怠惰の箱舟閑話集

めいき~

地獄の日(二十四幕の回想)

空中に仁王立ちで立つ、エノ。



地上は煮えたぎるマグマ、空中は爆散した血煙と魔素が漂う。




その翼の形をした、黒い手が蠢き血管の様な線が走る度。



向かう、死神が地上に叩き落とされ。破壊神の権能が丸ごと握り潰された。





左手には剣を、右手には槍を。

空中を飛び回る、圧縮機とそれに繋がるアハトアハト。

チャクラムの様に魔法陣達が舞い、それらが砂埃の様に天空を舞う。



悪魔や天使は立つ事すら許されず、次々地上の血のシミに変わっていく。




「死んで滅びれば皆同じ、等しく灰塵」



左手の剣が、わずか二合で剣神の剣をへし折りそのまま頭から真っ二つにされた。

左手の槍が、槍聖の槍と正面から点で突きあい。槍聖の槍だけが花びらの様に割かれへし折れた。


「己のもっとも得意なジャンルで、真正面から小細工無しでへし折る事が相手の心を粉みじんにする」



魔導の得意なものも、満天の星空の数より多い魔法陣を瞬時に展開され光の速さで戦線崩壊を余儀なくされた。



軍として群を束ねるものの、戦略を根底から叩き潰す。

逆さの城の外に咲く逆さのしゃれこうべの花は、全てが死んだ敵。

誰かが死ぬ度に、その花園にしゃれこうべの花が加速度的に増えていく。



その全てが、軍となって天空から襲いかかる。

その花粉の様に舞う、黒い雫は数多の武器や防具。

呪文をかたどり、文字通り桜吹雪よりも降り注ぐ死の弾幕。



時空を切れば、時空を切ったモノの体が両断された。

時間を超えるものがあれば、その時間軸全てにエノの権能がトラップの様に待ち構えひき肉になった。


命がどれだけあろうとも、命が尽きるまで一秒持たなかった。


あらゆる神が権能で応戦するも、翼の指が様々な形をとり権能そのものが相対する神に砲弾の嵐の様に降り注いだ。


……、これが女神エノ。


創造神が幾ら世界を創造し、命を作ろうとも拳を一振りすれば世界ごと粉みじんに吹き飛ばす。



彼女は祈られるのが嫌いだ、きれいごとが嫌いだ。



何よりも、この身に宿る己の権能(ちから)が何よりも嫌いだ。

ただ、自分にとって目障りな存在を片っ端から叩き潰す。


あらゆる兵器、あらゆる力が何の役にも立たない。

否、逆さの城の周囲にはしゃれこうべの花園が広がり。


髑髏の花は黒い飛沫をまるで降り積もる雪の様に吐き出して。

その黒い飛沫全てが人類の歴史の兵器と武器を模倣し間断なく吐き出し続ける。


その城は、積み上げる死の城(拷問城)。

殺せば殺す程にスキルも、ステータスも経験等の技術も全てを簒奪して積みあげる。

その拷問城は、エノ一柱で六万五千五百五十六機。


乃ち、敵一人殺せば。その人間一人、又は一匹、又は一柱の、六万五千五百五十六分の力全てが城に加算される。それを、聖神も、精霊王も、邪神も一切関係なく殺せば積みあがる。


