第10話 三人の女子会(未来、香織視点)
─────時を遡ること、約3時間前。
拓海が朧光神社から飛び出し、祠に向かっていったせいで取り残されてしまった三人は、半ば途方に暮れていた。三人はこれ以上朧光神社に留まる訳にも行かず、神社から離れて街の中を散策する事になった。
未来は鞄から観光案内用のパンフレットを取り出して広げて見る。
「あれから拓海さん、戻ってくる様子も無さそうだねぇ。」
「あはは、多分山の方に行ってるから時間も掛かってるだろうからね。」
「もう、昨日といい本当お兄ちゃんは直ぐにどっか行くんだから…」
さくらはぶつくさと文句を言いながら、未来の持っているパンフレットを覗き込む。観光案内のパンフレットには、朧谷温泉街の各名所が記載されたマップが所狭しと描かれており、未来達はどこへ行こうかと目移りをしていた。
「うーん、行きたい所いっぱいあるなぁ…どこに行こうか。」
「結構観光名所いっぱいあるねぇ、どこから行こう?」
「あ、此処とかどう?」
さくらが指差した箇所は、有名なカフェの名前が書かれていた。
「うーん、行きたいのは山々だけど…もうちょっと回ってからにしない?」
「そっか、まだ時間的にも早いかぁ…」
未来がそう提案すると、さくらはやや落ち込み加減な様子で頷いた。
「あ、そういえばこの近くに足湯があるって聞いたの。二人とも、折角だからそっちの方に寄って行かない?」
悩む二人の前に、思いついたように足湯へ行くことを提案する香織。それを聞いて、目を輝かせる未来とさくら。
「じゃあ早速その足湯の温泉に行こうよ!」
「さくらちゃんはかなり乗り気だけど、どうする?未来」
「まぁ、折角の温泉街なんだし先にその足湯に浸かってみる?」
「だって、じゃあそこから行こっか。」
「やった、でも私その場所分からないけど、香織ちゃんは分かるの?」
「うん、昨日私が散策してた時に見掛けたから案内できるよ。二人とも行こう。」
「「はーい」」と未来とさくらは口を揃えて返事をした。
香織はその様子を、微笑ましそうに顔を綻ばせた。
こうして三人は、街の散策ついでに足湯に行く事にした。足湯へと向かう途中、不意に未来は何かの視線を感じて後ろを振り返る。
「?どうしたの、未来。」と不思議そうな顔をして、香織は未来の方へと顔を向ける。
未来は香織の方へ向き直ると、「ううん、多分気の所為かもしれない。」と言いながらその場を取り繕った。
さくらは既に二人よりも先に進んでおり、大手を振りながら二人を待っていた。
「二人ともー!早く早くー!」
「ほら、さくらちゃんも呼んでる。はぁい、今行くよー」
さくらの呼び掛けに、香織も手を振って答えた。
「…うん、分かってる。行こ、香織。」
未来も香織の手を取り、さくらに追いつくべく足早にさくらの待つ先に向かって歩いて行った。
人々が多く行き交う賑やかな街の中、未来、香織、さくらの三人は楽しそうに会話を交わしながら街の中を歩いていく。
「へぇ、さくらちゃんって高校を卒業したらO大学に進学する事を考えてるんだね。」
「まぁ、その為に色々と頑張って勉強中なんだよね。」
「私応援してるよ、さくらちゃんもきっと大学に合格すると思うよ。」
「ありがとう、いつかお兄ちゃんにも喜んでもらえるように頑張りたいんだよね。」
「良いなぁ、私もこういうしっかり者の妹が欲しいよ。」
「あれ?未来さんは、兄弟とか居ないの?」
「一応居るっちゃ居るんだよね、兄貴が。」
「未来さんのお兄さんって、どんな人?」
未来は頭の後ろで手を組み、羨ましそうにさくらを見つめる。
さくらは目を輝かせながら、どんな人なんだろうとワクワクと期待した様子で聞いていた。
未来は言い渋る様子だったが、香織が代わりに未来のお兄さんについて答えようとして慌てて止められる。
「うちの兄貴はその、シスコンみたいな感じだからさ。あんまり周りに言いづらいというかなんというか…ね。」
「でもお兄さんとは仲良くないの?」
「いや別に、仲が悪いという訳じゃないけども…あんまりにも過保護な感じというか、たまに鬱陶しい時があるから嫌なんだよね。」
「あぁ〜…そういう感じかぁ。」
さくらは納得した様子で、うんうんと頷いた。
香織は二人のやり取りを見て、楽しげにくすくすと笑っていた。
「それにしても、さくらちゃんと拓海さんって結構仲良しだよね。」
「あぁそうそう、私も思った!凄い仲睦まじい感じだから、なんか羨ましいなぁって。」
「確かにうちも仲は良いけど、たまに喧嘩だってするよ。」
