第173話

「たっだいまー……お土産なにがいいですかぁ?」

「いや、平然とした感じで帰ってこられても困るんだよね」


 オーストラリアから帰国して出社した俺の言葉に、即座に反応したのは呆れたような視線を向けて来た堂林さんだった。


「パンダはカンガルーのぬいぐるみ確定ね」

「そこはせめて食べ物とかじゃないのかなー!?」


 やかましいわ。俺に対して生意気な口をきくからこんなことになるって理解しておけ……我、社長ぞ?

 社内を見渡すと、何故かワクワクしたような顔でこちらを見つめている七海さん、俺の顔を見た瞬間に安堵の息を吐いた宮本さん、堂林さん以上に冷たい視線を向けて来た不知火さん。


「えー……お土産は」

「司君そのものがお土産じゃ駄目?」

「なに言ってんですか、この色ボケさんは」

「社長、貴女の彼女です」


 え? 七海さんってこんな色ボケした頭悪そうなこと言う人じゃないでしょ? だってこの人、俺が苦労しながら頑張って解いてたパズルとか横から現れてするするっと解いちゃう変人だよ?


「お土産は是非、オーストラリアのお話を聞かせてください。お話、楽しみにしていますから」

「お、おぉ……そうですね。そのお話はどっちにしろしなきゃなーとは思ってたんですけど……なんとなく近くないですか?」

「気のせいです」


 最近、宮本さんの俺への距離が滅茶苦茶近くなった。これは気がするで済ませられないぐらいに近くなっているのでなんともしようがないんだが……おまけに、俺に対して向けてくる視線にじっとりとした湿度のようなものを感じる。

 いや……宮本さんがどのような感情を乗せてこちらに視線を向け、距離を詰めてきているのかは理解しているつもりだけど……宮本さんの横でニコニコと笑っている彼女が怖いのでなにも言えない。


「で、配信そのものはミラー配信しながら見てたから全部知ってるけど……海外でとんでもないニュースになってるの自覚してる、社長」

「してない」


 聞いてないんだけど。オーストラリアでは流石にちょっと話題になるかなーと思ってたんだけど……とんでもないニュースってのは知らない。


「いや、オーストラリア国内だけじゃなくてヨーロッパとかアメリカの方でもそこそこ報道されてんの」

「内容は?」

「え? そのまま呼んでいいの?」

「いいですよ」


 自分がニュースになっているて言われて、気にせずに仕事ができるほど俺は冷静沈着な人間じゃないんでね。


「『日本からやってきた怪物、オーストラリアのダンジョンを蹂躙する』」

「ちょっと待って……それ、どこの国の新聞?」

「アメリカのネット記事」

「『日本の規格外・オーストラリアに激震』とか『オーストラリア政府「我々の予想遥かに超える怪物である」』とか?」


 え、なに……日本だとたかがニュース記事1つぐらいにしかならないのに、海外だとそんなに過熱してるの? なんで? だって最下層まで攻略した訳でもないし、ただ深層まで行ってよくわからないモンスター倒しただけじゃん。


「海外のダンジョン人気を舐めてたな。まさかここまで海外でダンジョン配信が受け入れられてるとは思わなかったな……社長、俺も近いうちに海外遠征したい!」

「私も力試しに海外遠征してみたいですね」

「私はねぇ……やっぱり新婚旅行はヨーロッパかな? イタリアとかどう?」

「1人だけおかしくないですかねぇ」


 俺が帰ってきたらみんなが一斉に海外に行きたいと言い始めるのは理解していたけど、まさか動機が視聴者の獲得だとは。海外のダンジョンを攻略することは俺だって何度もしたことがあるけど、流石に海外のダンジョンを配信することの規模感は理解してなかった。

 日本人が自分の国のダンジョンを攻略したらしいぞって記事はそれほど受けなくても、日本人が自分の国のダンジョンを攻略した配信がアーカイブで見れるぞってのは別の話らしい。


「アメリカとかじゃ不甲斐ない自国の探索者より、日本から怪物を金で雇って攻略させた方がいいとか言われてるな」

「いや、不甲斐ない自国の探索者って言いますけど、アメリカの最強探索者はマジで強いですよ。俺は会ったこともあるし、縁があったので彼が戦っている所も見たことがありますけど……婆ちゃんレベルには強いですから」

「えぇ……神宮寺楓レベルって、やばくない?」


 やばくなかったら合衆国最強なんて名前で呼ばれてないのよ。ただ、日本と違って国土が広くてダンジョンの数も多いから、彼が1人でできることは日本以上に限られているってだけの話だ。

 まぁ……変人だから自分の気分が乗った時にしか仕事をしない主義ではあるらしいけど。


「社長のチャンネル、滅茶苦茶登録者数増えてるからな。俺たちはそこまで伸びないかもしれないけど、それでも海外のダンジョン行きたいなって気持ちにはさせられたよ」

「うーん……司君は元々海外からの視聴者数が一定数いて、翻訳してくれる切り抜きさんもいたからだと思うけどね」

「私は数字とか関係なく、ちょっと海外のダンジョンに触れてみたいと思っていますけどね」


 そうだよなぁ……やっぱり英語で翻訳しながら切り抜きしてくれる人がいるってのがデカいわ。ネットでしか連絡取り合ったことないけど、普通にうちで雇った方がいいのかなって思うぐらいには切り抜きも上手いし、翻訳も上手……らしい。いや、俺は英語とか見せられても慣用句とかわからないんだけども。不知火さんが結構英語ペラペラだから確認してもらってるけど、上手らしい。


「なんにせよ、社長はオーストラリアに行っていた間の資料に目を通しておいてください」

「えー……向こうで一泊しただけなのに、そんなにあるんですか?」

「あります」


 あるのかぁ……まぁ、最近は貴方の所のダンジョン配信者とコラボさせてくださいって話から、俺にCM出演してくださいって話まで来てるからな。

 いや、ネット界隈では有名な自覚あるけど、テレビのCMに出られるほど有名になった覚えはないぞ。ワンチャン、海外でのほうが知名度あるんじゃないのかなって思ってきたもん。


「司君、後で色々とお話してね」

「なにについて?」

「ニューカッスルダンジョンとか、オーストラリアの綺麗な景色とか」


 近寄って来て耳元で小さく囁いて来た七海さんの言葉に、なんとなく返事がし辛かった。


「……綺麗な景色なら、一緒に見に行けばいいよ」

「っ! そうだね!」


 ふむ……俺はニュージーランドとかいいと思うな。オーストラリアから近くて、景色も綺麗だし。

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