ステータスも、能力も、経験も、支配領域も権能もスキルもお構いなしにつみあがる。


エノの拷問城とは、簒奪と強奪を極めた文字通り死の城なのだから。

数で押せばと考えていた連中は己の浅さを後悔し、力に自信があったものは項垂れた。


文字通り、正面から相手のもっとも得意なもので叩き潰すそれはいっそ清々しい程に強すぎた。


破壊神が格闘で挑んだ時は、蹴りで蹴りを打ち落とされ破壊神が足から四散したのだから。


彼女は挑んだもの以外にそよ風一つ当てる事無く守り切り、挑んだもの全てを粉砕。

彼女に働けと言ったものや、彼女を利用しようとしたものはこの世から消えた。

声をかけた国は国ごと消えたし、そこに王だ子供だという差は無かった。


それは神や邪神すら例外ではなかったし、力を合わせ数を束ねて挑むものも挑んだ瞬間には消えていた。


縋りつこうとしたもの達は、彼女の力で燃え尽きていく。

追いすがろうとしたもの達は、彼女の力の前に打ち砕かれていく。


奇跡ごと破壊し、不可能ごとへし折る。


意思等関係なかった、彼女の前では全てが弱者以下の塵にも等しい。

あらゆる存在が挑み続けたが、その度彼女に食われ挑んだ数だけ彼女が強化されていった。


彼女の持つ力はセフィロトと同系統の十三の権能、拷問城は城というただ一つの権能でしかない。


神を喰えば神の力が、人を喰えば人の経験と努力が乗算式に手に入る。

術を喰えば、その術の構成ごと手に入り。技術を持つものを喰えば、その技術の進化系までが自在となる。


何かを欠片でも食えば、その進化の歴史の過程にあるもの全てが手に入る。

それどころか、派生に存在する選択肢その全てが一瞬で己のモノになる。

消費はゼロで、どこまでも止めなければその力が天井知らずに伸びていく。


元素と現象の支配者という名は、空中や別次元等条件が変わろうとも元素が存在する所ならば彼女の眼も耳も鼻も彼女自身の力でさえ瞬時に元素と同数用意できるところから来ている。


