第163話
七海さんが暴走した。
あれから普通に家に帰って寝る前に自分のSNSを確認したら、俺の知らないところで滅茶苦茶盛り上がっていた。なにかと思って自分に届いていたメッセージを確認したら、七海さんの投稿の引用が大量に貼られていた。この時点で既に嫌な予感はしていたんだが、流石に社長として確認しない訳にはいかないだろと思って見たら……めっちゃ普通に俺と交際始めましたって書いてあった。
「はぁ……」
「お、お疲れ様です……社長」
俺がデスクで項垂れていると、普段は結構キツイ事務員さんが慰めてくれた。そんなに疲れてるように見えたかな。
「それで、本当に付き合い始めたんですよね?」
「……それは本当なんですけど、まさか大々的に公表するなんて思わないじゃないですか。しかも本名まで晒して」
そりゃあ、俺は社員の本名みんな知ってるよ? 契約書に書く時は本名じゃないと駄目だし、そもそも俺は配信者名で人を呼ぶのは配信中だけだから。加えて、朝川七海という名前は、ダンジョン協会のホームページには載っているけども。
「まぁ……彼女だって貴方と付き合い始めた、ということを大々的に言いたかったのではないですか? いらぬ詮索をされることを嫌ったとか」
「そうなんですかねぇ……わからないでもないですけど」
「おはようございます、社長」
俺が事務員さんと喋っていると、にっこりとした笑みを貼り付けた宮本さんがやってきた。普段の穏やかな笑みではなく、まるでダンジョン内でモンスターと相対している時のような笑みを浮かべている宮本さんの姿に、事務員さんが一瞬震えたのが見えた。
「
「は、はい……その、ちょっと寒気が」
「ふふ、おかしなことを言うんですね」
笑顔とは、元々は相手を威嚇する為に作られた表情であるとどこかで知った気がする。今の宮本さんの笑顔は間違いなく威嚇用のそれだろ。
「で、では社長……私はこれで」
「あ」
逃げた。
「……如月さん、朝川さんと付き合い始めたのは本当なんですか?」
「ま、まぁ……本当ですね」
「そうですか……所で、如月さんって複数人の女性と付き合う男性ってどう思います?」
「いや、駄目じゃないですか?」
まぁ……本人たちがちゃんと円満に理解し合えるならそういう愛の形もありなのかなっては思うよ? 世の中には1人と結婚して、もう1人とは養子縁組を組むことでハーレム結婚生活している人もいるってどこかで聞いたことがある。日本ですらそうやってハーレム作っている人間がいるんだから、将来的にも揉めない自信があるならいいと思うけど。
で、俺に聞いて来たってことは……俺にそれができるかって話だよな。はっきりと断言するけど……1人と付き合うことすら難しい俺にそんな高度なことができると思うか?
「へぇ……でも、そういう考えは否定しないって顔に書いてありますよ」
「俺の顔、そんなにわかりやすいかな……」
怖いんだけど。
「ふふ、今は別に何もしませんから安心してください。朝川さんのこと、泣かせちゃ駄目ですよ」
「そ、それは勿論」
これは社員じゃなくて、人生の先達からの言葉としてちゃんと受け取っておこう。
それだけ言って宮本さんは再び笑顔を浮かべたまま部屋から出て行ったんだけど……マジで結構怖かった。なんというか……圧力を感じた。
「うーっす社長……なに書いてんの?」
「あぁ……堂林さん。どうして今日はみんな出社してるんですかね」
しかも出社してきた人、全員からひたすらに付き合ってるんですかって聞かれるからちょっと疲れちゃったよ。
「そりゃあ、ついに付き合ったって聞いて直接祝福の言葉は伝えておこうかなって」
「別れたらどうするんですか」
「え、別れるの?」
「それは未来の自分に聞いてみないとわからないじゃないですか」
「絶対に別れないから安心していいと思う」
なんでそんなことが言い切れるんだろうか。
俺としても、別に七海さんと別れることなんて全く考えてないけど、将来的に人間がどうなるのかわからないだろ。それでも、俺の願望だけを言うなら、俺みたいな破綻者のことを好きであると言ってくれ、ずっとついて来てくれた七海さんを手放す気はない。だって、ここで別れたら俺は一生結婚なんてできないと思うから。
「で、なに書いてんの?」
「これは七海さんのEX推薦状です。ダンジョン協会も国の組織らしく、大して意味のない筆記書類が多いんですよ」
「大して意味もないって」
「事実ですよ。探索者にとって必要なのは強いか強くないかであって、推薦した理由とか書く必要性すらないじゃないですか」
元々は婆ちゃんがそこら辺を端折って、無理矢理俺をEXに推薦したからできた書類ではあるんだけど。つまり俺がこうして意味がないと思っている書類に向き合っているのは、婆ちゃんが遠因である。やっぱりあの人の影響って、この国は大量にあるよな。そもそも日本に探索者ランクEXなんてものができたのもあの人の影響だしな。
「今から配信したらお祝いの投げ銭が大量に入ってくるんじゃない?」
「……考えておきます」
会社の収益としては確かに無視できないことなので、自分のプライベートを切り売りするのもありか。
もし七海さんがこの事務所に来ることがあったら普通に配信しようかな。
その後にも何人かが仕事場であるこの社長室に来たけど、全員が色々と聞いて来たのでちょっと疲れた。
特にテンションが高い桐生さんなんかはかなり相手にするのが疲れた。それ以上に面倒くさがりの調月さんがわざわざ電話してくれたことに一番驚いたけど。
「お疲れ様、司君」
「……七海さん」
「さんはいらないよ?」
それはもうちょっと待ってもらって。
「それで、堂林さんから私と一緒に配信して、そこで祝福の投げ銭稼ごうって話してたって聞いたんだけど」
「いや、別に絶対にやろうとは思ってなかったよ。これに関しては俺だけの話じゃないし」
「私はいいよ?」
いいのかよ。いや、そう言えばこの人、真っ先に俺と付き合い始めたことをSNSにあげてた人だったわ。そりゃああんまり気にしないわな。
「ふふーん、SNSだけじゃ伝わらないことも多いと思うから、ちょっと視聴者からの質問を受け付ける雑談配信しようか!」
「そうだなぁ……」
どっちにしろ、今日はダンジョン協会に推薦状を出したら、時間的にダンジョンに潜りたくなくなるし、今日はそれぐらいにお茶を濁しておくのがいいかもしれないな。
そんなことを1人で考えていたら、七海さんはおもむろに携帯を取り出して高速でなにかを打ち込んでいる。なんか……嫌な予感がするんですけど。
「じゃ、もう告知出したから」
「行動力の塊か?」
どうなってんだよ。
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