第18話 妖国ふたたび

 幽世かくりよと呼ばれるあやかし世界のよう国にもう一度、招待された凪咲。しばらくして赤坂兄妹きょうだいも同行できる許可が下りた。オカルト研究部の活動場所かつどうばしょ、赤坂家でノアムから伝えた。すると赤坂兄妹は飛び上がるほど大喜びする。


「ノアムさん、本当にあやかし達の住む異世界に行ってもいいんですか?」

 澪はメガネを押さえ、震えながらノアムに確認する。

「はい。ぜひ」

「ノアム様~。神猫だわ~」

「ええ。わたくしは神猫ですよ。来ていただけるのであれば我が国は歓迎します」

「まじか……。じゃあこの前着ていた二千九百八十円の陰陽師おんみょうじのコスプレ衣裳で行こうかな」

「快斗さん、それはやめてください。妖怪が一目散に逃げますよ」

「そっか、あやかしにとって俺たちは敵だったっけ」



 ***



 ――数日後の朔月の夜。凪咲の家に赤坂兄妹が来てもらって妖国に入ることになった。夜なのでコッソリ家に入って凪咲の部屋に案内した。


「おじゃましまーす」

「しー。ミオミオ。小声でお願いします」

「凪咲様のお部屋に妖怪にゃんこの住む異世界への扉があるなんて感激です。あたしなら毎日通いたいわ」

 澪はメガネを押さえながら喜びを隠しきれない。


 騎士の衣装で人型に変化したノアムが凪咲のベッドシーツをめくると、ベッド下に階段が現れた。

「おおっ。待ってました~」

「前回は危なかったので、手すりを取り付けさせていただきました。手すりをつかんで階段を下りてください」

「はい」


 そして、ノアムは扉の前に立ち、魚型の鍵を鍵穴にし、サーベルを掲げる。

「異世界の扉……解錠かいじょう!!!」

「おおお―――っ!」

 凪咲と赤坂兄妹はパチパチと手を叩いた。



 辺りは真っ暗。秋のようなカラッとした乾いた風が吹いてきた。しばらく草原を歩くとモコモコと巨大なキノコが生えた森を抜けると、レンガ造りの街に出た。長い迷路のような細い道をひたすら歩く。


「あれ? 前に来た時とちょっと道が違うような……」

「凪咲さん。もちろんそうですよ。あやかし世界ですから、神猫が支配するキングいえども他の妖怪から常に命を狙われているので、お城はときどき移動します」

魔法陣まほうじんで⁉ 陰陽道でも使用するぞ」

 快斗がわくわくしながらノアムに質問した。

「ええ、そうです。ここからは「王の間」に繋がる秘密の道ですのでお気をつけて入ってください」


 暗い洞穴を抜けると、また扉があったので開ける。すると中庭に出た。


「この奥が王の間です。髪や服を整えてから入りましょう」


 猫耳の城、輝く装飾品。煌びやかな広い宮殿の奥に、猫足の黄金の玉座ぎょくざがあった。玉座の後ろの壁に、猫をした王冠おうかん。長いひげ、いかにも威厳いげんありそうな猫妖怪のキング――の絵画かいがが飾ってあった。


(あれ? 確か、黄金の玉座ぎょくざに王様が座っていたはずなんだけど……)


「ワシはめちゃくちゃ強い猫魈ねこしょうじゃ」

 前回、なんて言って威張っていたあやかし世界のキングも、陰陽師おんみょうじ末裔まつえいである赤坂兄妹を前に御簾みすに隠れ、姿を見せなかった。声だけが聞こえた。


「ゴホンッ。ワシはこのあやかし世界のキング、猫魈ねこしょうじゃ。今回はリスク回避のために姿はひかえさせてもらう。しかしながら、赤坂氏も参加しての密偵活動ご苦労であった」

「えっと、このようなご厚意こういをたまわり、恐縮至極きょうしゅくしごくでございます」

 快斗は少年漫画で読んだあいさつの仕方で胸に手をおきひざまずく。


「お礼は化蛇かだを拘束次第、ほうびを与えよう」

「いえいえ、いつもボランティアで活動しています。大したことはしていません。それに陰陽師は悪い妖怪や霊は退治しますが、善良なあやかしには手をだしません」

「本当じゃにゃ」

「昔の陰陽師は鬼神きじん式神使役術しきがみしえきじゅつで使役しておりましたが、今はほとんど聞きません」


鬼神きじんとか式神しきがみってなーに?」

 凪咲は小声で澪に聞く。


「陰陽道の術なんだけど、鬼神きじんは、低級ていきゅうの神か、あやかしのことなんだ、その鬼神に術を使って家来けらい、あるいは助手にする術よ」

「へえええ」


「陰陽師で有名な安倍晴明あべのせいめいは、鬼神を召喚しょうかんして、式神しきがみにしたの。式神は家来のことね。

 安倍晴明は貴人にかけられた呪詛を、はらったりするのに式神を使役したの。ふだんの式神の仕事は雑用や掃除をお願いしていたそうよ」

「ええと、ふーん。召喚、使役……。ゲームみたい……ね」


「うーん。例えるなら、陰陽師は警察犬訓練士ような存在だね。犬じゃなくて鬼神きじん調教ちょうきょうして、悪い霊をやっつけるような感じだよ」

「そっか、なんとなくわかったよ!」

 凪咲は澪がいてくれてよかったと思った。


 挨拶が終わると兄の快斗は玉座に向かって頭を下げた。次に凪咲が前に出る。


「わが城に呼んだのは他でもない。凪咲殿は携帯電話をお持ちかな?」

「はい。近所の塾に行くようになったので親にスマホを買ってもらいました……」


 凪咲は鞄からごそごそとスマホを取り出した。妖界のキング、猫魈ねこしょうは猫将軍に携帯を持ってこさせ、凪咲たちに見せるように指示した。


「こちらは人間界の携帯を改造したあやかし携帯。今後は、あやかし世界と人間界の連絡は、妖国で作成した〈あやかしアプリ〉を使用することにするんじゃにゃ。さあ、ワシのあやかし専用QRキューアールコードから凪咲殿の携帯に〈あやかしアプリ〉をダウンロードしたまえ」


「え? は、はい」


(でも、ここって異世界だし、つながるのかな?)


 凪咲はあわてて携帯画面を見ると、電波もインターネットも大丈夫だった。

「ゴホンッ。携帯基地局のアンテナを設置しているのでつながりますよ。Wi-Fiワイファイも」

 猫将軍が言った。

「すごっ」

 赤坂兄妹と凪咲は驚いた。



 ――*――*――*――*――*――*――


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