「あら、そうなの?」と香織はさくらに返答した。
香織の返答に対し、さくらは小さく頷いた。
「とは言っても昔の話というか、今は単純にあんな感じがずっと続いてるからね。」
さくらが困ったように笑いながら話すと、未来と香織は顔を見合わせる。
あまり触れるのは良くないと思いつつも、未来はさくらに対して拓海の事を質問した。
「そういえば、拓海さんって…普段からあんな感じ、なの?」
さくらは半ば戸惑った様に、俯く。
だがさくらはふるふると首を横に振り、「いつもはあんな感じじゃない。」と返答をした。
「最近、というかお兄ちゃんがここに来てからずっと妙というか、何かあっても変に隠してるからあまり深くは聞けないでいるんだよね。」
「私達も、神社に行く時とかそうだったよね…あの様子。」
三人は顔を見合わせ、拓海のことで静かに考え込む。
パンッと両手を合わせる香織。
「取り敢えず、拓海さんが戻ってきたら改めて聞くしかないよね。でも今はほら、そんな気分を忘れて旅行をめいいっぱい楽しもう!」
「うん、それもそうだね。」
先程まで暗かったさくらの表情も、香織の一言で明るさを取り戻し始めていた。
「本当こういう時は助かるよ、ありがとう香織。」
「こういう時ほど、気を取り直して少しでも気を紛らわすことが出来たら良いんだよ。」
「それもそうだね。」
未来と香織の二人は、そんなさくらの様子を見ながら互いの顔を見合せて話をする。
拓海が今ここに居ない状況だからこそ、彼女が不安に感じていることを少しでも和らげることが、今自分たちができることかもしれないと思いながら目的地である足湯のある場所へと向かっていく。
三人は足湯の場所に到着し、一歩足を踏み入れると、そこには心地よい温泉の香りが漂っていた。
まわりには美しい景色が広がり、穏やかな風が頬を撫でていた。
足湯の周りには緑豊かな植物や花々が咲き誇り、静かな湖や山々が遠くに広がっているようだった。
陽光が木々の間から差し込み、小さな鳥たちが歌い響く様子が、この場所の穏やかさを一層引き立てていた。
足湯の池には、透明な温泉が湧き出し、その温かさが心地よく広がっていた。
三人は脚を浸けると、疲れた体が癒される感覚が広がっていくのが伝わった。
湯船の周りには木製のベンチや座席が配置され、ゆったりとくつろぐ人々が微笑み合っていた。
和やかな会話や笑い声が風に乗って響き、心地よい雰囲気が漂っていた。
足湯の周りにはさまざまな植栽が施され、美しい景観が作り出されていた。
青々とした竹林が風にそよぎ、風鈴がかすかに音を立てている。小さな石の庭園や手入れの行き届いた草花が、和の趣を醸し出していた。
足湯の場所は自然と調和し、人々が日常の喧騒を忘れて癒しのひとときを過ごせる特別な空間となっていた。
「「「はあぁ〜……」」」と三人は足湯の心地良さに、大きな息が漏れ出た。
「気持ちいい、やっぱり足湯も良いなぁ…」
「ね、すっごく気持ちいいから、疲れが取れるよねぇ。」
「特に昨日とか、来たばっかりだったしこうして癒されるのって滅多に無いからねぇ…」
「月華荘の温泉も、凄い気持ちいいけど、やっぱこの温泉街は全部最高の温泉ばっかりだねぇ。」
さくらは脚で軽くパシャパシャと波立たせる。
香織は足湯の周りの景色を眺めながら、小さく鼻歌を歌い始めていた。未来もまた、足湯で足を温めながら周囲の景色を眺めて楽しんでいた。
三人は足湯の心地よさに身を委ね、自然の中でゆったりとした時間を過ごしていた。温泉の湯船から立ち上る蒸気が、彼女たちの肌をやさしく包み込んでいく。
湯の温かさが全身に広がり、心身の疲れが次第に浮かんでいくような感覚が溢れていった。さくらは足湯の水面に映る自分の姿を見つめながら微笑んだ。
水面に揺れる光景と彼女の笑顔が重なり合い、穏やかな気持ちが広がっていく。彼女の足は水面に触れるたびに小さな波紋を生み出し、そっと時間を刻んでいった。香織は周囲の景色に目を奪われながら、静かに鼻歌を歌っていた。その優しい歌声が風に乗って広がり、自然の調べと調和していった。
彼女の歌声はまるで森の中に響く鳥のさえずりのようで、足湯の場所に静寂と響き合う美しい音をもたらしていた。
未来は足湯の温かさに身を委ねながら、周囲の景色をじっと眺めていた。
遠くに広がる湖の水面が穏やかに揺れ、山々が優雅に立ち並ぶ様子が目に焼き付いていった。
彼女の目にはその風景が鮮やかに映し出され、心に穏やかな感動が広がっていました。
