 ただしそいつらは滅んだ。地上の資源のすべてを使い果たして滅んだ。

 問題は滅んだあとだった。

 彼らが使い果たしたために土地に資源がなくなったのだ。だから慈悲深き女神は、星に取り残された人々の救済のために、【迷宮ダンジョン】を作り出した。

 それが過去の話だ。現在から見れば神話の話である。

 それでもそれは俺たちの現実だった。

 迷宮から資源を採取することで人々が生きている世界、その中央大陸【ゴートテラー】の覇権国家であるグランウェスト大王国の郊外にある勇者召喚用の召喚施設に俺たち現代日本で生きる高校生、その一クラスは召喚された。

 召喚したのは、この世界の大国であるグランウェスト。それを中心とした大陸国家が作った勇者管理委員会と呼ばれる機関だった。

 召喚目的はただ一つ。

 女神が人々の救済のために作ったダンジョン群。それらの中に、ニルウェストの人間ではクリアできない難度の迷宮が存在する。

 女神がその時代時代の大陸の支配種族たちのために作り出した、自戒のための迷宮。

 かつて資源を使い果たし、星を生物の住めない世界にしたことを忘れないようにと女神が作り出した地上の試練、Sランク迷宮と呼ばれる迷宮の攻略のためだった。

 そうして、神殿でざわざわしているクラスメイトたちを尻目に、ただただ家に帰れなくなったことで呆然と混乱の淵に叩き落されていた俺は、呆然としまま、神殿で【鑑定】スキルによる能力鑑定を受けると、【Dランク勇者】という称号を貰って、そのまま勇者管理委員会が開催する勇者オークションへと出品された。


                ◇◆◇◆◇


 召喚されてより半年。

 勇者オークションによって売却されたことでクラスメイトたちと離れ離れになった俺は、大陸東方にある小国【ヴェグニルド】、その辺境にある迷宮都市【ヴェリス】に転移魔法で連れてこられていた。

 幼馴染のかわいい女の子とか、クラスにいる高嶺の花である憧れの美少女とかの知り合いもいなかった俺なので、たった一人だけヴェグニルドに落札され、クラスメイトたちと離されたことに特にショックは受けなかった。

 友人はいたが、親友とかもいなかったしな。ショックなのは家に帰れなくなったことぐらいだ。父親や母親のことを思い出すと俺がいなくなったことで二人を悲しませていないか胸が苦しくなる。

 ちなみにテンプレ異世界召喚だったが、小説とかで見るようなテンプレ勇者くんみたいなクラスメイトなんかはいなかった。

 所詮は俺のそこそこの偏差値でも受かった普通の高校である。

 そこにいるのは普通の高校生の集団だ。ラノベでたまに見るような普通の(笑)みたいなものではなく、世間一般の高校生である。世界的な大企業の令嬢とかもいないし、ハーレム体質の鈍感野郎もいないし、中肉中背の黒髪黒瞳の少年が古武術を習ったりなんてしていないのだ。

(スキルもなぁ。冴えないオタクや、目立たない風貌の普通の女子がSランクスキルを授かって、サッカー部のイケメンがCランクスキルを貰ってたりしたから、たぶん完全ランダムだったんだろうな)

 俺なんかは集団召喚の中でもハズレ枠とされる最下級のランク、Dランクのスキルである。

 なお、Dランクは俺一人だ。悔しい。

 といっても勇者スキルの中のDランクなのでこの世界の人間が授かるスキルの中ではそこそこ当たりの枠に入るものらしいが……。

(当たり枠って感じじゃないんだよな。大器晩成っていうか。器だけっていうか)

 今日もダンジョンで散々な目にあったと、ため息を吐きながら俺は冒険者ギルドに設置されている特別カウンターへと向かっていく。

 特別扱いというより、勇者の報告はここでするからだ。隣の列に並んでいる冒険者たちから羨望のような、熱い視線を受けながら俺はギルド内を歩いていく。

「神無月レイジ、帰還しました」

「受け付けました。成果報告を」

 受付に座っている中年の親父に問われて「【デザーの廃宮廷迷宮】二階層でゴブリンドロップの宝箱の【落とし穴】のトラップに嵌って、三階層に落ちて、オークに殺されました」と告げる。

 結局、三階層で地図もなく逃げ回った俺は、逃げ切れずに袋小路に追い詰められてオークにボコられて殺されたのだった。

「そうですか。成果は?」

 俺が殺されたと聞いても動揺することなく中年の受付男性は問いかけてくる。役所対応だ。世知辛い。

「ゴブリンの魔石がこんなもんです」

 俺は、俺が持つ【兵士Ⅰ】スキルが持つスキル【携行鞄Ⅰ】からゴブリンの魔石を取り出して提出した。

 三階層に落ちる前の二階層で獲得できた魔石だ。ただし滞在時間はそこまで多くなかったので数は少ない。

 ちなみに、ゴブリンは他にも錆びた剣とか汚れた防具をドロップするが、質が悪すぎて素材に戻すにも手間と燃料がかかるということからギルドでは逆に処分料を取られるとギルド内の資料に書いてあったので回収していない。

