第139話

 獅子を討伐した直後、宮本さんが苦しそうにその場で蹲った。まぁ、足が抉れている状態であんな速度を出せばそうもなるだろうな。俺だってあんな無茶なことはしないぞ。


「き、傷を治さないと」

「汗凄いよ!」


:明らかに脂汗でしょ

:意識も朦朧としてない?

:出血しすぎたか!?

:ちょっとマジでやばいじゃん、如月君?

:お前のせいだぞ如月君


 このまま放置してると俺に大量のアンチができるのでさっさとなんとかするか。


「あ、社長! 高いポーションとか持ってないの!?」

「この傷はマジでヤバイ感じだって!」

「はいはい、落ち着いてください。そもそもポーションなんて傷口をちょっと塞ぐぐらいであんまり大した効果ないですから、こんな大怪我は時間をかけてゆっくり治さないと駄目ですよ」

「えぇ!?」


:は?

:じゃあカナコンちゃんは全治どれくらいだ?

:しばらくはカナコンちゃん配信できないの?

:マジで如月君、よくないよ

:はい労災


 ま、それは普通の探索者だったらの場合だ。


「『六合りくごう』」


 召喚されたのは小さな緑の妖精……十二天将である六合は樹木の精霊だ。大きさは俺の掌よりも小さく、淡く光りながら空を飛んで俺の肩に着地した。


「頼む」


 六合に魔力を流してその力を解放させる。六合の持つ能力は……癒しの力。魔力を使ってまるで時間が巻き戻るかのように傷を修復する力で、傷口の近くに降り立った六合が息を吹きかけると……抉れていた足が光に包まれ、数秒もすると元通りに治っている。


「はい、終わりです」

「……え? 本当に治ったの?」

「違和感はないですか?」

「ない、です」


:は?

:おいおいおいおい

:なにしれっと変なことしてんの?

:やばいって

:それは流石に……人間超えたな!

:前から定期

:えぇ……お前傷も治せるのかよ

:毎回聞いてるけど、お前なにができないの?

:回復魔法を使える奴全員を敵に回したな


 世の中の回復魔法なんてのは、所詮自己修復能力をほんのり強化するだけのものなんだから、こんな抉れた足なんて治せないだろ。かといって六合の回復だって万能って訳じゃないから死者を蘇らせたり、欠損してしまった腕や足を生やすことは不可能だ。普通にくっつけるのはできるけどな。


「さ、まだまだ下層はここからですよ」

「……もう既に下に行きたくなくなっているんだけど」

「大丈夫です。死ななきゃ治せますから」


:鬼畜って言っていいのか、これ

:もはや鬼畜に謝った方がいいレベル

:完全にカナコンちゃん死にかけだっただろ

:死ななくても、今後探索者ができなくなってもおかしくないレベルではあったか?

:流石にそこまではいかないだろ、半年以上は歩けなかったかもしれないけど


 いい読みだな。全治1年ちょっとの怪我だろうなと俺も思った。



 なんだかんだと言いながらも、獅子を倒してから4人の攻略速度は一気に加速した。特に宮本さんは極限状態でなにかを掴んだのか、明らかに獅子と戦っていた時とはなにかが違う。なんというか……魔力の質が変わった。


「もしかしたら、明確に本人の中で死のイメージが固まったのかもしれませんね。自らの内にあるイメージを増大させる……これ以上に探索者が己を鍛え上げるのに効果的な方法はありません」


 宮本さんは魔法が使えないから魔力の質が変わって、動きがよくなる程度で済んでいるが……朝川さんのように魔法を主体として戦う人間にとってそのイメージが増大すると言うのは大きなメリットだ。実際、本人は口にしないが初めて下層に行った時、その後にフロストワイバーンと死闘を繰り広げた時。この2回の経験が朝川さんを強くしている。


:つまり死にかけると強くなるのか

:死に際に掴んだ魔力の核心?

:いや、どっちかって言うと戦闘民族でしょ

:死に際から帰って来ると大幅に強くなるとか戦闘民族じゃん

:怖いなぁ……探索者って戦闘民族だったのか

:俺も死にかけたら強くなれる?

:そのまま死ぬぞ


 まぁ、荒療治とも言えない無茶苦茶な方法である、とだけ言っておこう。そんなものは修行ですらないと俺は思っている。獅子との攻防は、たまたま宮本さんに死のイメージを沸かせるのに充分なものだっただけで、俺は最初から負けるなんて思ってもなかった。ただ……どこか慢心のようなものがあったのだろうとは思う。

 言ってしまえば、あの4人は挫折らしい挫折も経験せずに下層まで来ている訳だから……どうしても慢心が浮かんでしまうんだろう。しかも、後ろには俺と朝川さんがいて、死にかけたら助けてくれるって考えもある。そりゃあ……弱くもなる。

 しかし、結局あの獅子との戦いの最中にその慢心は叩き折られることになった。あらゆる攻撃が効かず、かといってまともに行動を見切れる訳でもなく、挙句の果てにピンチになっても俺は傍観したまま。自らのが強くなるしかないと思うには、充分だっただろう。


「挫折を経験するってのは大事なことだと思います。世の中いいことばかりじゃないですから」


:如月君は?

:EからEXになった人に言われてもねぇ……

:如月君は挫折経験したこと無さそうだよね

:天才は打たれ弱いって奴な


「俺ですか? 俺は……人生経験で言うなら挫折しかしたことないですけど」


 友達出来たことないし、他人に名前を憶えられたのも高校が初めてだし。


:それ俺たちと同じじゃん

:やかましいわ

:そういう話じゃねーよ

:それは俺らも同じだから関係ないだろ

:だとすると俺は人生で挫折しか味わっていない?

:探索者としてだよ


 あぁ……探索者としての挫折ね。


「式神術覚えて無双してたから挫折を味わったことないって話ですよね? まぁ……ダンジョンのモンスター相手、挫折とか死の恐怖とか味わった記憶はないですね」


 婆ちゃんに目を付けられてからはボコボコにされまくってたけどな。式神術使っても速度で圧倒されたし、あの人は手加減が下手くそだから何回死ぬと思ったか。一番やばかったのはあれだな……開幕の蹴り一発で肋骨を数本折られて、それが内蔵に刺さった時。あの時は……普通に走馬灯が見えたね。今でこそ婆ちゃんの最高速だって目で追えるぐらいの実力を身に着けたけど、当時は消えたと思ったら俺が吹っ飛んで、それを理解してから身体に激痛がやってくるからな。


「まぁ、モンスター相手じゃなくても、交通事故で死にかけたりしたら強くなるんじゃないですかね?」


:そんな適当でいいのか

:草

:死にかければなんでもいいのかよ

:それは挫折って言わないような

:なんの話だっけ?

:如月君がやっぱり最強だって話

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