第161話
「はー、苦しかったり楽しかったり色々と大変なダンジョンだったね」
「……そうっすね」
なんかスッキリした感じの顔をして楽しそうに砂漠を走り回っている朝川さんから、俺は目を背けた。既に1階層まで帰ってきたんだが……朝川さんの覚醒に心がまだ追い付いていない。だって数時間前にこの場所を通った時は、ちょっと強いAランクの探索者だったはずなのに、返ってきた時は既にEXですよ? いや、まだ認定された訳じゃないけど……流石に俺が推薦しておく。多分、協会からはお前の贔屓目なんじゃねってツッコミがやってくるだろうけど……今の朝川さんの異常さは見ればわかる。
「ごめんね。最後にちょっとはっちゃけ過ぎて、最下層のボスモンスター素材……なんにも残らなくて」
うん、まぁ……そこに関しては大いに反省して欲しい所ではある。最下層のモンスターなんてどれだけの頻度で倒すと思ってんだなんて思ったけど、まぁ消えてしまったものを今更嘆いても仕方ない。時間が戻せなかった俺たちが悪いんだと諦めろ。
ダンジョンから出て、道中で回収した魔石を全て受付に渡す。今回はかなり量が多いので、後日に金額の確認と振り込みをしてもらうことだけ了承して、さっさと東京に帰ろう。色々とあったからダンジョン攻略を単純にするより疲れたのだ。
「わー、綺麗!」
さっさと帰ろうと思っていたら、朝川さんがなにかを言っているので振り返ったら、海の向こうへと夕陽が沈んでいくところだった。朝川さんはその光景を見て、凄く嬉しそうに呟きながら俺の袖引っ張る。
「ね、まだ知り合って1年ぐらいだけど……私を弟子にしてよかった?」
「……まぁ、悪くはなかったです。ダンジョン配信を始めたのも、企業なんて立ち上げて社長やってるのも、朝川さんのお陰ですし」
「そっか」
朝川さんは半分ぐらい冗談だと思っているのか、楽しそうにコロコロ笑っているが、マジで朝川さんのお陰で俺はダンジョン探索者として色々とできることが増えたと言ってもいい。それまでは、惰性で金を稼ぎながらただダンジョンを探索するだけの日々だったのに、今では多くの人に囲まれて楽しくダンジョン探索できているんだから。
大袈裟な話ではなく……朝川さんは俺の人生を、変えた人だ。
「……朝川さん」
「んー?」
夕陽を眺めながら間延びしたような返事をする朝川さんの顔を見て、一つ息を吐いた。ここで……決着をつけよう。
「冗談抜きで、朝川さんは俺の人生を変えてくれた人です。だから……そんな人のことを真剣に考えたい」
「……え、ちょっと待って、これそういう話?」
「今まで気が付きながらわざと無視していて申し訳ありませんでした。ですが、今となってはもう関係のない話です」
朝川さんも俺がなにを言おうとしているのかわかったのか、急に慌てた感じで髪を触ったり視線があっちにいったりこっちにいったりしながら、夕陽とは関係なくその頬が染まっている。
「朝川さん、正式に俺とお付き合いしませんか?」
「こ、恋人ってことだよね?」
「そうです。俺の人生初の友達で、人生初の恋人です」
「じ、人生初の恋人なのは私も一緒だよ!」
そ、そうなのか……朝川さんははっきり言ってダンジョン探索者って言われるより、めっちゃ売れてるモデルって言われた方が納得できるぐらいには美形だ。だから彼氏の1人ぐらいいるもんだと思ってたけど……俺と同じなのか。
「こ、告白嬉しいよ! すっごく嬉しい! 私も司君のことが大好きだよ!」
「はい、ありがとう……ございます」
「あは、付き合うなら丁寧語もやめないとね!」
そう、かな……そうだよな。別に俺のこの言葉遣いは無意識的なものじゃなくて、意識して作っているものだから……これからは朝川さんと話す時は丁寧語を外そう。そうしよう……ちょっと勇気がいるけど。
「な、七海……さん」
「うん」
「……」
「あはは! こんなに緊張してる司君見るの初めてかも」
ぐっ……友達もいたことない陰キャなんだから仕方ないだろ。いきなり恋人ができたって、陰キャは自分の習性をがらっと変えることなんてできないんだよ。
「でも、そっかぁ……ずっと気が付いてたんだ」
「それは、まぁ……陰キャは人の顔色を伺うのが上手いので」
「まずはその陰キャはっていうの辞めようね」
「はい」
陰キャ卒業宣言が人生初の恋人から出されました。でも、陰キャはどう頑張っても偽陽キャにしかなれないのよ……悲しいけどね。
「いつからさぁ、私が司君のこと好きだって気が付いてた?」
「え、大分前、だけど……」
「具体的に」
「名前呼びになった時に「この人、俺のこと好きなんじゃね?」っていう特有のセンサーが」
「そのセンサー、多分的中率1%もないよ」
せやな。
陰キャが絶対に一度は通ったことのある過去だからね。こんなボッチで陰キャの俺にも話しかけてくれるとか、この人は俺のことが好きなんじゃないか、ってあれね。
「でも合ってまーす。司君は多分探索者としての自分に自信はあっても、日常生活の如月司君としては自信がないんだろうなって思って、まずは名前呼びにするぐらいから距離を詰めてこうって思ってたんだー」
「……肉食獣かな?」
「うんうん、司君が普段からどんな思考してたのかなんとなくわかったよ」
まぁ……別にいいけど。
今更取り繕うような関係でもないでしょう。
「同棲したいな」
「展開が速すぎる。ファスト映画並みに速いよ」
「……なんか司君、独特なツッコミで面白いね」
陽キャに言われると傷つくけど、恋人に言われても別に傷つかない言葉ランキング暫定1位が「面白いね」になりました。
ちょっと告白が上手くいったせいか知らないけど、頭の中でいつも喚ていた言葉の一部が口からするするっと出てくるようになってしまった。
「それはそれとして、同棲とか未成年には早いと思います」
「でも成人は18歳でしょ? 私も司君も18歳超えてるよね? それに、私も司君も立派な社会人だよ?」
「圧が凄い」
急にぐいぐい来るじゃん。恋人になる前はもっと清楚系を演じるだけの余裕があったじゃん。なんで恋人になった瞬間に全てを脱ぎ捨てて肉食系になってるの? いや、俺も思考が漏れ出るんだから朝川さんの思考が漏れ出てもおかしくはないけど。
「司君と結婚したら子供は何人で、どこに住んでとか考えてたよ?」
「怖い怖い怖い」
「でも好きでしょ?」
「……好き、です」
負けた。
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