第109話

 地上に戻ってきたら大騒ぎになってた。まぁ、誰も踏み込んだことがないダンジョンに1人で入っていき、最下層まで攻略しちゃったからな……仕方ないと言えば仕方ない。でも、ダンジョンを1つ攻略してもネットとか関係者が一部大騒ぎになっているだけで、世間的にはそこまで関心を向けられていないのが悲しい。

 現代の生活に魔石……つまり、ダンジョンが必要不可欠なものだと思うんだけど、一般人にとってダンジョンなんてのものは遠い世界の話だからあんまりって感じなのかな。それってなんだか凄い傲慢なことに聞こえてくるけど、誰もインフラ整備の仕事してる人のことなんて気にせずに電気使ってるのと同じだよな。

 ダンジョンから戻ってきた俺を見て、名古屋ダンジョンの入口にいた探索者協会の人たちは大慌てでお仕事してた。普段から人がやってこないダンジョンの職員って、激務に成れてないんだろうなーと、渋谷ダンジョンの人たちと比較してのほほんと考えてたんだけど、この間渋谷ダンジョンの深層まで行った時も大慌てになってからそんなに変わらないな。


「それで、名古屋ダンジョンをパパっと攻略してしまった如月君はこれからどうするのかな?」

「いや、別にどうも……しないですけど」


 攻略を終えて東京に戻ってきた俺を待っていたのは、エナジードリンクを片手に苦笑いをしている社畜……相沢さんだった。どうやら組合として名古屋ダンジョンのことを色々と聞かなければならないらしく、やってきたらしいけど……話すことなんてダンジョン内でやった電話だけで終わってるんだけども。


「別に私だって君に色々と聞きたいと思ってきた訳じゃないよ。名目上はそういう理由だけど、本当にただ先達として高校を卒業したらどうするのかなと……起業してやっていくってのは聞いたけど」

「起業しても変わりませんよ。EXの探索者として、それからダンジョン配信者としてやっていくだけです……貴方みたいに後輩指導するのも、いいかもしれないですけど」

「そう? まぁ、君のお弟子さん2人は結構順調みたいだしね」


 うむ……俺がこうやってダンジョンを好き勝手に攻略して遊んでいる間にも、朝川さんと宮本さんは探索者として滅茶苦茶に成長している。と言っても、俺からすると2人とも自らの才能を扱う方法を知らなかっただけで、元から天才ではあったと思うけど。

 相沢さんは基本的に上位層の引き上げ、婆ちゃんは初心者向け(?)の教育と、後進の育成に力を入れている。日本の探索者が少ないってことを考えると2人はかなり未来を気にしていると思う。神代さんは放っておいて、俺もEXとしてそういうことを考えるのは大事だと思う。


「若いんだから自由にやっていいと思うよ?」

「……相沢さん、まだ32ですよね?」

「32は結構おっさんだよ? 特に、若い人が多いダンジョン探索者の界隈としてはね」


 その界隈の頂点が60超えなんですが。

 それにしても自由に、か……今ですらかなり自由にやってると思うから、これ以上自由にやったらそれこそ相沢さんの隈が酷いことになると思うんだけども。



 相沢さんと別れて、帰宅中の電車で扉に背中を預けて揺られながらスマホを弄っていたら、人の間を流されるようにして俺の目の前に女性が押し流されてきた。


「うへぇ……都会の電車は辛い……」

「……宮本さん?」

「へ?」


 なんとなく暗い雰囲気を醸し出していて大丈夫かなと思ってたら、見たことのある顔だったので少し驚いてしまった。宮本さんは名前を呼ばれてびっくりしたような顔をしながら、こちらだ誰かを確認していた。そう言えば、帽子被ってるし眼鏡してるからこっちが誰かわからないかも。


「き、如月……さん?」

「どうも、直接顔を合わせるのは久しぶりですね」

「そ、そうですね……前職の人に見つかったのかと思いました」


 あー……ブラック企業に勤めてたんだっけ? 夜の時間に電車に乗ってる人で、いきなり声かけられたら普通に前職の人かと思うよな。


「そ、それより……如月さんは、名古屋にいたんじゃ?」

「リニアで普通に帰ってきました。最下層まで攻略しただけなんで」

「こ、攻略しただけ……なんか、規模が違うと言うか……」


 そうかな? そうかも……普通の探索者の規模とかよくわからないけど。


「宮本さんは?」

「私は、この前、相談させてもらった武器のことで色々と」

「そうですか」


 あれからちょっと時間あったけどまだ武器には迷ってる感じかな。自分の命を預けるもの、特に宮本さんは武器に依存するような戦い方をしている人だから慎重にもなるだろうな。俺みたいに武器は適当で済むような探索者とは違う訳だ。


「配信者としても頑張ってるみたいで、少し安心しましたよ。一応、師匠みたいなものですから」

「し、師匠……そうですね。私にとっても、貴方は恩人ですから」

「お、恩人……」


 ちょっと行き過ぎじゃないか?

 まぁ、宮本さん本人の感覚では行き詰っていたところを解決してくれたのが俺って認識なんだろうけども……そもそも宮本さんがダンジョン探索者として行き詰っていたのは、基礎的な部分に関する国からのフォローがしっかりとしていなかったからであって、俺はそこを補っただけだからな。


「今度、またコラボしませんか? 私がどれだけ成長したのか、一度貴方の目でしっかりと見て欲しいんです」

「い、いですよ」


 こうやって女性とばかりコラボしてるから出会い厨とか勘違いされるのではないかと思いながらも、こうやってキラキラとした目で言われるとなんとも断り辛いのが厳しいところ。今度、男性のダンジョン配信者なんかとコラボしたいな……こっちから誘わないと無理かな。

 まぁ、世間の言うことなんて全部無視してしまえばいいのかもしれないけど、意見は意見として受け止めるのも大事だと思う。それを元に行動を改めるのか、完全に無視するのかはこちらの裁量によるけど。


 宮本さんと色々と電車のなかで喋りながらも、その日はそのまま自宅へと帰った。流石に水の中を探索したってだけでかなり疲れたのだ。十二天将クラスの式神を同時に4体も出したことも、疲れた要因になっている気もするけど。

 明日からまた色々とやることがあるだろうけど……このままダラダラとダンジョン配信者続けながら、起業の準備もしていこう。

 スカウトしたい配信者も、1人増えたことだし。

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