第52話

「とうちゃーく……ここが渋谷ダンジョンの86階層です」

「……眩しい」


 ずっと薄暗い洞窟を歩かされていて、このままずっと最下層まで洞窟なのかなとか思ってたら、急に陽キャがいっぱい遊んでいそうな浜辺に出た。流石にここまで来た記憶はないので、本当に最高到達階層を更新したんだなって感じがする。

 青い海に白い砂浜……照りつける太陽(のような光る魔石)に、明らかに陰の者がやってくる訳がない感じがヒリヒリとしている。俺は陽の者じゃないからこの輝かしい夏の波辺みたいな場所は苦手だ。


「うーん……すっごい観光地みたいじゃない!?」

「そうですね。透き通るエメラルド色の海って表現をよく見かけますけど、実際に目にするのは初めてです」


:極楽か?

:天国にきちゃったか

:地獄が一周まわって天国になったか

:一周まわってもそれはあの世では?

:違いない

:海水浴しようぜ!

:ここを日本の観光地にしようぜ!

:(86階層なんだよなぁ)

:知ってた


 まぁ、こんなに景色がよくて明らかに国内でも大人気の海水浴場みたいな見た目をしていても、渋谷ダンジョン86階層であることには変わりがない。その証拠に……水平線の向こう側から近づいて来る超巨大な生物が見える。


「あれ、なに?」

「スライムじゃないですか?」

「海でしょ」


:海だろ

:海が敵なんだろ

:えぇ……

:意味わからん


 いや、俺も意味わからんわ。

 なんで海が綺麗だなーとか思ってたら沖の方から、海坊主と言って差し支えないような数十メートルサイズの怪物スライムを目にしなければならないのか。


:お前も海坊主召喚しろ

:いけ

:海坊主対決だ!

:やれやれ!

:視聴者煽りまくりで草

:やったれ!

:EXの力見せろ!


「はぁ……」

「あれは一撃でなんとかできないかな?」

「やるんですか?」

「やってみる!」


 神代さんは基本的に自由人でどうしようもない人だけど、楽観視はしない性格だ。行けると思ったから、自分飛び出していったんだろう。だから……俺は俺のできることをしよう。流石に俺だって、あんなに巨大なモンスターを見るのは初めてだからな。


「貴人」

『はい。貴方様のことはなんでもわかっていますよ?』

「なら制御頼む」

『お任せください』


 俺が召喚する式神は、基本的には自分が民話や童話を元にして想像することで一から生み出している。そこにあるのは俺の解釈と偶像であり、そうやって召喚した式神は新たな生命として創造されると言っても過言ではない。つまり、俺が詳細に想像すれば、ゲームのキャラクターだって生み出すことができるんだ。

 なんでも生み出せるような魔法だが、幾つかの制限も存在する。あくまでも作り出すのは式神なので本人以上の存在は生み出すことができなかったり、生み出しているのは俺なので式神がどんな性格でどんな動きをしようとも、それは俺が想像した動きでしかないということ。ただし、それはだ。


「祓え給い、清め給え、かむながら守り給い、さきわえ給え」


 略式の祝詞のりとを唱えるのはあくまでも自身に対するイメージ力を上げるためでしかないが、一応は神様の存在を信じているので、言わなきゃムズムズする。

 俺が扱う通常の式神は、どんな動きをしようとも俺の想像の範疇を超えることはないが、十二天将は別だ。あれは神という存在の器を式神術で生み出し、そこに信仰の対象である神を降ろすことで創り出している。つまり、貴人が普段から俺のことを主様と呼んで付き従っているのは、が勝手にそうしているからであり、俺の意思ではない。だから、十二天将は正確には俺の式神ではない。降霊術、と言ってもいいだろう。

 つまり何が言いたいか……式神術は応用すればとんでもないものも降ろせてしまうということだ。


「『大綿津見神おおわたつみのかみ』」


 創造するのはひたすらに偉大なる海の化身としての姿。時には母なる海で命を癒し、時には無慈悲に全てを押し流す、そんな慈愛と恐怖が入り混じった存在。そこに十二天将と同じ様に「ナニカ」を降ろす。

 十二天将のような神と式神の中間に位置する存在ならまだしも、本当の神を降ろしたのは初めてだ。自身の中の魔力を結構持っていかれるような感覚を味わいながら、魔力が暴走しないように貴人がサポートしてくれているので、なんとか形にはできた。


「やぁ!」


:おー神代璃音の魔法が豆鉄砲に見えるぞ

:豆鉄砲(貫通)

:豆鉄砲は数十メートルの高波を貫通したりしないと思うんですよね

:それは言ってはいけない

:でも効いてるか?

:わからん

:なにもわからん


 神代さんの圧縮魔法もかなりの威力だが、相手が強大過ぎて効いているのかイマイチわからないようだ。多分、普通のスライムと同じ様にどこかに核を持っていて、それ以外を攻撃しても効果がないんだろう。

 なら、核が見つかるまで攻撃するだけだ。


「ッ!」


:え、なに

:如月君?

:えーっと

:本当に海坊主でも召喚した?

:さっきぼそっとわたつみとか言ってなかった?

:神様召喚したの?

:マ?


『くぅ!? 主様、長くは維持できませんよ!?』

「わかってる……初めてだからな」

『関係あります!?』


 あるさ。初めて十二天将を……貴人を召喚した時も似たような感覚で、魔力をごっそりと持っていかれたのに数十秒しか維持できなかったのを記憶している。だからではないけど、この大綿津見神も制御できるようになるには、ひたすらに頑張るしかないってことだ。


「原初神に近いからな……正直、十二天将を初めて召喚した時よりきついから、気張ってくれ」

『わ、わかりました! 主様の為ならこの身、果てるまで!』


:……

:海坊主よりやばいもの召喚したな

:言葉が出ない

:コメント一気に減って草

:数十メートルサイズの海坊主スライムが現れて、EXの攻撃でも通じているのかどうかわからないピンチだと思ったら、後ろのEXが海坊主スライムよりデカい海神を召喚した

:やべぇ……なにもわからねぇ

:これが深層ですか


 俺だってここまでやるのは初めてだよ!

 召喚した大綿津見神の抵抗は今のところない。祝詞のお陰なのか知らないが、敵を倒すまではこちらの意思に従ってくれそうだ。とは言え、相手は海そのものな神だから、なるべくなら命令ではなく願う方がいいだろう。


「これでっ!」


 式神を動かす言葉は口にする必要はない。ただ俺が、心の中で敵を見定めて願うだけで、海神はゆったりと動き出す。

 こちらの存在に気が付いているスライムも、対抗するように身体を膨らませながらとんでもない量の水を放出してきたが、大綿津見神が左手を少し動かすだけでスライムが膨張してから弾け飛んだ。


:え?

:終わり?

:ひぇ

:神様すごい

:やば

:怖いよ

:なんで神様が召喚できるのか

:EXって地球滅ぼせるのでは?

:いけるだろ

:人類は片手間で行ける


 酷い言われようだ。

 大綿津見神が左手を動かしただけでこっちはかなりの魔力を消費したって言うのに、まるで人を超人の如く扱いやがって……そしてもう先には進まないからな!

 ここで帰る!

 配信も終了!

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