第5話
目が回るほどの忙しさとは、このことだった。
朝から
東儀警備保障は4体の機人を所有している日本国内で数社しか無い、国から装甲機人の使用を認められた特別警備会社であり、機人関連のトラブル通報は警察と同様に東儀警備保障へと来るようになっている。
一体、なにが起きているというのだろうか。
最初の出動依頼は、保守契約を結んでいる横浜の港湾倉庫だった。
船から荷を降ろすための機人が暴走し、他の機人に襲い掛かったというもので、暴走したのは誰も搭乗していない機人だった。
暴走した機人は、別の三体の機人を破壊し、到着した東雲班の
二本目の出動依頼は、川崎の建設現場だった。
こちらは保守契約を結んでいるというわけではなかったが、現場監督が以前うちの警備会社を利用したことがあり、通報してきたというものだった。またしても機人の暴走だった。
先に出動していた東雲班はまだ戻ってきていなかったため、待機していた和泉班が出動した。こちらは暴走した機人が建設途中のビルを破壊したが、和泉班の
二つの班が同時に出動するということは珍しくは無いが、待機中の三つ目の班までもが出動するというのは、瀬島が課長の椅子に座るようになってからは初めてのことだった。
三本目の出動依頼は神奈川県警からだ。県警も、ここと同じように出動依頼回数が尋常ではなかったらしく、県警の機人はすべて出払ってしまっている状況にあり、こちらに助けを求めてきたというわけだ。
こちらも、出動可能な全班、そして全機人が出払ってしまうという事態になってしまうが、一体でも機人が残っている限りは出動依頼を断るというような真似はしたくなかったため、県警からの依頼を引き受け、待機中だった香取班を出動させることにした。
運が良かったのは、最初の依頼を片付けた東雲班が戻ってこようとしていたという点だった。東雲班が戻ってくれば、ここが
四本目の電話はすぐには鳴らなかった。そのお陰ですべての班が事務所に戻ってくることができ、昼食は皆が交代で食べに行くことが出来る状態だった。
昼食は班ごとで取りに行くようにしていた。絶対、事務所が空になることはないようにするためだ。人によっては弁当を持ってきているものもおり、そういった人間たちは休憩室の長机を使って昼食を取るようにしていた。近所の蕎麦屋などに店屋物を頼む人間も同じようにしている。
その日の瀬島は、近所にある蕎麦屋から出前を頼むことにした。いつもは妻が作ってくれる弁当を持参するのだが、昨夜から妻の体調が思わしくなかったため、弁当はいらないといって家を出てきたのだった。
休憩室で瀬島がざる蕎麦をすすっていると、珍しいものを見たといった表情で男がひとり入ってきた。日に焼けた浅黒い肌で白髪交じりの短髪。頭にはタオルを捻って巻いており、一見すると漁師のようにも見えなくない初老の男。所々がオイルで汚れた灰色の作業着姿で、煙草のパッケージが入って膨らんでいる胸ポケットの上には『整備班・中嶋』という刺繍が入っていた。
「なんだい、嫁さんと喧嘩でもしたのかい」
「そんなんじゃないですよ、中嶋さん。私もたまには蕎麦も食いたくなります」
「
中嶋は整備班長という立場にあった。機人整備に関しては右に出るもの無しといわれるほどの男で、整備班では彼に憧れてこの会社に入ったという人間も少なくは無いという噂が囁かれているほどだった。
「きょうはやたらと出動が多いので、あまり席を外さない方が良いかなって思いまして」
「確かにきょうは出動回数が半端じゃないな。いったいどうなってんだ」
「それは私にもわかりません。県警の方も手一杯らしく、こちらに応援要請が来るほどでしたから」
「そうなのか。まあ、いまのところ機人たちも修理が必要なほどは壊れてないみたいだからいいけどな……」
中嶋が次の言葉を口にしようとした時、長机の上に置かれていた休憩室の電話が鳴った。
瀬島と中嶋は顔を見合わせ、瀬島が受話器に手を伸ばす。
「はい、休憩室ですが……ああ、私です。はい。はい。そうですか、わかりました。ちょうど、こちらに中嶋整備班長もいらっしゃいますから、伝えておきます。はい、お願いします」
瀬島はゆっくりと受話器を下ろすと、中嶋の方へと顔を向けた。
「出動依頼が来ました。道路工事の現場で重工機人が暴走したそうです」
「きょうは本当に忙しい日だな」
苦笑いを浮かべながら中嶋が言う。
「中嶋さん、出動準備をお願いします。東雲班を出動させます」
「わかった、お嬢のチームだな。じゃあ、ハウンドの支度をさせておこう」
「お願いします」
中嶋は瀬島の言葉を背に受けながら、休憩室を小走りで出て行った。
瀬島が事務所に戻ると、デスクの電話を取りながらメモ書きを走らせていた
「課長、神奈川県警からの応援要請です。現場は川崎の機人教習学校。訓練用の機人が無人暴走をはじめたとのことです」
「了解。では、和泉班を出動させよう……」
そうは言ったものの、和泉班は誰も事務所にはいなかった。まだ昼食から戻ってきていないのだ。
「大江さん、悪いんだけど和泉主任に連絡を入れて呼び戻してください」
「わかりました。すぐに連絡を取ります」
きょう一日だけでここまで出動回数が多いというのは異常だ。しかも、どれもが機人の暴走。いったい、何が起きているというのだろうか。
瀬島は、睨み付けるような目でパソコンのディスプレイをみつめた。
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