第195話

「配信で見てたから覚悟はしてたんだけど……まさか本当にダンジョンの中にこんな景色があるなんて……基本的に日本のダンジョンにしか潜らないから新鮮だね」

「そうですか。それだったらニューカッスルダンジョンとかおすすめですよ」

「隕石降ってくるから嫌だなぁ」


 大丈夫だって、隕石さえなければマジで景色が良い場所だから。流石オーストラリアで随一の観光名所になっているだけはあるよ。最上層ならほぼモンスター出てこないし。


「でも不思議だね……こんなに広い空間があって、太陽みたいに光り輝く水晶があって、波もあるような本物みたいな海があって、植物も育ってるのに……ものすごく不気味に感じる」

「それは、無意識にモンスターの存在を感知しているからじゃないかな。私も、この階層に来て初めに感じたのは濃厚な殺気と危険な匂いだったよ」


 そうなのか。


:おい、如月君がそうなのかって顔してるぞ

:やっぱりこいつ緊張感ってものを知らないだろ

:どんな人間からこんな怪物が生まれてくるんだよ

:如月君って孤児だっけ?


「孤児ですよ」


:じゃあ人間から生まれて来たとは限らないのか

:草

:失礼すぎるだろ

:あながち間違いじゃなさそうなのが怖い


 それは俺も思う。客観的に見ても、俺の持っているダンジョン探索者としての才能は明らかに常人を遥かに超えているから、そんな人間は誰から生まれてきたのだろうかって滅茶苦茶気になる。ダンジョン探索者になる前は自分の両親なんて一切気にしたことが無かったんだけどな。


「じゃあ、さっさと攻略に動こうか。ここから先は如月君も来たことが無い場所だから、慎重に行こうね」

「海スライム……いないな」


 前回に神代さんと来た時は海が盛り上がってそのままスライムとして襲ってきたけど、今日は特に変化が見られない。

 それにしても……前回は砂浜を適当に歩いていただけだったから全く気が付かなかったけど、意味わからないぐらいにダンジョンらしくない風景だな。野山はしっかりと存在しているし、生えている植物も……あれ?


「……相沢さん、植物に詳しかったりします?」

「そんなに詳しくはないかなぁ……社畜してた時は趣味らしきものは一切なかったし、ダンジョン探索者になってからはダンジョンのことばっかり考えてたから」

「そうですか」

「どうしたの?」

「この植物……全く見たことがないものだったので、もしかしなくてもダンジョンにしか生えてないものなんじゃないかなーとか思ったんですけど、俺も植物には詳しくないので」


:マジ?

:ダンジョン内にて新種の植物が大量に発見か?

:流石に草も生えない

:草の話してるから生えろ


 俺の気のせいかもしれないけど……こんな形の雑草は見たことが無い。中層に存在する森林地帯の植物は、全て地球上に存在する植物であることが既に明らかにされているけど、こんな少人数しか来たことがない場所の植物なんて誰も知らないからな。

 もし、本当に新種の植物で……それが見たこともないような体系をしていたら、ダンジョンが異世界からやってきたって説がぐっと信憑性を増してくると思う。


「ま、ダンジョン研究者じゃないからいいか」


:おい

:ふざけんな

:【¥1,000】ちゃんと採集して帰ろうね

:せめて写真だけでも撮っていけ

:【¥10,000】頼むからサンプルぐらいは持って帰って来てくれ、頼む!

:ダンジョン研究者わらわらで草

:そりゃあ、渋谷ダンジョンの深層を攻略しますなんて配信、ダンジョン研究者が見ない訳ないだろ


「えー……まぁ、帰り道に覚えていたら持って帰ってきますよ」


 本当に新種だったら、服とか靴に種が引っ付いていないかを確認してから出た方がいいかもしれないな。



「モンスター、いなくない?」

「うん」


 先ほどからずっと海岸に沿って歩いているが、全くモンスターと遭遇しない。てっきり海の中とか山の中からモンスターが出てくると思ったんだが……まるでモンスターの気配がない。もしかして……前回倒した海スライムがこの階層のボスで、実は最下層だったとかないよな。


「あ、階段……見つけたけど」


 最下層ではなかったらしい。

 それにしても、この異様な静けさはおかしいだろう。だって相沢さんも七海さんもこの階層に入った時から殺気を感じているって言うし、俺だってモンスターがいないとは全く思わないんだが……こうもいないとな。


「どうする? このまま下に行くってのもありだけど……」

「……いえ、もう少しこの階層を探索して見ましょう」


 流石になにかあるはずだ。下に行く階段と上に行く階段の位置を把握したのなら、なおさらこの階層を探索してみるべきだ。


:目印かなんかいるんじゃない?

:ただの海岸だしなぁ……目印って言ってもなにもないだろ

:【¥5,000】式神使えば?

:それだ


「そうですね……目印によさそうな式神だったら朱雀かな」


 目立ちたがり屋で空を飛んでるし、燃えてるからはっきりと見やすい。なにより、戦闘能力が高いからなにかあった時に咄嗟に攻撃に参加してくれるだろうからな。

 召喚された朱雀は、やはり勢いよく飛行して一気に上空へと昇っていった。召喚した瞬間に役目は伝えたので、そのまま旋回してくれるはずだ。


「よし、探索を続けましょうか」

「そうだね……如月君のダンジョン紹介動画のためにも、なにかしらのネタは掴んでおかないと」

「……それはいいんですよ、別に」


 綺麗な階層です、で終わらせてもいいじゃん。どうせ深層だとそれを参考に探索する人なんて殆どいないんだから。


 で、全くモンスターが出てこないからって始まった86階層探索だが……10分程度山に入ってみても、全く成果がない。ダンジョン的な発見はなにもないのだが……どうもやっぱりここはダンジョン研究者からすると涎が出るほど楽しそうな場所らしい。


「……雑草ならまだ俺の勘違いで済みますけど、流石にこの……毒々しい虹色の果実はないですよね」

「うん、ないね」


 しかも形も変だし。なんだこのリンゴを細長くしたみたいな形は……虹色に見えるんじゃなくて、微妙に発光してるし。


「食べられるかな?」


:やめろ

:アサガオちゃん!?

:野生児アサガオちゃん

:流石にやめておけ


 これを見つけてなにかわからないけどとりあえずで食べたら、マジで頭おかしいよ七海さん……もうちょっと冷静になってくれ。

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