なんでもかんでも乾物屋

@donram

第1話

 近所に妙な店が出来た。

 質素な漆喰の外壁と軒上の古ぼけた木の看板を、煌びやかな電飾と派手なネオンがビッシリと覆っている。そのミスマッチさが妙に目を惹いた。寂れた田舎町の静かな平日で、この店だけクリスマスの繁華街の様だ。

 それでいて看板に大きく描かれた店名にはなんの装飾もされていない。歪なイルミネーションに邪魔されて文字が見づらくて仕方がない。ついつい読みづらい看板に近づき目を凝らしてしまった。

「いらっしゃいませ!!なんでもかんでも乾物屋にようこそ!!」

 唐突に開いたドアの中から、沸騰したヤカンを思わせる甲高い声が飛び出した。思わぬ不意打ちに竦んでいると、いつの間にか背の小さい中年の男が目と鼻の先で仁王立ちしている。丸い鼻の上に丸サングラスが輝き、丸顔に満面の笑顔を浮かべ、まるで胡散臭さを人型に成型したような風貌である。

「いやぁ!お客さんはお目が高い!よくぞ当店を見つけてくださいました!さぁさ中に入って!」

 そもそもこんな派手な外観で見つけられたもへったくれも無いし、お客さんになるつもりもない。まぁ関わらない方が良いだろう、と踵を返した。

 「入り口はこちらですよ!」

 そんなことは見ればわかる、と思った瞬間、腕を掴まれて強烈に引かれた。運動会の完敗した綱引きを思い出す、どれだけ踏ん張っても甲斐がない、絶対に力の流れは止められないと悟るほどの剛力だった。

「いらっしゃいませ!!」

 急に手を離され思いっきり床にひっくり返ってしまった。顔を上げると、丸顔店主がさっきと同じ笑顔で何かにじょうろで水を振りかけていた。

 「うちの商品はちょっと他と違いまして、見てもらったほうが早いんですが……」

 無理やり店に入れられて商品に興味が沸くわけがない、しかし馬鹿力の店主に冷やかし扱いされるのも正直怖い、何か適当なものを買って切り上げるのが一番平和的だろう、自分の気の弱さにはほとほと愛想が尽きる。

 軽く買えそうな物がないか店内を見回したところ、あの派手な外観は何だったのか?と困惑するほど店内は美しかった。白を基調とした落ち着いた壁紙と床には汚れ1つなく、詰めすぎず空き過ぎない間隔で棚に陳列されてる籠には埃1つ落ちていない。小じんまりとしているが、高級感すら感じる内装に少し安堵してしまった。怪しい外観、無理やり客を中に引き入れる常識のない店主、しかしひょっとすると商売自体はまともなのかもしれない。

 「これは……?」

 ふと、覗いた籠の中に大き目のピザのようなものが入れられていた。紙のように薄いがよく見ると段がある。柄は俯瞰で見た庭と住宅の様で、まるで飛び出す絵本の閉じられた頁の様だった。

 手に取ってみるとその薄さとは裏腹に意外と重い、危うく取り落としそうになりながら両手で抱えた、ひんやりと冷たくざらっとした妙な感触だ。

 「お目が高い!これは庭付き一戸建ての乾物です!あぁ!勿論、植ってる梅の木はサービスですよ!」

 手に持った何かに水を擦る作業を続けながら店主が声を張り上げた。つまり、どういうことなんだろう。さっさと切り上げたがっていたのに既に好奇心を覚えてしまっている自分の単純さに思わず苦笑がこぼれる。

 「食べ物以外の乾物なんて初めて見ました、乾物風の雑貨ですか。」

 丸顔の店主は大げさに相槌を打っている。勢いの激しさがまるでヘッドバンキングだ。

「雑貨!お客様は豊かな発想をしてらっしゃる!しかし残念ながら少し違いまして、ウチは店名を読んで字の如く、なにがなんでもかんでも乾物に拵える!これらがその乾物でございます!」

 そう言うと店主は恐らく乾物であろう物から手を放し、舞台上で見るような身振りで品物を指した。

「5歳オスのプードル!メスの日本猿!20代前半の女性!男性!健康な肝臓に脳みそに目玉!地球儀!洗濯機!変わったところでは雪男なども御座いますよ、勿論、海苔や昆布等もこちらに」

 何かの冗談なのだろうか。紹介を終えた店主は水に漬けた乾物をほぐす作業に戻っている。興味なんか覚えずに海苔でも買ってさっさと出たほうが良かったのかもしれない。後悔が顔に溢れたのか、丸顔店主は俺の様子に気付いたらしい。奴の張り付いたような笑顔の口角が更に上がった。

「水に浸せば元通り動き出すんですよ、浸し時間は商品のサイズにも寄るんですが……おっ!」

 丸顔店主の腕の中でずぶ濡れの猿が喚き始めた。出産直後の赤んぼうにそっくりだな……。そんなことを考えながらボンヤリと抱えられた猿を眺めていた、まだ戻りきっていないらしい右足を不愉快そうに振り回している。流暢なセールストークがBGMのように聞こえる。

 「お客様が持ち込んだものを乾物に仕立てるサービスもございます、人間は少しコチラのほうが弾むのですが……」

 人差し指と親指で円を作るお金を意味するジェスチャー、不慣れなウインクで不自然にゆがんだ右側の顔面。そんな日常的な微笑ましさすら感じる店主の挙動と裏腹に、人間という言葉が不気味に頭の中に響いた。つまり人間の乾物……。

 弾けるように黒い恐怖が頭の中を埋め尽くした。そうだ、この店から早く逃げなければ。しかし店に引き込まれたあの尋常ならざる店主の力と、目の前で平らな足先を振り回す猿が足を竦ませる。いや、初めから考えていた通り海苔でも買って帰ればいいのだ。

「すいません、海苔、海苔でいいです、ください!」

 店主の口から飛び出した数字は俺を絶望の淵に叩き込んだ。その海苔はどうやら上質な素材のほかに、海そのものを圧縮した最高級品だそうで、この世のものとは思えない風味を醸すらしい。俺が理解出来たのはここまでで、洪水のように押し寄せる売り文句に構っていられる余裕はなかった。こんな田舎町でそんな大金を持ち歩く人間なんて居ない。

「持ち合わせがなければ、物々交換でも構いませんよ。」

 甲高い声が冷たく響いた。頭に詰まった恐怖が視界に流れ込み、今にも目の前が真っ暗になりそうだ。目の前……。

「そうだ、コレとコレ、交換できますか?足りない分はこの財布を置いていきます。」

「お目が高い!多少足りませんがお任せください!サービスですよ!!」



 振り返ると、ネオンに囲まれた店名がハッキリと両眼に映った。そもそもあの文字すら読めない程に曇っていた俺の両目が悪いのだ。暮れなずむ夕陽は異様に明るく、世界はどこまでも澄んでいる。

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