脳筋勇者、日本で詰む。
噫 透涙
転生勇者
勇者は魔王を倒した。
三年。魔王討伐に費やした旅路。
思えば長かったような短かったような。
命を落とした仲間も、現地で結婚し家庭を持った仲間も、かけがえのない存在だった。
そしてやっと、悪の根源である闇の魔王を倒すことができた。だが。
「勇者よ。我を倒すその強さ。認めよう。しかし、我もまた哀しき存在。最期にお前に呪いをかけておいた。それはお前を苦しめ、または幸福にするだろう。さらばだ」
魔王がこと切れた瞬間、光が勇者を包み眠らせた。
というより気絶に近かった。
眩んで、気が付けば、奇妙な世界にいた……。
「大丈夫ですか」
救急隊員はバイタルを測り、病院に搬送する。
勇者はストレッチャーに乗せられ、転がされる。
にわかに体を起こし、周りを見る。
「ここは、どこだ」
「はい!体起こさないでください!」
救急隊員に怒鳴られ、体を倒す。
勇者は一通りの診察を経て、入院を義務付けられた。
病院食はうまかった。かつてこんなうまいものを食べたことがあっただろうか。おかわりを要求して、怒られた。
「それにしても、身元不明なんて。戸籍もないし、在留カードもない。俺はこの世界の人間じゃないなんて言われたら、定住性までダメになる」
勇者は医者から、統合失調症と診断された。重度の。
「俺は勇者だ!魔王を倒したから国に帰るんだ!」
統合失調症にしては割と正気っぽいので、医者もとても困っている。結局入院は一週間。
受付で多額の請求をされ――保険証がないので――、追い出された。
紹介状。これを持って役所に行けと言われた。どうやら身元不明の者を引き受ける施設があるらしい。
しかし勇者は国に帰らなければならないので、そんなところに居座れない。それでも衣食住は欲しい。
地図をもらい、向かう。
地域福祉課にはきれいなお姉さんがいた。ルーシャ村のギルド受付嬢ユルミダに似ていた。
お姉さんは「ノムラ」というらしい。
「えーと、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「カンザス村出身、勇者のタチクルスだ」
「タチクルスさん。苗字も併せて教えていただけますか」
「苗字はない。そんなものは貴族しか持ってない」
「はあ、タチクルスさん。書いて頂きたい書類がありますので、こちらに」
どうやら異世界に来てしまったらしい。
ここは地域福祉課で、この国は「ニホン」というらしい。
そして今は首都である「トウキョウ」の真ん中にいるのだと。
書類の文字は読めたが、意味がいまいち分からない。
「扶養とはなんだ」
「養うってことです」
「扶養義務ってなんだ」
「養わなければならないという意味です」
難しい言葉は分からないし、その羅列である文もよく分からない。それでもなんとか空欄をできるだけ埋めて、申請をした。
「あの、職業斡旋についてなんですが、履歴書って書けますか?」
ノムラは恐る恐るといった感じで聞く。
「履歴書ってなんだ?」
ノムラは枠線が書かれた白い紙を持ってきた。
「ここに写真を貼って、学歴とか志望動機を書くんです」
「何のために?」
「え、ええと。企業に申し込みするためなんですけど」
写真というのは、鏡に映る自分を紙に描いてしまうものらしい。それをリレキショに貼る。
「学歴って覚えてます?」
ノムラはとても不安そうだ。
「学校には行っていない。村では麦を挽いて粉にしていたからな」
ノムラ曰く、義務教育も受けていないと、職業はかなり絞られるのだそうだ。
「力はある。任せてくれ」
とりあえず医師の診断書から障害認定を受け、就労継続支援B型に入ることになった。診断書を書くにあたって、半年は通院が必要だという。それまでは公の施設にお世話になるらしい。
基本的に『るーむしぇあ』をして暮らしていくという。
とにもかくにも知能テストを受け、その二週間の後結果が知らされるそうだ。
結果的にIQが基準を満たしておらず、知的障害と判断された。
るーむしぇあは他人と一緒に暮らすことらしい。
四人で『よんえるでぃいけえ』という、五つの部屋のある家に住んだ。
お互い話ができず、話しかけても何も反応がなかったりしたので、コミュニケーションは諦めた。
ヘルパーさんが来たりして料理を手伝ってもらったりして暮らした。
勇者は外に出て枝を探し、川で魚を釣って、警官に怒られた。
「ここの川は魚釣り禁止なんですよ。看板もあるでしょ」
「川はみんなのものだろう」
「東京都の川なので」
「トウキョウトの川?」
釣った魚はリリースし、警官に送られて帰った。
あっという間に二週間がすぎ、知能テストの結果も出て、半年の診察を待たず障害認定を受ける書類を書くことになった。
役所に行くとノムラがいた。
「ノムラ!いい名前だ。お前の親がつけてくれたのか?」
「ご先祖様ですかね……」
「ノムラ、これはどう書いたらいいんだ」
用紙を埋め、サインをして提出。
果たして障害者として認定され、障害基礎年金の話も出たが、戸籍がないので不可となった。
障害認定を受け、就労継続支援B型に通うことになった。
ここでは雇用契約を結ばず、働けるらしい。
役所の勧めで「オリーブレイン」という施設で働くことになった。
ここでは『ナイショク』が主な仕事で、外で野菜を売ったりすることもあるらしい。
勇者は『ナイショク』をさせられたが、細かい作業ができず、野菜売りに回された。
勇者は体力だけはあるので、毎日通い、皆勤賞として2000円と野菜売り時給200円の分をもらった。
勇者はこのトウキョウで何が買えるのか分からない。
旅で欲しいものがあれば、獲物を倒して皮を剥ぎ、売った金で買った。
しかし就労継続支援B型――就Bで得られる金は14000円程度。
ルームシェアは公費で賄われており、稼いだ分はすべて使えるのだが、売っているものが何なのか分からず買うこともできない。
勇者は二か月でこの生活に嫌気がさし、ルームシェアを飛び出した。
行く場所はない。故郷が恋しい。
当てもなく歩いていると、木の上に登って降りられなくなった猫を見つけた。
みゃあみゃあと鳴いていて、いたたまれなくなり、勇者は木に登った。
すると猫は驚いて素早く木を降り、勇者は残された。
今度は勇者が降りられなくなった。
丁度台風が上陸し、雨が降り、風が吹いた。
強風に煽られた勇者は木から落ち、絶命した。
気が付くと、地獄にいた。
隣に倒したはずの魔王がいた。
「ここはどこだ」
「ここは地獄だ。勇者よ」
「魔王!!どうしてお前のいるところに俺がいる!」
「お前はいくつもの命を奪った。魔物。動物。そして魔王の命を」
勇者はとにかくあの奇妙な世界から逃れられたので安堵した。憎みぬいた魔王でさえ、親のように感じる。
「これから、おれは転生するらしい」
「転生?神のもとへ行けばそこで暮らすのではないのか」
「地獄に落ちれば次の世界に送られる。ただし記憶は失うのだ」
来栖と真緒は同じ大学のサークルで一緒になった。
なぜか会ったことのある気がして、恋に落ちた。
それから数年後、二人は結婚した。
婚姻届を提出する際、野村という女性が受付をしてくれたが、来栖はなぜか懐かしい気持ちになった。
脳筋勇者、日本で詰む。 噫 透涙 @eru_seika
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます