第144話
「こんなもんでどうですか?」
「……これ、一本の動画で全部使うんですか?」
「え? 違うんですか?」
「いや、普通に21階層から30階層、31階層から40階層で別々の動画が作れますよ」
「へー……」
そうなのか。俺としては21階層からの森林地帯と、31階層からの洞窟地帯にそこまで多くの情報なんてないと思ってた。下層と深層は流石に動画分けた方がいいかなーとか思ってもいたけど、中層ですら分けるのか。
「そもそもこの……不気味なほど細かい情報が書き込まれている地図はなんですか」
「これは俺が数日間中層を歩き回った感想と、みんなから貰った情報の全部」
実は限定配信をしている間に、複数人の視聴者が手伝いを申し出てくれたのだ。渋谷ダンジョンの中層ぐらいだったら普通に手伝えるからって話だったんだけど、人手が多いと言うのは俺の予想以上に作業効率が上がる行為だったらしい。俺が気が付けないような細かな変化なんかも色々と集めてくれて、渋谷ダンジョンの紹介としては満足できるレベルだろうと思ったんだけど……逆に多すぎたらしい。
「まぁ、ダンジョンの解説動画なんて細かければ細かいほどいいですから。活用しますけど」
「ありがとうございます。深層の情報はもう少し待っていてくださいね」
流石に深層の情報集めなんて俺が単独でしかできないし、深層ってだけで滅茶苦茶階層の広さも、モンスターの特徴も変わってくるので厳しいのだ。そういう意味では、中層を2つぐらいにわけて紹介してくれると俺も深層でぶらぶらする時間ができて嬉しい。
「それより、以前から社長が言っていたバーチャル配信者はいいのですか?」
「あー……自社でバーチャル配信者をデビューさせたいって話ですよね。色々と頑張ってるんですけど……中々って感じですね」
そもそも今回の配信を使わずにダンジョンを紹介するって言うやり方も、バーチャル配信者が自社で雇えた時のことを考えてである。バーチャル配信者は基本的に生配信が主戦場となるが、はっきり言ってうちのメイン視聴者層はバーチャル配信者よりもダンジョン配信の方を楽しみにしている。なので、俺は多方面で戦えるようなバーチャル配信者が欲しいな、と思っている。その一つの案として、俺が動画投稿をしているのだ。
自社でバーチャル配信者を雇えたとしても、社長である俺が矢面に立って配信者として活動している以上、絶対にアイドル売りはできない。もし、俺以外に男性配信者がいない状態で、今後一切男性配信者は雇いませんって言うならできたかもしれないけど……既に男性配信者は俺を含めて3人で、もう一度ダンジョン配信者を募集した場合に、男だからと性別を理由に弾くことは俺にはできないだろう。そんな理由だけで才能の塊を逃がす訳がない。
「でも、バーチャル配信者には手を出さずにダンジョン配信一本でっていうのもつまらないし」
「面白い面白くないで会社経営してるんですか?」
赤字になっても個人資産突っ込めばいいし、そこまで気にしてないよ。
でも、俺の言うつまらないってのは視聴者としてこの企業を見た時の話だ。世の中にはダンジョンは500程度しかないとされている。日本だけで限定すると大体40個程度……はっきり言って先細りが決定的なコンテンツだ。そりゃあ……誰にもダンジョンが攻略されないってなったら一生遊べるかもしれないけど、そんなことはあり得ないんだ。必ずいつか、誰かがダンジョンを攻略する……そうなった時に、ダンジョン配信一本では食っていけなくなる。
「いや、ダンジョン攻略しまくってるのは社長じゃないですか」
うるせぇやい。
俺が集めた資料を元に、何人かのスタッフで色々と動画を作成してもらっている。その間に俺は渋谷ダンジョンの深層まで来ていた。61階層に足を踏み入れると……そこには珍しく人の足跡が残されていた。大体深層なんて人と出会うこともないような場所だから……人が歩いた痕跡を発見するとちょっとテンション上がる。ダンジョン内に残った足跡なんて、1時間もすれば消えてしまうから、1時間以内にここを誰かが通ったと言うことになる。
「きゃぁぁぁぁぁ!? 無理無理!」
「……何してるんですかアサガオさん」
ちょっと深層にやってきただけで、すぐに帰ろうと思っていたから配信はしていないんだが……俺の方へと走ってきた朝川さんはがっつり配信しながら深層に来ているらしい。
「司君!?」
「はぁ……」
朝川さんの背後から迫ってくる巨大なワームに向かって風魔法を放つ。威力はワームを切断できる最低限で、避けられないように薄く延ばして視認し辛くする。
「……凄い、ね」
「これくらい、アサガオさんでもできるでしょう」
:本当に?
:如月君凄いね
:やっぱり如月君はアサガオちゃんを助ける王子様なのね
:こんな王子様嫌だ
ちらっと朝川さんのコメント欄を覗くと、色々と言われていた。
「ところで、なにしてるんですか? ワームぐらいならアサガオさんでも倒せるのでは?」
「え、いやぁ……なんか、気持ち悪いし、数が多いしで……ちょっとね」
:これでも10匹ぐらいは倒した後なんやで
:流石に無限に湧いてくるのを見ると、ね
:もうちょっと同情してやって
:アサガオちゃん最強アサガオちゃん最強
:アサガオ「さん」だ
10匹ぐらいは倒したって……ここのワームがどれくらいの数出てくるのかなんて俺も把握していないから知らないんだけど、そういう情報は是非とも動画のネタにしたいな。実は、61階層なんて鮫とワームぐらいしか俺は出てくるモンスターを知らない。他にも小さなモンスターとかいるのかな……普段から麒麟に乗ってすっ飛ばしているような階層だからな。
「あ、司君……もしかして例の?」
「動画の素材です」
「やっぱり」
:限定配信の続きか
:今日は配信してないやん
:如月君限定配信なんかしてたのか、ちょっと登録してくる
:金を払わせてくれるようになった如月君は最高やで
:なお、投げ銭機能は未実装な模様
:【¥1,000】アサガオちゃんからも言ってやってよ
「な、投げ銭機能つけろって言われてるよ?」
「……次からつけます」
:前も聞いた
:こいついつも言ってんな
そんなに投げたい? 俺に投げたっていいことないと思うけどな……限定配信だけでよくない?
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