復讐は赤い糸で結ばれている

あめはしつつじ

第1話

 ザリガニがうじゃうじゃ入ったバケツを、

 頭にかぶらせられ、

 その上から殴られる。

 顔とバケツの間に、

 何匹ものザリガニがいて。

 殴られるたび、

 それが刺さる。

 目の下、頬、首元に。

 赤色が好きなんだろ、

 そう言って同級生は去っていく。

 大丈夫、私は強い子。

 母から教えられたこと。

 



 児童保護施設から、

 祖父の家に引っ越してきた。

 祖父はとても優しかった。

 けれど料理はできなかった。 

 引越してきた、その日の晩御飯の献立。

 白ご飯、

 味噌を溶かしただけのお味噌汁。

 ふかし芋。

 茹でた菜葉の上にハム。

「おじいちゃん、明日から私が料理作るから」

「そうかい、

 何か欲しいものがあれば言いなさい。

 なんでも買ってあげる」


 学校初日。

 転校生、

 という田舎の小学校において、

 珍しい現象のおかげか、

 私は一躍、時の人。

 これほど、ちやほやされることは初めてで、

 私はどうすればいいか、分からなかった。

 からかってくる男子もいたけれど、

 同級生より、一回り大きかった私が、

 立ち上がるだけで、

 そそくさと去っていった。

 翌日、

 無視が始まった。

 あの家の子、ということらしい。

 祖父はどうやら、

 嫌われているらしい。

 けれど、私は、

 前の学校と同じ感じであることに、

 一種安堵感を感じていた。

 何事もなく授業を受け、

 何事もなく帰宅する。

 祖父からお金をもらって。

 近所の商店に行き。

 晩御飯の材料を買う。

 店員さんが目を合わしてくれない。

 家に帰って、晩御飯を作り。

 祖父が喜び。

 食器を洗い。

 宿題をして、

 布団に入る。

 幸せってこんな感じ? 眠りにつく。

 翌日、

 上履きの中に土が入っていた、

 ほんのわずかで、

 私は気づかなかった。

 いじめが始まっていた。

 自分の机と椅子の上、

 座ると分かる、

 なでると分かる。

 少しだけ、土がかかっている。

 机に教科書を入れるときも、

 小指に嫌な感触がある。

 ザラザラと。

 私は気づく。

 誰も、目を合わしてくれないのに、

 みんながこちらを見ていることに。


 それほど、辛くはなかった。

 前の学校でもあったことだし。

 家に帰れば、祖父がいて、

 お味噌汁を私にかけることなく、

 美味しい美味しいと喜んでくれた。

 お菓子も買ってくれたし、

 テレビも見て良かったし、

 熱湯を浴びせられることなく、

 一緒にお風呂に入った。




 何日も続く、いじめのせいか、

 その日はちょっと、体調が悪かった。

 ただ、学校には毎日行きなさいと、

 母から言われていたし、

 大したことないと、登校した。

 ちょっとお腹が痛いかもしれない、

 少しうずくまる様に授業を受けていた。

 次の休み時間、

 その時には当たり前になっていた。

 スカートをめくられる。

 いつもはそれだけで終わるはずだった。

「こいつ漏らしてるぞ」

 そう、囃し立てられる。

 そんなはずないと、私は見た。

 私の下着は茶色くなっていた。

 生理が始まった。


 保健室の先生から、説明を受けた。

 私がお母さんに? 母のように?

 叩いた後に、

「お前は強い子だから」と、

 慰めてくれる、

 優しい母に?

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 私の頭はそれいっぱいで。

 この時、もう少し真面目に先生の話を、

 聞いておくべきだった。


 翌日の学校、

「今日は漏らしていないか」

 とスカートをめくられる。

 私は下着を見る。

 血が漏れている。

 赤。

「こいつ、」

 同級生が何かを言う前に、

「赤色が好きだから履いてるの」

 自分でも、驚くくらいの大きな声で、

 自分でも、驚くくらい、

 くだらない言い訳を叫んだ。


 机に赤色のチョーク、

 ノートに赤色の鉛筆。

 制服は真っ赤。

 赤色のランドセルはもっと赤く。

 私の目も赤く。

 この日からいじめは、明らかに変わった。

 彼らは言う。

「赤色が好きなんだろ」




 赤く腫らした目のまま、

 赤く上気した頬のまま、

 家に帰り、祖父に抱きつく。

 泣いてはダメと、母に言われていたけれど、

 思いっきり、涙を流した。

 何日か、学校に行かず、

 お家で、炊事洗濯家事掃除。

 けれど、ナプキンがなくなったので、

 学校に、いや、

 保健室に行くことにした。

 お昼前、この時間なら、授業中。

「先生、あの、」

「ああ、あれから、大丈夫だった?」

「えと、あの、はい。

 あの、なくなってしまったので、」

「ああ、じゃあこれ、

 君、お母さんには伝えたの?」

「いえ、あの、うちには、お母さんがいなくて、

 おじいちゃんと二人で暮らしてます」

「あれ、そうなの? 面倒だねー、なるほど、

 じゃあね、ちょっと待って、」

 先生は机に向かって、何かを書いている。

「このプリントを、おじいちゃんに渡して、ここに書いてあるものを、

 買ってもらうように言ってください。分かりましたか?」

「はい」

 教員用トイレによって、

 授業には出ず、

 家に帰った。

 その日の晩御飯の時に、

 おじいちゃんに言った。

「ねえ、ここに書いてあるものが欲しいんだけど、」

「なになに、なるほど、おお、そうかそうか、

 うーん、お金はあげるから、自分で買いに行けるかい?」

「多分」

「じゃあこれ、いくらになるか分からないから、多めにあげておくから、

 余ったお金は、何か好きなものを買いなさい」

 その晩、祖父に襲われた。

 もう、女なんだろと。


 私には、記憶がないから、

 私じゃないのかもしれない。

 祖父の胸には、

 深々と包丁が刺さっていた。

 どうしよう、どうしよう、

 お母さん、どうしよう。

 私は祖父が助かることでなく、

 私は私が助かることを考えていた。

 ならば、

 きっと、

 これは、

 

 私のやったことだ。


 お金、

 お母さんが言っていた。

 お金があれば、どうにかなるって。

 お金、

 お母さんありがとう。

 祖父の机の引き出し、

 鍵付きの引き出しに、

 お金があったはず。

 鍵は本棚の、

 一番下の本の下に。

 あった。

 鍵を開ける。

 引き出しを引く。

 お札の束と、

 銀行通帳、

 そして、一冊のノート。

 祖父は、

 嫌われていた。

 ノートには、

 復讐の、

 人を殺す方法が、

 びっしりと、書かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

復讐は赤い糸で結ばれている あめはしつつじ @amehashi_224

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説