彼女はこの自身の力を死ぬほど嫌っていた、自身の力でありながら喜び等の感情などありはしなかった。


黒貌達には、エノちゃんの店舗から外に出るなと言い残し。

敵となったものには、邪悪に笑いながら言うのだ。


「己が強者だと思うのなら、私を倒して言うが良い」


エノの聖域は文字通り、あのカウンター席五席の店舗だけ。

その地下に、最初の命の終わりという間が三畳分の地下室としてあるだけだ。


聖域の強度は、サイズが小さければ小さい程。

聖域の持ち主たる神の力が、強ければ強い程に頑強となる。


あらゆるものを同時に相手取れる神の、聖域としては余りに小さい。

エノは、自身の力の出力を上げていけば余波だけで眷属が吹き飛ぶ事を知っていた。


漏れ出た、ただ突っ立てるだけで弱いものは爆散してしまうのだ。

だからこそ、彼女は本来の姿をさらさないように押し込めて存在しているのだから。


だから、彼女は大切な眷属に聖域から出るなと言った。

自らの眷属以外決して通さない、フィルターをかけて。


まるで戦場に、薔薇野茨で串刺しになったように。

地上も、空も、海も、宇宙の宙域でさえ死を振りまいていた。

燃える事も、溶ける事も許されず。

まるで、全てが塩と小麦粉で出来ていた様に吹き飛んでいく。


肉も骨も血も魂も、みんなみんな吹き飛んでいった。


「脆弱な、貴様らはその程度でも神に名を連ねるか」


たかが神がなんだ、数がなんだ。

彼女にとっては、対等であるものがなさ過ぎ全てが屑にしか見えて居なかった。


笑わせるな、生きるという事は輝きである。

輝きの無いものは、私も含め死んでいるのと大差ない。

私の気に入らないもの全てを握り潰す、害悪である。

私の気に入らない理をねじ伏せる、暴虐である。


私の視界に弱者も強者も差別も必要ない、必要なのは命の輝き。

どんなにか細くとも、消えそうであろうとも。


一かけらの輝きがあれば、それを許そう。

私が許さぬものは、片端からけし飛ばせばよい。

私の前に立つ事すら許さん、私はもはや神ですらない。




ただの、災いだ。



故に言葉は通じぬ、武器も通じぬ。権能もクソの役にも立つものか、心理も真髄も如何ほどのものか。


等しく、消し飛べ。


「己の丈も判らず、恥も知らず。災いに何かをさせようなど、思い至るだけで御しがたい」


私はただ、眷属と日々穏やかに過ごしたいだけだ。

それ以外望んだ事はただの一度もない、なのにお前らは幾度もやってくる。

情報を知ろうとしたり弱みを知ろうとしたり、余りにも目障りだ。


周りとの協調?周りごと吹き飛ばせば良かろう、一切の存在を消し飛ばせばよい。

他のものは判らんが、私にはそれを行うだけの力は十分にあるのだから。


冥府の神は空中で鎖に五体をつながれて、あらゆる刃物でめった刺しになり。

巨人は巨体の拳で攻めようとも、彼女は拳でそれを迎えうつ。


その鎖をよく見れば、今まで殺された神の顔が浮き出ていた。

苦悶と怨嗟の表情をにじませた鎖は、決して外れる事は無く。

殺された瞬間には鎖の、顔が一つまた一つと増えていく。


いつしか、彼女に挑める神はことごとく消えていった。

いつしか、彼女に挑む勢力はことごとく殺された。


それにかかわるすべてを皆殺しにした、彼女は自分からは絶対に手を出さないが。


誰かひとり手を出せば、関係者もろとも罪無きものすら消し飛ばし蹂躙した。


連合を組めば連合ごとねじ伏せ、押さえようとも彼女は遍在と時間逆行でそれらを下した。


宗教があれば信じる神ごと叩き伏せ、思い通りにならぬならばと自然や時間すら支配した。

団結を鼻で笑い、信念をへし折っていく。


いつも、口癖の様にいう。


「面倒だな」


「脆弱で、惰弱で、何処までも現実を認められない連中ばかりだ」と。


そして、禁忌と呼ばれる。

けして、触れるべからずと。

居ない事にしろ、かかわらなければ無害だからと。


あらゆる勢力から、そういう認識を持たれた。


そう、彼女が全ての対抗勢力を下すのにかかった日数は僅か一日。


遍在も歴史改ざんも、お手の物。


そんな彼女は、居酒屋の流し台の下部分をあけてその下にある畳三枚分のスペースで今日も眠る。


段ボール箱が一つ、置いてあった。

それの段ボール箱一つが、彼女の欲しいものの全て。

黒貌は、いつもの様にビールを補充し焼き鳥を仕込む。


ダストは、饅頭の様に座り。


光無は虫かごに入れられていた、光無は外の様子を見ていた。

黒貌は、顔が引きつり。ダストはぷるぷると震えていたし、光無は余りの強さに考える事をやめた。


黒貌にとって、この居酒屋は自らの神の聖域で。


演歌を流し、赤ちょうちんがぶら下がるだけの居酒屋で焼き鳥をひたすら仕込んでいた。


エタナが帰ってきたら、直ぐにでも焼き始められるように。

ビールを補充してはいるが、黒貌以外は油やジュースを飲む。


結局、ビールを飲むのは黒貌だけで好きな飲み物をいれて乾杯する。


そして、彼女は居酒屋の中でラムネを一本黒貌から受け取ると腰に手を当て飲み干した。


「黒貌、また手作りラムネがうまくなった」


微笑を浮かべながらぽつりと言ったそれは、黒貌を満面の笑顔に変えた。

黒貌は自分のビールと、ダスト用のジュースを用意して乾杯する。


エノは自身の力を、押し込んで。その後には、余波すらコントロールできるようになる。


全ては、このひと時の幸せを守る為に。

