15 情報

 バタルの足もとにひれ伏した鏡の魔人に、真っ先に声を発したのは鸚鵡のコッコだった。緋色の鸚鵡は鏡の魔人ウマイマに向かって嘴と翼を開き、得意げに胸を張った。


「オレ様に跪くとは、よくものを分かっている奴だ。いいだろう。オレ様の子分にしてやる」


 コッコの完全なる勘違い発言に、バタルは呆れ返り、ウマイマは顔を上げて鳥籠を覗き込んだ。


「あら。今のって褒めてくれてるのかしら。でも残念。あたしのご主人様シディはこっちのぼくちゃんなの」


 太い指で指し示され、バタルはちょっと口元を曲げた。


(ぼくちゃんって……)


 成人を過ぎる年齢にもなって、そのような呼び方をされようとは思いもしなかった。大魔法使いスライマンの時代を知っている魔人からしたら、たかだか二十年かそこらしか生きていないバタルは確かにぼくちゃんなのかもしれないが。


 鏡の魔人に否定されたコッコは、広げた翼をばたつかせ、嘴を格子の隙間から突き出した。


「そんなのおかしいだろう! お前はオレ様の鏡から出てきたはずだ。だったら主人シディはオレ様のはずだ」


 ウマイマはコッコからの不遜な抗議に気を悪くすることもなく、むしろ分厚い唇で艶っぽく笑った。


「小鳥ちゃんはずっとあたしのこと見ててくれたものね。でもあたしのご主人様シディになるには手が必要だから、小鳥ちゃんにはちょーっと無理かしら。ごめんなさいね」

「なにぃ! そんなのずるだ!」


 コッコはまたさらにわめいたが、ウマイマはそれ以上は相手にせず、体を起こして悩ましそうに頬へと手を当てた。


「あたしったらこんなにモテちゃって、なんて罪な魔人なのかしら」

「……それは多分、違うんじゃないか」


 まんざらでもなさそうなところに水を差すのもどうかとも思いつつ、バタルは突っ込まずにはいられなかった。ゼーナやズラーラと比較すると、ウマイマはかなりの曲者かもしれない。


「ゼーナ」


 ウマイマの後ろで静かになりゆきを見ていた指輪の魔人へと、バタルは声をかけた。ゼーナはウマイマの大きな体の横をすり抜けて、すぐに傍まで進み出た。


「はい、主人シディバタル様。ご用ですか」

「ゼーナ、もしかして、この鏡が魔人つきだって気づいてたか」


 片手に持ったままだった金縁の鏡を、バタルは持ち上げて見せた。ゼーナはウマイマが現れた時、まったく動じる素振りを見せなかった。もし彼女が、鏡がどんなものか始めから分かっていたのだとしたら、なぜ言わなかったのかが気になった。


 ゼーナは一瞬言葉に詰まって、狼狽えたように目線をさまよわせた。ゼーナの反応の意味が分からず、バタルが眉をひそめると、ウマイマが助け船を出すように彼女の肩へ手を置いた。


「大丈夫よ。もうあたしが出てきて挨拶したあとだもの。知らない相手に知らせるのとは違うわ。安心して」


 ウマイマが片目を閉じて請け合い、ゼーナは表情に安堵を見せて頷いた。


「ありがとうございます」


 ほっと息をついてから、ゼーナはバタルへと目線を戻して胸の前で手を組んだ。


「申しわけありません、バタル様。鏡を目にした時点で気づいていました。ですがスライマン様の作られた他の魔人や道具については、教えてはいけないことになっているのです」

「あたしたち魔人は、自分のこと以外は喋っちゃいけないのよ。だから、怒らないであげてね」


 ゼーナから言葉を勝手に引き継いだウマイマは、今度はバタルの肩へと大きな手を乗せた。バタルはもとより怒る気はなかったが、仲間をかばうウマイマの思いやりある仕草に肩の力を抜いた。


「それがスライマンの意思ってことか。なるほど」


 魔人たちの話を聞いていると、自身の作った魔人や魔法道具を占有や悪用されるのがよほど嫌だったのだろうスライマンの思いが、見えてくるようだった。悪用されるくらいなら、忘れ去られて使われないままでも構わない、とまで思っていそうだ。


 ウマイマの鏡もバタルが偶然手にしていなければ、誰にも知られないままこの危険な島で埋もれていったことだろう。


 抱えていた鳥籠が突然がんがんと音をたて、バタルは驚いて手元を見下ろした。


「こら、お前ら! オレ様を無視してるんじゃない!」


 声を張り上げて、コッコは固い嘴を何度も格子に打ちつけた。実を言えばバタルと魔人たちが話している間も、彼は不服を訴え騒ぎ続けていたのだが、あまりに相手にされないのでいよいよ痺れを切らしたのだ。


