第6話
主任である和泉の携帯電話が胸ポケットの中で震えたのは、昼食を終えて事務所へと戻ろうとしていた時だった。
マナーモードにしてある和泉の携帯電話は社有携帯の方であり、ディスプレイには会社と表示されていた。
「会社からだ」
誰に言うわけでもなく、和泉はつぶやくと電話に出た。
通話は歩きながら行われていたが、話をしているうちに和泉の歩く速度が徐々に上がって行っていることに周りにいた人間たちは気づいていた。
和泉班に出動命令が出ている。誰もがそう察知し、和泉の早歩きに合わせるように自分たちも歩く速度を上げていた。
「出動命令だ。現場は川崎にある機人教習学校。暴走しているのは、訓練用機人」
通話を終えた和泉が、声のトーンを一段下げていう。
もう、事務所は目と鼻の先だった。この時には全員が小走りになっていた。
会社の敷地内に入ると、トレーラーが一台玄関前に横付けされており、整備班の人間たちが機人を荷台のコンテナ内に搭載しようとしているのが見えた。
「俺は事務所へ行って課長と話をしてくる。
和泉は各自に指示を飛ばすと階段を一段抜かしで駆け上り、事務所へと向かった。
残された麻生たちは、和泉の指示通りに動き始める。
八重樫はトレーラーの助手席に乗り込み、ダッシュボードに備え付けられているコンピュータを起動させて、機人のシステム起動準備に入る。
篠田は持ち歩いていた肩掛けのカバンからラップトップパソコンを取り出して、通報を受けたコールセンターから情報を受け取る作業をはじめる。
そして、麻生琉衣はロッカールームに駆け込み、シャツを脱いでパイロットスーツに着替えた。食後ということもあって、肌に密着するパイロットスーツはちょっとだけキツく感じられたが、なんとか着ることはできた。
パイロットスーツに身を包んだ琉衣はすぐにトレーラーへと向かい、コンテナに積み込まれた機人のコックピットへと乗り込む準備をはじめる。
トレーラーのコンテナに積まれていたのは、ブルドッグと呼ばれる機人だった。ブルドッグは装甲機人と呼ばれる種類の機人であり、その所有は警察や自衛隊、国が定めた特定の警備会社だけとされている。また、装甲機人の操縦は、国が認めた国家第Ⅱ種特殊機人操作免許を持っていなければならず、この免許取得の試験に合格するのは年間五人程度であった。
琉衣はコンテナ内に入ると、その中で横になっているブルドッグのコックピットへと乗り込んだ。
ブルドッグのコックピットは狭かった。157センチという女性としては平均的な身長の琉衣が身体を屈めるようにして、ようやく入れるほどの狭さである。膝を曲げながらなんとかコックピットに収まる。その周りを囲んでいる電子機器はすべてが重要な役割を果たすものであり、何かひとつでも動かない機器が存在すれば、ブルドッグは動かなくなってしまう。
硬いシートに背を預けると琉衣は小さくため息をついた。出動前はいつも憂鬱な気持ちになる。なぜ自分は機人のパイロットなどという茨の道を選んだのだろうかなどという、ネガティブな気持ちになることも少なくはない。
装甲機人パイロット症候群。
同僚で同じく装甲機人のパイロットである、藤間公が命名したものだった。藤間も出動前には同じような気持ちに陥ることがあるという。藤間は健康診断で装甲機人のパイロットに対してメンタルヘルスチェックを行うべきだと熱く語っていたが、そんなことをロッカー室で語ったところで、事態の解決をすることはできなかった。自分たちの職業は装甲機人のパイロットであり、装甲機人を操縦することによって事態の収拾をすることが仕事なのだ。
琉衣はぐっと下唇を噛み締めると、操縦席の正面に設置されているカードリーダーに自分の免許証をスキャンさせた。
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