第40話
「……」
「どうしたの? 憂鬱そうな顔して」
「……ダンジョンばかりで学校に来る回数が少ないのに、既に高校三年生の夏休みかと思いまして」
「あー……」
人が少なくなった教室で黄昏ているけど、今の時刻は13時を過ぎたところ。今日は三年生一学期の終業式があった。体育館に集められて、校長先生が無駄に長い話をひたすらに喋って……そして昼前に全てが終わり、みんなが夏休みを感じて、一斉に解散する。俺はそんな青春の日々を過ごす彼らを見て、なんとなくダンジョンで社畜しているのが虚しくなっていただけだ。
「でも、最近は高校にもそれなりの頻度で来てるじゃん」
「……友達ができたから、ですかね」
「私のこと? なら嬉しいな」
純粋な笑みを向けられるとなんとなく弱いからやめてください。
実際、公欠以外で学校を休んだことはないけど、なんとなく学校に行くのが嫌だからという理由で、九州とかの依頼を一泊二日で行ったこともある。サボりの理由に使っていた訳だ。まぁ、公欠で出席扱いにしてあっても定期試験が免除される訳でもないから、必死に勉強する必要はあるんだけども。
最近は朝川さんという学友ができたので、できる限りは学校に行くように心掛けてはいる。そのせいで信濃さんからは「ついに如月君にも青春が!」とか言われたけども。
「そう言えば、夏休みですけど」
「どっか遊びに行く!?」
「……受験勉強とかはいいんですか?」
高校三年生の夏と言えば、受験勉強か最後の部活のどちらかだと思うんだけども。そこで遊びに行くかどうかを聞いて来る当たり、朝川さんはやはり陽キャだ。基本的にクーラーの下でダラダラしてるか、ダンジョンに潜ってるかのどちらかしかない俺には考えられない思考回路だ。
「受験かー……」
高校三年生の女子が受験勉強の話をされたら、多分だけど基本的にはいい気分にはならないと思うんだけども、朝川さんはなんとなく悩んではいるけど嫌な気持ちって訳ではなさそうだ。
「あのね、ちょっと迷ってて……」
「迷う? 志望大学とかですか?」
「うーん、ちょっと違う。そもそも大学に行くのか、いっそのことこのままダンジョン配信者として生きていくのか」
難しい選択、だろうな。
俺のように、既にEXという確固たる立場を持っているのなら大学に行く必要など全く無いのかもしれない。俺の場合は高校みたいにまともに通えない可能性の方が高いからというのもあるが。
朝川さんは、このままなら探索者として配信者としても食っていけると思う。ただ、彼女の両親がそれをどう思うかが問題だろう。配信者ならまだしも、命を削るような探索者で生きていくなんて、普通の人間からは想像できないぐらいの狂人っぷりだろう。
「親はね? 私の好きな人生を歩めばいいよって、背中を押してくれるんだけど……どうしても悩んじゃって」
「人生の選択ですから。仕方ないですよ」
まぁ、俺の場合は両親なんて最初からいないので関係なかったけど、朝川さんはそうもいかないだろう。
「ねぇ……如月君は、探索者を高齢になっても続けている知り合いっているの?」
「婆ちゃん……神宮寺楓さんがそうですね」
「あー……日本最強?」
そういや、そんな厳つい二つ名ついてたな。最速の探索者って部分しか覚えてなかったけど。
「あの人、今年で67歳ですからね」
「そうなの!? もうちょっと若いかと思ってた」
「探索者やってる影響か知らないですけど、腰も曲がらずにスラっとしていてかっこいいですよね」
「うん。女性の憧れだと思う」
あれで旦那さんは一般人だって言うんだから、凄いよな。あんな女傑と結婚できる人が一般人とか信じられるか? あの人、67歳なのに真正面から俺と殴り合えるぐらいの強さ、普通にあるんだぞ?
「まぁ、朝川さんとは全く違う戦闘スタイルですけど……あの人は強いですよ」
「私も……そうなれるかな?」
「どうでしょう」
数十年前に生まれた人間より、近年に生まれた人間の方が保有する潜在的な魔力量が多い。これは仮説ではなく、厳然たる事実だ。そんな時代に生まれたはずなのに、世界のバグのように近年の探索者では歯が立たないぐらいの強さを持っている神宮寺楓という存在。
まぁ、いつの時代だって人間としてはバグレベルな存在はいるものだ。自分も、どちらかというとそっち側な自覚はある。俺の強さは、決して努力で補ってきたものではなく、生まれつきの才能であると自覚はあるんだ。
「なんか、変な話しちゃったね」
「そうですか? 仲のいい友達というのは、こういう話をするものなんじゃないですか?」
内容に具体性があったりなかったりするのは、個人的な差があるだろうけども、友達とはこうして気兼ねなく将来のことを話せる関係でいたいと、少なくとも俺は思う。
「友達、か」
なんとなく、友達という言葉を噛みしめるように呟く朝川さんが、寂しそうに見えた。そんな表情を見ると色々と考えたくなるけど、人の機微について鈍感なことを自覚している俺は、下手なことを言うべきじゃないだろう。
「……以前も言ったんですけども、俺は配信系の会社を立ち上げたいと思ってます」
「あー……迎えに来てくれるってやつ?」
「そ、そうです……なんか言い方に語弊が生まれませんか、これ?」
「大丈夫だよ!」
いや、大丈夫じゃないだろ。
「それで、以前はダンジョン配信の専門にしようとしてたんですけど……やっぱり他の配信者とかも受け入れた方がいいのかなと思いまして」
「なんで?」
「いえ……ネットで色々と調べてみたんですけど、ダンジョン配信者って物凄く少ないんですね」
「あ、知らなかったんだ」
知りませんでした。
なんか朝川さんがやってるんだから、他の人もみんなやってるだろぐらいの感覚でいたのに、全然やってる人が少なくてびっくりした。いや、一定数はいるんだけど、どうやら最近は最上層とか上層の配信が不人気らしく、劣勢の状態らしい。
「司君みたいに下層とか深層の配信とかはみんなできないからねー……そう考えると、司君が視聴者を寡占状態なんじゃない?」
「…………」
ひ、否定できない。
「それはいいんですけど」
「いいんだ」
流してくれ。
「朝川さんには是非、その所属になって欲しくて」
「前も言ってたね」
「……勝手なお願いなんですけど、大学に行かずに俺の所に就職してくれませんか?」
「……これ、プロポーズ?」
た、確かに俺に就職してくださいとか物凄いプロポーズっぽいけど違う!
なんで朝川さんも顔を赤らめてるんだ。揶揄ってきた本人が恥ずかしがってたらダメだろ。
「う……わ、私は勿論、司君と一緒に働けるならそれでもいいかな」
「俺ですか?」
「そう」
いや、身内を勧誘しようとしている俺が言えたことじゃないけど、社長がこの人だからで働くのはどうなんだろうか。
「友達、でしょ?」
「……はい、朝川さんは友達です」
「ふーん」
なんで!?
友達だよねって言われて友達です、って返したらなんでちょっと不機嫌そうになるの!?
「いいよ。その鈍感さは後から少しずつ変えていってあげるから」
「ど、鈍感……感情に対してですかね?」
「そういうところ全部」
えぇ……これが女心って奴か。全く分かる気がしません。
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