 ついにコッコが両脚で格子の扉をがちゃがちゃと激しく揺さぶり始めたので、バタルは鳥籠を顔の高さまで持ち上げた。


「ごめん、ごめん。そんなに怒るなって。おれが悪かった」

「そうだ! お前が悪い! さっさとオレ様の鏡を返せ!」


 コッコがあまりに憤慨しているので、バタルは一旦彼の怒りを収めるために、ウマイマの鏡を格子の隙間から差し入れてやった。すぐさま飛びついたコッコは脚を器用に使って鏡を鳥籠の真ん中まで引きずっていき、上に乗ってくるくると回った。


 隅々まで鏡に身を映して多少は気が収まったらしい鸚鵡に、バタルは軽く胸を撫で下ろした。へそを曲げられて、ファナンの所在を教えないなどと言い出されたら、危険を冒してまで彼を連れ出した意味がなくなってしまう。


 バタルは鳥籠を下ろして、紙の破れ目のようにぎざぎざな岩壁に切りとられた空を見上げた。いつの間にか雲は赤く照り映え、東から夜の気配が漂い始めていた。真昼でも薄暗かった谷底は黄昏色に沈み、そろそろ火をおこさねば視界にも難儀をしてしまう。


 巨人の縄張りにロック鳥が近づかないのはもう明らかであるし、問題の巨人も住居に閉じ込められている。夜営をするならば、今いる谷底が一番安全だろうとバタルは判断した。


「とりあえず早めに夜営の支度をして、まずはコッコの話を聞こう。ウマイマへの願いを考えるのはそれからだ」





 鳥籠の扉の鍵は、石を数度打ちつけるだけで簡単に壊すことができた。久方ぶりの自由を得たコッコは歓喜の声をあげて飛び回り、バタルや魔人たちの顔の前で誇らしげに翼を羽ばたかせた。はしゃぎ過ぎて鳥目なのを忘れ、黄昏の薄闇でうっかり迷子になりかけたところをバタルに連れ戻される事態にもなったが、コッコが大人しくなることは一向になかった。


「見たか、オレ様の優雅な飛翔姿! ずっと閉じ込められていたが、ちっともなまってはいなかったな」

「ええ、とっても素敵。やっぱり鸚鵡の羽って見栄えがするわよね。羨ましいわぁ。あたしも飾ろうかしら」


 バタルの隣で膝を立てている鏡の魔人ウマイマは話に乗りながら、本気で検討するように、剃り上げられた頭を撫でた。さすがに趣味が悪いのではとバタルは思ったが、コッコは自分が褒められればなんでもいいらしく、さらに調子を上げた。


「そうだろう、そうだろう。今が夜なのが惜しい。暗くてもオレ様の羽は十分に綺麗だが、明るいところで飛べばもっともっと、艶々に光るんだ! 明日の朝になったらしっかり見せてやるぞ」

「まあ! それは楽しみだわ」


 自意識の高いコッコとおだて上手なウマイマは、かなり相性がいいらしい。筋骨たくましい大男と小さな鸚鵡が会話に花を咲かせている光景は滑稽ではあったが、心温まるものでもあった。


 コッコは長く閉じ込められている間に、相当な鬱憤が溜まっていたのだろう。鳥籠の上に留まってウマイマにおだてられるまま、これまでにも増して滔々と喋り続ける。彼の境遇を思えば仕方ないと考え、バタルも時々相槌を挟みながら、あまり邪魔をせず話を聞いてやった。けれど鸚鵡のお喋りは尽きることがなく、バタルはさすがに飽き飽きして、彼を助け出した本来の目的へと話の水を向けることにした。


「なあ、コッコ」

「コッコ様だ」


 呼び方だけは絶対に譲らないコッコに出端を挫かれ、バタルはげんなりしつつ言い直した。


「……コッコ様。飛ぶ姿が素晴らしいのはよく分かったから、そろそろ声について教えてくれないか。コッコ様がたぐいまれなる才能でまねをしていた女の子の声を、一体どこで聞いたのか、教えてくれ」


 コッコの機嫌のとり方は、さすがにバタルも心得てきていた。思惑通り、浮かれた緋色の鸚鵡は鳥籠の上でぴょこぴょこと跳ねて答えた。


「おう、そうだったな。いいぞ、教えてやる。あの女の声は、巨人の家で聞いたんだ」

「なんだって」


 その可能性を考えなかったわけではなかったが、バタルの声は思いのほか低いものとなった。


「まさか、まだ中にいるのか」


 バタルが勢い込んで問い詰めると、コッコは急に剣呑になったのを不思議がるように丸い目を見開いた。


「あの声の女なら、もういないぞ。食人鬼グールが連れていったからな」

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