第146話

「筋がいいね……流石は如月君が面接しただけはある」

「こんな状態で言われても、なんか嫌味かと思うんですけど」

「いやいや、本心だよ。防御力だけなら今すぐだって深層に行けると思うよ」


 防御力だけならね。

 EXリーマンこと相沢さんによって地面に転がされ、大の字になって息を切らせている堂林さんは、自分の傍に転がっている槍を手に取って立ち上がった。

 以前から戦闘スタイルが似ていると思っていた堂林さんと相沢さんだが、やはり攻めに転じた時の攻撃力が別物だ。見ていて改めて思うが、堂林さんでは相沢さんにかすり傷一つすら与えることができないだろう。


 何故、相沢さんと堂林さんが戦っているかと言うと……実は堂林さんから相沢さんを紹介して欲しいと言われたからだ。富山ダンジョンで痛感した自分の無力さをなんとかしようと、あれから1ヶ月間努力してきてもなんとなく伸び悩んでいたらしく、その打開方法を動画サイトで調べていたら……俺と相沢さんのアーカイブを見つけたらしい。

 相沢さん側も、探索者組合の長として下層に潜ることができる探索者の教導は仕事の1つであるとして快く受けてくれた。その結果が……こうして堂林さんがひたすら地面を転がされている状態だけど。


「盾に槍を持って戦うって言うのは実にシンプルで、協会も推奨している戦い方ではあるけど……君はちょっと踏み込みが足りないかな。やっぱり恐れているんだと思うけど」

「ビビりなんです!」


 盾で防御して槍で突くっていうのは、確かに協会が初心者に対してオススメしているダンジョン攻略法だな。生存を重視して、時間をかけていいからモンスターをキッチリ倒す。まぁ、ダンジョンで生き残るだけならそれでいいんだが、下層まで来てそんなチクチクで全部が倒せるかと言うと……そうでもない。それこそ、富山ダンジョンのライオンなんて、堂林さんがひたすらチクチクしたってなんの効果もないだろう。

 相沢さんの盾は堂林さんと違って大盾ではない。特殊な素材で作られているのは同じだが、相沢さんはあくまで剣と盾による攻防一体であって、それに隠れて鉄壁の防御って感じではない。故に、堂林さんの槍による連続攻撃も、的確に弾きながら一歩も下がらない。


「ほい」

「いてっ!?」


 2人は盾だけ普段のものを使い、武器を木製のものにしている。魔力を全力で武器に流してしまえば木刀でも平然と鉄を切り裂けるので、相沢さんは全く魔力を流さずに戦っているのだが……実力差は圧倒的だ。

 連続攻撃の合間に挟み込まれた剣の一撃を、堂林さんがギリギリ盾で受け止めたが、動きが止まった瞬間には相沢さんは既に後ろに回り込んでいた。軽く木刀で頭を叩かれた堂林さんは、信じられないものを見るような目で背後に立っていた相沢さんを見つめていた。


「機動力もない、攻撃力も不足ってなると……下層は行けても深層はキツイかもね」

「機動力……いや、ありすぎでしょ」


 こうやってじっくりと相沢さんの動きを見ていると思うのだが……やはり彼の動きは基礎基本の延長線上にある。当然、EXのランクを与えられているのだからそれだけではないが……動きの基礎は普通の探索者だ。

 攻撃を盾で弾き、相手を攻撃する。防御が強い敵には速度で翻弄し、攻撃が強い敵には防御して好機を伺う。なにも派手なことはしていない。しかし、その完成度があまりにも高すぎるので……同じことをしているはずの堂林さんでは全く歯が立たない。


「堂林くん……1回、全てを捨ててみない?」

「はい?」



 全てを捨ててみないか、と相沢さんに言われた堂林さんは藁にもすがる思いで頷いたのだと思う。


「んー、甘いね」

「ぐぇっ!?」


 2人は、剣と槍でそのままぶつかっていた。しかし、その戦いはさっきよりも更に一方的になっていた。盾を捨てるとまともに戦うこともできない堂林さんと、盾を捨てようとも圧倒的な戦闘力を持つ相沢さんでは……まぁ、分かり切っていたことだ。


「盾がなくなった瞬間にこんなんじゃ、流石に探索者としてもキツイよ」

「っ! まだまだ!」

「ガッツだけじゃ、ね」


 槍の動きは遅く、相沢さんは武器を構えることなくひたすらに最小限の動きだけで全てを避ける。それに焦りを感じる堂林さんは、更に単調な攻撃を繰り返す。


「はい」

「なっ!?」

「流石に、もうちょっと鍛えようか」


 最終的に、槍を素手て掴まれてそのまま武器ごと投げ飛ばされる。

 盾を持たないだけでここまで戦闘力が落ちるということは……今まで堂林さんがどれだけ盾に頼った戦い方をしてきたかがわかる。


「へぶっ!?」


 魔力を循環させる修行の時に、宮本さんに投げられまくった過去があるからなのか、無駄に洗練されて綺麗な受け身によってすぐさま戦闘態勢に復帰した堂林さんの突きを、相沢さんは冷静に剣でいなした。同時に、バランスを崩した堂林さんの足を蹴って転ばせていた。

 うーん……相沢さんって、やっぱり探索者の教導を普段からやっているだけあって対人戦が滅茶苦茶強そうだよな。俺は普段からモンスターとばかりやりあってるから、対人って感覚がイマイチわからなかったりするんだけど、相沢さんはそこら辺も器用にやっている。


 その後も堂林さんは諦めることなく何度も相沢さんに立ち向かっていた。頭を使い、常に違う動きをするようにしながら試行錯誤して相沢さんに向かって行っては……全部一手で返されて転がされている。

 動きやすいという理由で着ていた堂林さんのジャージは既に砂にまみれていたが……それでも諦めることなく挑んでいる。その目からは少しでも上を目指そうとする決意が垣間見える。


「いいね、根性があるってのは探索者として何よりの才能だよ」


 褒めながら肘を顎にクリーンヒットさせて堂林さんをダウンさせている。えげつない攻撃だし、多分普通の人間にやったら脳震盪待ったなしだと思うけど、咄嗟に魔力を循環させていた堂林さんは片膝を付く程度で済んでいる。それでも、しばらくは平衡感覚がまともに機能しないかもしれないけど。


「うん、見てるだけじゃ暇だろうから、如月君もやろうか!」

「…………じゃあ、俺が槍使いますね」


 なんでだよと思ったけど、多分相沢さんがやりたいだけだな。

 元々、これは堂林さんの為に行われていた戦闘訓練なんだから、少しでも堂林さんの参考になるように俺は槍を使って戦おう。一応だけど、剣以外の使い方も色々と覚えたからな……独学だけど。婆ちゃんはそんな細かいこと教えてくれなかったし。

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