第61話
「……名古屋ダンジョン?」
なんか知らないけど、SNSのアカウントに「名古屋ダンジョンは行ったことあるんですか?」みたいなリプライが滅茶苦茶来たんだけど……多分、掲示板かなんかで話題になって俺の名前が上がったとかだろうな。
名古屋ダンジョンと言えば、10階層と11階層を繋ぐ階段の途中から水没しているダンジョンで、人間には攻略不可能とまで称されているダンジョン。あんなところを攻略しろとか、行ったことあるんですかとか簡単に言うな。
「『34階層までしか行ったことが無いです』っと」
さ、今日は朝川さんの買い物に付き合うって約束だからそろそろ家出るかな。相変わらず、渋谷駅近くの家には多くのマスコミが来ているみたいだから、しばらくはこの別宅からのダンジョン通いになるな。
それにしても、今度一緒に八王子ダンジョンまで行くコラボ配信の約束したのに、なんで買い物も一緒に行くんだろうか。朝川さんなんて友達が沢山いるんだから、こんなダンジョンに潜ってばかりの人間より、もっとオシャレに気を遣っている人と行けばいいのに。とは言え、女性と2人で出かけるのだから、最低限の身嗜みを整えて行こう。普段は面倒だからって理由で部屋着のままちょっとした買い物とか出たりするけど、流石にね。
「それでね、みんな受験勉強が忙しいって言ってて……全然予定合わないの」
「まぁ、高校3年生なんて受験真っ盛りのシーズンですからね」
「うん……なんとなーく、こうやって毎日好きなことしてるだけで罪悪感が」
「感じる必要はないと思いますよ。朝川さんだって自分の命かけて探索者やってる訳ですし」
最初は普通にぶらぶらと歩きながら喋っていたのだが、季節は真夏。そろそろお盆ということで、連日猛暑日になっている中ではまともに会話もできないから、普段通り渋谷ダンジョン前のカフェに来ていた。渋谷ダンジョン近くにはマスコミ関係者っぽい人がちょこちょこ見えたけど、人に紛れて歩いてたらバレなかった。
朝川さんはなんで俺を呼んで買い物するのかと思ったら、どうやら友達が受験勉強で忙しいらしい。普通に忘れてたけど、高校3年生なんだからこの夏休みは受験勉強シーズンの山場だよな。塾に通っている人は必死になって勉強しているだろうし、部活が終わってこれから勉強って人も多いだろう。
「それでね、今日は買い物もしたかったんだけど……色んなダンジョンの話も聞きたいなって」
「ダンジョンの話? 俺、深層の話しかできないですよ」
「それが貴重なの! 私は司君しか深層に行ける人の知り合いなんていないからさ」
「いる方が異常だと思います」
いや、俺が言ってもあんまり説得力無いかもしれないけど……そもそもSランクの探索者だってそこまで多くないんだから。
さて、ダンジョンの話を聞きたいと言われても……なにか話すようなことがあっただろうか。渋谷ダンジョンの深層は、俺の配信アーカイブを見ろでいいし……高山ダンジョンにはそもそも深層が存在しない。じゃあ札幌ダンジョンとかか?
「個人的にはね、前に言ってたオーストラリアのダンジョンとか!」
「……あぁ、アリススプリングスのダンジョンですか?」
ノーザンテリトリー州のアリススプリングスは、オーストラリア大陸のほぼど真ん中に位置する町の名前で、以前は人口3万にも満たない場所だったららしいけど、最近はダンジョンのお陰で人が多く来るから人口が増えてるとか。気候的にはオーストラリアらしく7月が一番寒くて1月が一番暑い場所で、基本的にはしっかりと夏と冬が分かれている土地。
「あそこのダンジョンは独特な地形をしているんで、探索者界隈ではそれなりに有名な場所ですよ。海外の配信者にも結構人気な場所です」
「どんな感じなの?」
おぉ……朝川さんはすっかりダンジョン探索が楽しい様子。よっぽどダンジョン探索が好きじゃないと、アリススプリングスの話なんてされても基本的には「ふーん」で終わると思うんだが、目を輝かせていらっしゃる。
「最大の特徴は、ダンジョンの構造が迷路になっていることです」
「迷路?」
「はい。最上層から既に網目状の構造になっていて、下に降りる階段までの道が1本しか存在しないんです。その通路にモンスターが湧いたりするって感じですね。それが深層まで続くんですよ」
「へぇー……色んなダンジョンがあるんだね。普通のダンジョンしか行ったことないから全然知らないなぁそういうの」
多分、朝川さんの想像する普通のダンジョンというのは、渋谷ダンジョンのように色々と地形が変ったりするダンジョンのことだと思うけど、深層景色があれほどコロコロと変わるのは珍しい部類なんだよな。まぁ、下層までなら普通のダンジョンだけど。
「迷路だったら探索してるだけで楽しそうじゃない?」
「曲がり角が多いからモンスターの奇襲が怖くて、難易度の高いダンジョンだって言われてますね」
「あ、そっか。でも、迷路なら答えを記憶しちゃえばいいんじゃないの?」
「そうもいかないんですよ。なにせ、あのダンジョンは特別で、不定期にダンジョンの構造が変化するんです。その度に現地の探索者たちが迷路を解きに行くらしいですよ」
アリススプリングスのダンジョンが持つ、ダンジョンの構造が変化するという特徴は、他のダンジョンには見られないものらしい。オーストラリアの探索者協会は、アリススプリングスのダンジョンが変化する度に、多くの探索者を派遣して下に潜る正解のルートを探させるらしい。中には、正解のルートを記録した地図を高く売りつける人もいるのだとか。よくもまぁそんなことを考えるものだ。
「でもオーストラリアかぁ……ダンジョンができる前はそこまで発展してなかった国なんでしょ?」
「その言い方は語弊があるような気もしますけど……まぁ、当時の先進国と比べると少し劣っていたのは事実でしょうね」
そもそも、以前のオーストラリアは発展した都市が沿岸部に集中している状態だったからな。中央付近は砂漠化していたり、気温が高すぎたりと色々な問題があったし。今じゃ、大型の発電施設がなくても魔石で電力は賄えるし、アリススプリングスのように近くにダンジョンがあるなら、大陸の中央部でも魔石を輸送する必要が全くない。地産地消みたいな形で、アリススプリングスは成り立っているらしい。
「いやー面白そうだねぇ……私も世界中のダンジョンを巡ってみたいな」
「将来の夢ですか?」
「そうだね。ちょっとダンジョン探索そのものにハマってきたかも」
それはよかった。
下層の入口で詰まっている時の朝川さんからは考えられないような言葉だけど、そう思ってくれる探索者が増えるほど日本的には良いことなんだからな。
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