第8話

 赤城あかぎ克己かつみが機人を相手にするのは、初めてというわけではなかった。

 警察学校時代、模擬戦で何度か戦ったことがある。成績は悪い方ではなかった。ただ、一度だけ徹底的に叩きのめされたことがあった。

 あの時に相手をした機人乗りは、いま思えば普通ではなかったのだ。パイロットとして乗り込んでいた人物の腕が良すぎた。三回やって三回ともコテンパンにやられた。同じ警察学校の訓練生だったはずだが、あいつは機人を操縦するために生まれてきたのではないかと思えるくらいに、機人の操作に長けていた。そいつが警察学校を主席で卒業したのは知っていたが、その後の行方は知らない。今頃は警視庁あたりの装甲機人部隊の隊長でもやっているのではないだろうか。


 警報の音で、赤城は我に返った。いまは、くだらない昔の思い出に浸っているような場合ではない。

 目の前には暴走している教習用機人がいる。

 赤城は教習用の機人に乗り込み、後ろから近づいて羽交い絞めにすることには成功していた。

 しかし、相手の方がパワーが上だった。同じ機種である。なぜ、同じ機種であるにも関わらず、相手の方がパワーが上なのかという点には疑問が残るが、いまはそんなことを考えている場合ではなかった。

 警報が鳴っていた。相手の右腕を抱えているこちらの右腕の関節部分の油圧が落ちているようだ。おそらく、相手の尋常ではないパワーによって、こちらの関節部分のパーツが故障してしまったのだろう。

 赤城の操縦する機人が、相手のことを押さえ込んでいられるのも時間の問題だった。


 警備会社には、ホットラインを使って通報していた。警備会社の装甲機人が到着するのが早いか、押さえつけている赤城の機人が壊れるのが先か。あとは運次第といったところだろう。


 そもそも、なぜ自分だけが機人に乗って暴走している機人を押さえつけているのだろうかと、赤城は思っていた。

 同僚たちも機人に乗れる人間は多いはずだ。なぜ、手を貸さないのか。そのことに赤城は苛立ちを覚えていた。

 このような事態への対応は、警備会社に任せておくべきだ。そういう考えが蔓延しているのだろう。しかし、警備会社が来るまでの間、指を咥えてみているというわけにもいかないだろう。暴走している機人は、次々と他の教習用機人に襲い掛かり、校舎の一部も破壊しているのだから。


 遠くの方から緊急車両用のサイレンが聞こえてきた。おそらく、警備会社がこちらに向かってきているサイレンだろう。


 何とか間に合った。


 赤城がそう思っていたのも束の間、急に機人の体が宙に浮いた。

 まさか。そう思った時には、押さえつけていたはずの暴走機人に投げ飛ばされている状態だった。機人が地面に叩きつけられ、とてつもない衝撃が赤城の体を抜ける。


 暗転――。



 ぼんやりとした視界の中で赤城は目を覚ました。

 どうやら、少し気を失っていたようだ。どのくらい、気を失っていたのだろうか。それを確かめようとしたが、赤城の目の前にあるディスプレイは真っ暗なままで、光を失っていた。

 操縦席の四点ベルトが体に食い込み、赤城は痛みを覚えた。肋骨だ。おそらく折れている。折れていないとしてもひびが入っていることは確かだろう。


 機人は壊れてしまったのだろうか。そんな不安に駆られながら、赤城はディスプレイにそっと触れてみる。

 小さな電子音が聞こえ、ディスプレイに文字が現れる。再起動の実行を示す英文メッセージが白い文字で流れる。どうやら、機人自体は生きているようだ。おそらく、投げ飛ばされた衝撃で、一時的にシステムがダウンしてしまったのだろう。


 こちらのことを投げ飛ばした暴走機人はどうなったのか。急に不安が押し寄せてきた。とどめを刺すつもりはあるのだろうか。暴走した機人の思考回路はどうなっているのかわからない。機人にはオートメーション機能というものがあり、特定の作業で自動運転させることも可能だが、そもそも教習用機人にはそのような機能は積んではいなかった。

 普通、機人の暴走というと、このオートメーション機能の誤作動からはじまるのだが、今回の様にオートメーション機能を搭載していない機人が暴走しているとなると話は変わってくるはずだ。ウイルス。そんな単語が赤城の脳裏をよぎった。コンピューターウイルスの機人版が存在しているという噂は聞いたことがある。しかし、実際に被害が出たということは耳にしたことが無かったので、ただの噂話に過ぎないと思っていた。いや、まだ今回の暴走がウイルスであるとは限らない。機人のウイルス感染など、妄想に過ぎないのだ。

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