 提出された魔石を計量用の器に入れた中年男性がサラサラとペンを動かして俺に領収書を渡してくる。

 魔石売却費、ゴブリン駆除代に加えて、ギルド税、勇者税、冒険者年金、ギルド宿泊施設整備費などなどの諸経費。

 残ったのは銅貨数枚。せいぜい食事代程度の金額。

「……ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げて、俺はギルドを後にする。感謝の気持ちは忘れないでおいた方がいい。俺はこの世界だと部外者みたいな扱いだからな。敵なんか作っても良いことなんか一つもないのだ。

 報酬が少なく、不貞腐れてギルドカウンターを蹴りつける冒険者などもいるが、そういう冒険者はギルドのブラックリスト入りして、実入りの良い依頼を受けられなくなる、という噂も聞いたことがあるし。

(っても、俺が実入りの良い依頼を受けられることを考えてもしょうがないんだけどな)

 それに勇者といってもレベル5のクソ雑魚勇者である。

 あと今回死んだことで、レベルに昇華されないまま俺が持っていた経験値が半減し、次のレベルアップまでの道のりが遠くなってしまったし。

 ゴブリンから得られる経験値じゃあレベル6が遠すぎるから別にそこまでがっかりはしないが、意気消沈ぐらいはする。

(生き返られるのはいいんだけどなぁ)

 勇者はこの大陸の人間では攻略不可能とされるSランクダンジョンを攻略するのが役目なので、死んで役目から解放とかはない。

 死ぬとダンジョン脇に設置された【勇者の祭壇】で復活させられるのである。無料ではなく経験値を支払う必要はあるけれど。

 ちなみに俺のようなDランク勇者でも、勇者に与えられる基本特性である【無限残機】はあるので、いくら殺されても精神的にキツイだけで済むのだ。

 もちろん世間一般の高校生の精神ではこんなことには耐えられないだろうが、俺が持っている兵士スキルに【感情抑制Ⅰ】というスキルがあるので耐えられている。

 これは辛いとか苦しいとかそういう感情を抑制してくれるスキル。モンスターの殺害とか解体もこれがあるおかげで耐えられている。たぶん一番お世話になっているスキルでもあった。

(はぁ、死んだからだりーわ)

 金もないので町中をぶらぶらするつもりにもなれず、俺はギルドの食堂で軽食を買って、ギルドの宿舎に帰ることにする。

 冒険者たちと会話したりとかはしない。この世界の勇者は国家預かりの奴隷だから、俺からすると仲間とかそういう意識はない。

 だいたい自由に活動してる冒険者を見るとちょっとうらやましくなってくるし、文句言いそうになるから関わりたくもなかった。

(たぶん一番会話してるのが受付のおっさんと娼婦のねーちゃんたちだよな)

 召喚は童貞だった俺だが、勇者がレベルアップすると性欲が滾るからとレベルが2に上がったときに娼館の利用方法を教えられ、レベルがアップする度にお世話になっていた。

 元高校生男子としては性欲は何もなくともビンビンなので毎晩利用したいところだが、一番安い娼婦でもそこそこの値段がするからそう頻繁に利用できるものでもない。

(せめて勇者税がなければなぁ。金も貯まるんだが)

 自室のドアを開けて、買ってきた軽食をテーブルに並べる。

 部屋に備え付けの水魔法の魔導具から飲水をグラスに注いで俺はぱくぱくと鳥の唐揚げみたいなものを食べていく。七味欲しいよな。この世界の香辛料クソみたいに高いから気軽に使えないけど。

 ちなみに勇者税は勇者に課せられる税金だ。なんで取られるのかはよくわからない。

 加えて、勇者落札時の金額の分だけ国家に返済しなければならない返済金とかいう謎の金も俺は払っている。

 金貨1000枚。それが俺の値段だった。

 俺が返済しなければならない金。なんで拉致同然に召喚されて、自分に入ってきたわけでもない金を返済しなければならないのかよくわからないが返済しないといけないので返済している。

 一応、返済すると俺の首につけられている【隷属の首輪】が外れるらしい。別にこれが外れたところで家に帰れるわけでもないので、どうでもいいけど。

 Dランクの俺で金貨1000枚だからSランクスキルのオタクくんとかめちゃめちゃ法外な金額になってそう。

 それともSランクだったらレベルもガンガン上がって、ガンガン稼いであっという間に返済できるんだろうか。


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