第87話

 9月である。

 札幌ダンジョンを攻略したのが8月31日なんだから当たり前だけど、既に9月である。9月も第二週となり、夏休みが終わって学校に通い始める時期。夏休みが終わって学校に登校しなければならないこの時期には、子供の自殺者が増えることで有名だが、気持ちはわからないでもない。俺も昔から夏休みの終わりは苦痛で仕方なかったからな……今となっては探索者とかの活動があるせいで、自分が学生かどうかも曖昧になってて、あんまり気にならないけど。

 昨今の日本は、9月になっても秋と呼べるような季節にはならず、ずっと暑いままだ。なんで秋なのに30度もあるんだよ……30度って真夏日だぞ? いつから9月は真夏になったんだよ。


「おはよう司君」

「……おはようございます」

「うわ、なんかテンション低いね……疲れてる?」

「別に、そういう訳ではないですけど」


 なんだかテンション高めの朝川さんに挨拶された。陽キャはやはり始業式でも楽しいものなのだろうか……俺は既に帰りたい気分になってくるぐらいには、始業式のためだけに学校に来る意味が分からんけど。それとも、朝川さんは学校に来ることで楽しめる何かがあるのかな? 俺にはさっぱり理解できないが。


「ななみ……おはよ……」

「お、おはよう……どうしたの朱里?」

「じゅ、受験勉強がね……」


 あー……だから死にそうな顔している人が結構いるのか。高校3年生なんだから、当然みんな受験の対策で塾とかに通いながら勉強しているんだろうし。この夏休みはその追い込み期間として頑張ってきたんだろうな。


「な、七海は?」

「私? 私は司君の会社に入社するつもりだよ」

「俺は起業ですね。信用できる人に相談して進めている最中です」


 主に相沢さんと信濃さんなんだけども。探索者としてはそこら辺の大人にも負けるつもりはないけど、社会人としての俺はまだまだ子供だから色々と相談しないと決めることも難しい。まぁ、少しずつでもいいから勉強していかないとね。


「高卒でそのまま就職かぁ……それもいいなぁ……でも、私はやりたいことがあるから、大学行きたいんだよねぇ」

「明確にやりたいこと、なりたいものがあるなら大学に行くのは全然いいと思いますよ」


 大学なんてものは、惰性で学生の延長で行く場所じゃないと思っている。最近は大卒、それも新卒じゃないとまともに就職できないところも多いけど、学費がどんどん上がっていくのを見ると、果たして奨学金を借りてまで行く意味があるのかと俺は思ってしまうな。まぁ、起業する俺が言うことじゃないけど。


「夏休み終わってすぐの学力試験もあるじゃん? そこで頑張って点を取らないとわ私、お小遣いが削減されちゃうの……だから必死なのさ」

「そっか……大変だね」

「え」


 学力試験、なにそれ?


「え? 司君?」

「どうしたの? 学力試験の自信ないとか?」

「…………」


 やばい……最近、学校で貰ったプリントとか全く目を通さずにそこら辺に放っておいたから、全然知らない。これは俺が完璧に悪いんだけど……なんとかならないかな……ならないな、諦めよう。


「うわ、なんか悟り開いたみたいな顔してるよ」

「……司君、学力試験忘れてたでしょ」


 ふっ……何故朝川さんにはすぐバレてしまうのか。



「うーん……最近、ちょっと伸び悩んでいるような気がする」

「……そうですか?」


 探索者としてやっていく自信を身につけ始めたと思っていたんだが、朝川さんはまたちょっと悩み中らしい。


「あ、私……アイスティーでいいや」

「普通にブラックコーヒーで」


 いつも通り、と言ってはなんだけど渋谷ダンジョン近場のカフェで飲み物を頼みながら喋っている。普通に家でよくないかなとも思ったんだが、朝川さんはこういう外のカフェの雰囲気が好きらしい。ここ、地下だけどって言ったら怒られそうだから黙っておく。


「前はさ……下層の入口で死にかけるような実力だったのに、すぐに下層で戦える実力になったでしょ? でも、そこからどんどん強くなれるかなって思ったら……深層はもっと遠くて、目標は遥か彼方だった」

「目標?」

「……その話はいいの。とにかく、ちょっと悩み中、なのかな?」


 目標……朝川さんが何を目指して力を求めているのか、その詳しい内容は知らないが、どうやら深層に潜ることを当面の目標にしているようだ。ただ、深層はそんな簡単に行けるほど甘い場所ではない。それは事実だ。


「……この間の配信見てたら、ちょっと自信なくなっちゃった」

「配信?」

「札幌ダンジョンの」

「あ、あー……」


 深層が遠く感じるって話はあれを見て言っていたのか。


「もし、自分を神代さんと比べているんでしたら、止めておいた方がいいです」

「……どうして?」

「あの人は、生まれながらの怪物だと思いますから……それに、朝川さんとはタイプが違いますよ」

「そう、かな」


 神代さんは、溢れるような自分の魔力を天性の感覚だけで自在に操り、強力無比な攻撃魔法を扱う圧倒的な天才タイプ。魔力操作の練習なんて一切やったことないと思うぞ、あの人は。


「でも、朝川さんには朝川さんの良さがあります。魔力を視認できるという特異体質は、朝川さんあって神代さんには存在しない強さですから」

「そう、かな……」

「魔力を視認できるからこその、魔力コントロールの精度は圧倒的だと思います。少なくとも、俺は朝川さんほど魔力の緻密な操作が上手な人は見たことが無いです」


 魔力の緻密な操作が可能と言うことは、それだけ魔法を放つ際の魔力の無駄を省くことができるということだ。無駄のなさはそのまま継戦火力の高さを意味する。深層というなにが起こるか分からない場所へと潜る前提で言えば、継戦火力とはそれだけで非常に大きな意味を持つ。


「励ましてくれてるの?」

「事実を言ってるんです。そして、今のはただの前提です……これからが本題です」


 そう、あくまで前提の話だ。朝川さんには俺が見たことのない才能があって、それがどんな風に開花していくのかは俺にはわからないけど、開花させれば彼女は多くの探索者を抜き去るだろう。


「貴女の才能は唯一無二のものです。貴女には貴女の強さがあります」

「つまり?」

「自分の強さを、もっと明確にイメージすることが大切です。深層は甘い場所ではありませんが、貴女なら絶対に適応できると思っています」


 これは俺の本心だ。絶対に、彼女ならそのうち深層に適応してくると思っている。それこそ……そのうち新たなEXになるんじゃないか、とも。

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