強大過ぎる神の、極小サイズの幸せ。


捨てるはずの肉の脂身を、黒貌が虫かごに入れていた。

ある時ダストは言った、弱者が報われる世界が欲しいと。


エノはダストを膝にのせ、優しく微笑を浮かべながらダストを撫でこう言った。


歴史は繰り返し、愚者は枯れる事なき欲望に浸り。救いようのないものは数多居て、強者は弱者に等興味がない。


乃ち、この世の何処にもそんなものは存在しないよ。


仮に私がそれを叶えた所で、私がそれを強制し続けるだけの地獄が出来上がるだけだ。


私は、それがお前の望みなら叶えてやりたい。


しかし覚えておくといい、死角も見えぬものも聞こえぬものも決してないこの私が「どこにもありはしない」というのがどういう意味なのかを。


正しい事が良い事とは限らないし、長い目で見て正解か不正解かもわからぬ事は沢山ある。

私は見ようと思えば視える、掴もうと思えば何でも掴めるだろう。

確定された未来を知り、変えようと思えば過去から未来まで好きな様に改変できるだろう。


私にはそういう、権能も確かにある。


だがね、ダスト。生きてるという事は挑戦なんだ、自分や未来に挑戦するからこそその命に価値があるんだよ。


全ては、私をのぞいて生きて歩いて幸せにも不幸にもなるのだ。


何かの為に生まれてくる命などない、もしその何かがあるのなら死ぬ直前に振り返り自身の命に意味を唱えればよい。


だからこそ、判らぬ方が良い事もある。

明日死ぬことが確定してそれが判り、自暴自棄にならず悲観せず喚き散らさず座して迎えられるモノ等そうはいないのだからな。


それに、世の強者がどういうものであれ私には大差ない風にしか見えないさ。


吹けば飛び、撫でれば砕けるものにしか見えない。

いくら体を痛めつけ、肉体を鍛え上げようとも生物の限界は越えられない。


兵器や機械はその構造上の限界を超える事はけっしてないし、命が危機に瀕した時に力が出るのは結局本来持っている力を壊れる事を覚悟で引き出しているに過ぎない。


真の強者は死に物狂いや、覚悟を決めた位で勝てる程ぬるくはない。

真の強者は勝ち続ける為に、勝ちたいと思った勝負だけ絶対に負けないように。


普段は隠してるものさ、情報をさらせば攻略されるのがオチだから。

私の様に、相手の切り札ごと食い破れる地力があれば別だがね。


私の様に、むしろ全ての力を持ちすぎて。


「誰かに攻略される事を、心から望んでいるならば別だろうが」


それでも、努力するもの全てが笑顔で満ち。搾取されない世界が欲しいというお前の願いは幻想で空想であろうな。


生物の根幹に集団心理があるものは細胞の一片まで、それを正しいと感じるようにできている。


人が翼を望み、空を舞う事を夢見たとて。

真の空が体を切り刻む程に冷たくても、いざそうなってみるまで気がつかないもの。


何を望んだとて、誰かが支配し考えを押し付ける世界等ディストピア以上のものにはならん。


まぁ、いい……。



お前をダンジョンコアのかわり扱いにして、その世界を迷宮という単位で実現してやろう。


本物のダンジョンではないから、お前は自由に外に出られるし行動にも制限はない。


私は搾取などしない、ずっと寝ているだけだ。

私は、寝たまま人形を動かして、無力なあの頃を模して楽しむのも悪くはない。


土地や天候など自由に、お前の好きにフロアを増やすといい。


罠でも娯楽でも奇跡でも、私が値段をつけよう。値段を払うものに全てを叶えてやろう、私は値段を決めるだけだ。溜めたくないなら好きにしろ、逃げたければ好きにしろ。


現実の国など税金をむさぼるだけで、保証と言う幻想を抱かせるという最低限の事すらしないボンクラだがダスト・・・。お前の為だけに、私がその全てを保証してやろう。



お前の好きな様に、世界を作ってみるがいい。



ただし、お前に私が保証するのはあくまでお前の作るダンジョンの中だけ。

お前をダンジョンコア扱いにし、お前の作る世界でのみお前の望む形をやろう。



何者かが何か言ってきたら、私がぶちのめす。

私は可愛いお前の願いを聞いただけで、それ以上でもそれ以下でもない。


私は思うままに振舞うからこその位階神であり、理など糞くらえだ。

さぁ、ダスト。お前が思う、誰もが輝き報われる世界を作ってみればいい。


そっと、撫でる手からダストに力が渡された。

彼女からすれば砂粒の様な力だが、ダストからすれば余りに巨大な力。


自由も平等もこの世にはありはしない、だから全ては仮初なんだ。

何故なら私がやろうとしている事すら、強制であり私と言う絶対強者が力任せにやる事なんだから。


ただ、私はお前の為に平等に見える事。そして、自由と錯覚できるだけの選択肢を与えよう。


相応のモノを、報酬として受け取れる事でお前の望む世界を実現してやろう。

偽物で作りもので、浅ましいだけなんだ。

誰かから渡される力なぞ、誰かのきまぐれで吹き飛ぶようなものばかり。

私はお前に渡した分は、吹き飛ばしたりはしないがね。


お前が溺れるようならば、取り消しはあるかもしれない。


私はお前が可愛いからこそ、無かった事にしてでも守りたいと思う事はきっとある。


そうだな、怠惰なのが私で私の上にある箱舟。「怠惰の箱舟」がその名に相応しい。



この時より、命の終わりという場所が怠惰の箱舟というダンジョンの最下層になる。

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