第103話

「は?」


:は?

:??

:あ?

:??????

:なにこれ

:意味わからん


 名古屋ダンジョンの59階層から60階層への階段を降りていたら、途中で水が消えた。全く意味がわからなくて後ろを振り向いたら、まるで世界が反転したかのように重力に逆らって水面が頭上で揺らめていた。

 流石に多くのダンジョンに潜ってきた中でも、全く経験したことが無い未知の現象を見て思考が止まってしまった。コメント欄でも疑問符がひたすらに流れているし、全員が同時に思考を停止させていたと思う。


「…………どうなってんですか、これ」


:マジでわからん

:如月君がここまで困惑してるの始めて見る

:流石に水が浮いてたらね……

:重力とかないの?


「重力はありますけど……天后」

『……水圧もありませんし、空気も存在します。本当に、海中を抜けたと考えていいでしょう』

「いや、そういうことじゃなくて」


 このまま階段に留まっていても何もわからなさそうだから、取り敢えず進もうか……水中を抜けても周囲は暗いままなのが嫌だな。

 なにが起こるか分からないから、最大限の警戒をしながら階段を降りていくと、60階層の入口と思わしき場所に扉が存在していた。ダンジョンに扉があるのなんて見たこともないので、困惑してしまうが……進まないとなにもわからないので取り敢えず開けよう。


「……眩しい」


:なんで?

:南国かな?

:ここが60階層ですか

:水は?

:ちゃんと見ろ、あるだろ


 扉を開けると、照り付ける太陽がそこにはあった。光のない深海の世界から急に太陽に下に移動したせいで、まともに目が開けられない。目が慣れるまで数分ぐらいかかるかもしれない。

 目を閉じて光に慣れさせようとしていると、さざ波の音が遠くから聞こえてきた。ゆっくりと上を向きながら目を開くと、光り輝く太陽と……空に浮かぶ反対向きの海があった。


「なんなんですか、この意味不明なダンジョンは?」


:知らん

:上に海があって草

:どういうことなの……

:情報が一切処理できない

:マジで笑うしかない

:理解できないから視聴者は考えることをやめた

:考察勢に任せるわ

:この配信考察勢いるの?


 何回瞬きしても、頭上に広がる海は消えない。蜃気楼のようにぼんやりと頭上に浮かび上がってるとかではなく、そこにしっかりとした形で広がっているのに、水滴の一粒も落ちてくる様子が無い。さざ波もどうやら頭上から聞こえてきているから、どこかに砂浜でもあるのかもしれない……頭上にな!

そもそも頭上に海があるのに、なんで太陽も頭上に存在するんだよ。海の向こう側にあるはずの太陽の光が完全にこっちまで貫通してきてるし……いや、ダンジョンだからちゃんとした太陽ではないんだろうけど。


「で、このなにもない空間をただ歩けと?」


:いや、どう見ても海底から水が消えただけでしょ

:しなしなの海藻で草

:なんで海底は足下にあって、海自体は頭上にあるんですかね

:謎が多すぎるダンジョンきたな

:名古屋ダンジョンってとんでもなくやばいダンジョンだったんだな……想像以上だったわ

:ほら誰も見たことのない未開拓のダンジョンだぞ、笑えよ視聴者


 確かにこんなダンジョン誰も見たことが無いだろうな! 今まで発見されてきたダンジョンだって、とんでもないものは幾つかあったけど、ここまでぶっ飛んだ異世界みたいなダンジョンは初めてだよ!


「でも、ダンジョンって本来ならこういう意味の分からなさが売りだと思うんですよね……あ、ゲームの話です」


:そうか?

:ローグライクとかやってるとそこまで気にならなくない?

:たまにぶっ飛んだダンジョンのゲームはあるけどな

:最近はダンジョン潜っても普通に地下だったりするだろ

:こんなぶっ飛んだ景色が出てくるゲームあるか?

:逆にこの名古屋ダンジョンをモチーフにしたゲームとか作ってくれればいいのでは?

:この配信見てるゲーム開発者さんは是非お願いします


「そうですね。現実のダンジョンをもっと楽しそうに変えて作るゲームとか面白いかもしれないですね。現地取材ぐらいなら手伝えるのでメッセージ待ってます」


 ゲームや小説に必要なのは、最低限のリアリティのワクワクさせる何かだと思う。リアリティは追い求めすぎるとくどくなるから、そこそこでいいと思う……ゲームやってると余計にね。

 最近は魔法の理論までこだわってゲームにしようって会社が多いけど、理論にこだわった魔法なんて現実だけでいいのだ。隕石を落してくるとかぶっ飛んだ魔法ぐらいでいいと思うの。


「ん?」


 なんか上で水が巻き上げられるような音がしたから、なんだろうと思って見上げたら……頭上の海から多頭の怪物がこちらに向かって飛び掛かって来ていた。

 俺がそれに反応するよりも早く、沙悟浄と貴人が上に向かって飛び出していた。


:リヴァイアサンかな?

:日本人、海から出てきた巨大な蛇にすぐリヴァイアサンって名前つけるのやめろ

:ひたすらに海を探索するゲームもリヴァイアサンだっただろ

:あれは製作者日本人じゃないんだよなぁ

:環境には驚くのにモンスターには驚かない視聴者に思わず草


「天后、もうカメラはいいよ」

『では』


 天后が持っていてくれたカメラは、いつも通り俺の背後少し上に浮遊させて天后の両手を自由にさせる。こうすれば天后もあのよくわからない蛇を相手にできるだろう。

 こっちから確認できる蛇の頭は、全部で5つ。8つあったら八岐大蛇って名前つけてもよかったけど、5つじゃなぁ……9つあったらヒュドラだったな。

 沙悟浄と貴人がそれぞれ1つずつの頭を攻撃し、天后も1つの頭を水魔法で攻撃している。残り2つは俺が相手をするしかないか。


「水中からは出たから、ちゃんと魔法は使えるか……よし!」


:電気バチバチ

:雷魔法好きね


 仕方ない。雷をバチバチさせながら戦うのは男の子にとっては憧れだからね。やっぱり炎や風に比べたら、男の子は雷や氷を好きになると思う。少なくとも俺はそうやって育ってきたから。

 無差別に放電させて頭上に向けて雷を放てば、俺の方に向かって来ていた2つの首は雷に驚いて暴れ狂いながら俺から離れた地面に激突した。それぞれの式神が迎撃した首も、まとめてそこに叩きつけられる。


『……完全に降りてきましたね』


 頭上の海から飛び出してきた巨大な多頭蛇は、太い胴体から5つに途中から別れているようだ。完全にこちらを狙いながら落ちてきたことも考えて、もしかしてこいつはこの階層のボス、みたいなものなのかな?

 このダンジョンに関しては一切の情報が無いから、マジで手探りだ。


:ボスモンスター弱そうですね

:見た目は強そうだろ

:一瞬で吹き飛ばされたんだよなぁ

:開幕攻撃食らってるの強いのか?

:少なくとも如月君の方が強そうだぞ


 まぁ、様子見程度に戦えばいいか。

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