このようにして三人は足湯の場所で癒しを見つけ、自然との共鳴を感じながら過ごしていた。
彼女たちは言葉を交わすことなく、ただ静かに景色を楽しみながら心の中で思いを馳せていった。
暫くの間、三人は存分に足湯を楽しんだ後…彼女達は足湯の場を後にした。
「凄く良かったよねぇ、明日もまた行こうかな。」
「今度はお兄ちゃんも誘って行きたいね。」
「あぁそれも良いね、今度は4人でゆっくり楽しみたいね。」
湯気が上がる中、三人は和気藹々とした様子で会話を楽しんでいた。
辺りを照らす太陽は、真っ青な空に輝きながら、街中に明るい光を注いでいた。
昼時の活気ある雰囲気が広がり、人々が元気に歩き交っている。
店舗やカフェのテラス席では、笑顔を浮かべた人々が美味しい食事や飲み物を楽しんでいる光景が広がっていた。
街角では、食べ物の香りが漂い、おしゃべりや笑い声が響き渡る。
人々が慌ただしく行き交いながらも、のんびりとした気分が漂っているようだった。
太陽の光が建物の窓やガラスに反射し、まばゆい光景を生み出していた。
さくらは笑顔で周囲を見渡し、街の賑やかさに溶け込むように感じた。
香織もその様子に心地よさを感じ、微笑みながら風景を楽しんでいた。
未来は少し遠くを見つめながら、この街の魅力を再確認していた。
太陽の陽射しは、彼女たちの心にも温かさを運んでくるようだった。
それぞれが心地よい疲れを癒し、未来への希望と楽しみを胸に抱きながら、この美しい昼時の街を歩き始めた。
「そろそろ、お昼も近いから何処かカフェに寄る?」
スマホの液晶画面に映し出される時間を確認しながら、未来は二人に提案をした。
香織とさくらもそれぞれ時間を確認し、未来の方へと顔を向けて頷いた。
「それもそうだね、多分そろそろ拓海さんも街に戻ってくると思うし…近くのカフェで一息する?」
「賛成!あ、それだったらさっき行きたかったカフェ行かない?確か…『茶寮』だっけ、あそこ行ってみたい。」
「あ、良いねぇ…拓海さんとの待ち合わせ場所にも使えるだろうからそこにしよっか。」
「やった!」とさくらは大喜びではしゃいでいた。
「あぁそう言えば、念の為に連絡先交換しない?
さくらさんも、私達の連絡先知っといた方が後で拓海さんとも連絡取りやすいと思うし。」
「あぁそうだね、なんならお兄ちゃんの連絡先教える?」
さくらは軽くスマートフォンを掲げ、首を傾げて見せる。
「あ、それも良いね。何なら教えてよ、私も後で情報交換のやり取りもあるから、その時の為にね。」
「はいはーい、香織ちゃんもお兄ちゃんの連絡先登録する?」
さくらはスマートフォンにあるアプリを開き、Limeの連絡先を開きながら香織に聞いてみていた。
「あ、えっと、良いの?折角なら知りたい…」
香織はさくらの言葉に、慌てながらも拓海の連絡先を交換する事に承諾した。
三人がそれぞれ拓海のものも含めて全て交換し、香織は自分のスマートフォンに登録されている連絡先を見つめて嬉しそうに微笑んだ。
スマートフォンの画面を嬉しそうに見つめる香織を見て、ニヤニヤと笑顔を浮かべて香織の顔を見つめるさくら。
「良かったね香織ちゃん、お兄ちゃんの連絡先ゲットだよ。」
「いやあの、その…ほら、非常時の為に備えてだから。」
「大丈夫大丈夫、妹公認のカップルになれるチャンスが出来たってことでね!」
笑顔で親指を立てるさくらに対し、顔を真っ赤にさせて慌てふためく香織。
「も、もうそんな事言って…!あまりお姉さんをからかわないの!」
「凄い照れてる〜可愛い。」
「もう〜、さくらちゃんがからかってる…未来も何か言ってよ!」
「え?何か言った?」
未来が二人のやり取りを見てなかったのか、聞き返すと香織は顔を赤らめながらぽこぽこと叩いていた。
「何なに、なんでそんなに怒ってんのよ。」
「もう、未来が助けてくれると思ったのにぃ、裏切り者〜。」
「ほらほら拗ねないの、もうすぐカフェに着くよ。」
未来は香織を宥めながら、カフェの場所を指さした。
「あ、本当だ。早く行こう〜」
「ちょっと待って、あまり走らないで。」
さくらは先にカフェの方へと駆け出していき、未来はその背を追ってついて行く。
香織はその二人の背を見て、一つだけ小さく息を吐いた。
「……この旅行、本当にいい思い出に残るものになるなぁ。」
香織は一人小さな独り言を呟き、二人の後を追うようにカフェ『茶寮』へと足を踏み出していった。
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