第30話
「あっぶね」
刀を構えて手早く倒してしまおうと思ったけど、こっちを視認した瞬間に水を吐いてきやがった。鋼鉄すらも易々と両断してしまいそうな水圧のブレスで、床がぱっくりと裂けているが、蟹の動きは分かり易いので問題無し。
57階層に出現するモンスターだけど、強さ的には渋谷ダンジョンの深層に出てくるモンスターと比べても遜色ない。しかも、普通のモンスターと比べても明らかにデカいので、正直やり辛さはある。
「『雷獣』」
この蟹は物理的な攻撃には滅法強いのだが、魔法的な攻撃にはあまり強くない。だから正面から牛鬼で叩くってよりは、雷獣に雷で援護してもらった方がいい。
召喚された瞬間に音を置き去りにして走り出した雷獣に、蟹は全く対応できない。というか、速すぎて対応することを諦めている。自慢の殻でなんとかやり過ごそうとしているんだと思う。
「中二病を拗らせて俺が開発した魔法、受けてみろ!」
自分で言ってて悲しくなるけど、本当だから救いようがない昔の俺。
蟹は物理的な攻撃を殆ど防いでしまうから、刀で直接斬り付けるんじゃなくて……俺が中二病を拗らせて開発した、魔力を刃に滑らせるように浸透させてから放つ。簡単に言うと飛ぶ魔力の斬撃を放てばいい。
飛ぶ斬撃で自慢の殻に小さい傷がつけられたことに気が付いたのか、蟹は鋏を振り上げてながらこっちを威嚇してきた。わざわざ側面をこちらに見せつけてから、高速で近寄ってきた蟹は巨大な鋏を振り下ろしてきた。当然ながら、そんな簡単に攻撃に当たる訳がない。
蟹は追撃の姿勢を見せたが、高速で周囲を飛び回っていた雷獣が蟹の脚の一本を攻撃したらしく、転倒しそうになって慌てて鋏を振り回し始めた。まぁ、蟹はひっくり返って腹を見せたら終わりだしな。
「『陰摩羅鬼』」
背後から陰摩羅鬼を飛ばし、火を吐いてもらう。蟹はやっぱり火で調理しないと食べられないしな。本当のズワイガニは食べる前に泥抜きする目的で綺麗な水の水槽に入れたりするらしいけど、こいつは泥なんて入ってないよな?
調理するのは俺じゃないからいいや。
雷獣に姿勢を崩され、陰摩羅鬼に火炙りにされながらも蟹は水を吐いて応戦してきた。水圧カッターを四方八方にまき散らされると面倒なので、ここらで仕留める。まずは、雷獣が傷つけた脚に飛ぶ斬撃を放って傷を増やし、上から刀で直接叩いてぶった切る。
「『がしゃどくろ』」
脚を切断された程度では動じないのが蟹だけど、こいつは現在進行形で命の危険を感じ取っているので暴れ回る。だから上からがしゃどくろに抑えてもらう。
蟹と同じぐらいのサイズで召喚したがしゃどくろは、売られている蟹にするように鋏を両手で上下から握りこんで開けなくしていた。そんなこと命令してないけど、骸骨で脳なんてない癖に地味に頭いいな。
鋏を抑えられ、火で炙られながらがしゃどくろに押し倒された蟹の腹に、刀を突き刺す。折りたたむようにして襲い掛かってきた残り5本の脚も、雷獣が全て弾いてくれた。
突き刺さった刀に魔力を流し込んで体内から魔力を爆発させる。あんまり強く爆発させすぎると爆発四散してしまうし、肉が散らばってしまうので程々に絶命する程度の威力で。しばらくもがいていたので、もう一回弱めに爆発させると最後にびくん、と反応してから動かなくなった。
「依頼完了、っと……どうやって持ち帰ろうか」
ボスモンスターだからなのか、前例がないから全くわからないけど、この蟹は倒しても灰にならずにそのまま死体が残る。だから食べられるんだけども。とは言え、この大きさのモンスターを引きずって帰るのも面倒なんだけども……細かく分けて持って帰るのも面倒だ。
「……うん、引きずって帰ろう」
考えるのも面倒なので陰摩羅鬼、がしゃどくろ、雷獣を消し、新たに牛鬼を召喚して蟹を運ばせる。帰り道にモンスターに襲われるかもしれないので、護衛用の式神を召喚しておく。
「『
影の中からずるりと現れたのは数メートルの大きさを持つ蜘蛛。
朝廷に従わなかった者を人間ではないと言われ、蔑称としてつけられた名前が土蜘蛛であったと言う。そんな彼らの蔑称から生み出されたこの土蜘蛛という妖怪は、病気を媒介したりするという逸話がある。まぁ、俺が召喚した土蜘蛛はその病を、単純な出血性の毒に変えただけ。
元々は鬼の顔に虎の胴体を持ち、手足は蜘蛛のものであったとか言われているが、想像し辛いので俺が勝手に普通の蜘蛛として生み出している。想像し辛いものは召喚できなくなってしまうからな。
「護衛頼むよ」
普通に護衛させるだけなら別に牛頭馬頭でもいいんだけども、高山ダンジョンは入り組んだ地形が多いので直線的な攻撃をあまりしない土蜘蛛に頼むことにした。まぁ、正直誰でもいいんだけども。
「うわっ!?」
「なになに!?」
帰り道、中層辺りから探索者を見かけるようになるんだけど、土蜘蛛と牛鬼、そして引きずられる巨大な蟹の姿を見て驚かない人がいない。まぁ、当然か。
「あれって……蟹?」
「UNKNOWNじゃない?」
「うっそ、本物?」
本物です。知らない間に随分と有名になったなー……これからは渋谷ダンジョンに行くときとか、普通に登校する時に使う電車とかも気を付けないといけないかな。そこまですると面倒なんだけどなー……まぁいいか。逆に言えば今から配信者になってもこれ以上、騒がれることがあんまり無い訳だから。プラスに考えようプラスに。ポジティブシンキングよ。
『昼休憩にしようかなー……そろそろ』
:おじさん見てるだけで疲れて来たよ……
:持久力お化けのアサガオちゃん
:実質ダンジョン耐久配信でしょ
:コメ欄死屍累々なの草
:数時間のゲームならまだわかるけど、数時間のダンジョン配信は頭おかしい
:ひぇー
歩くのに疲れたので土蜘蛛に護衛させながら麒麟に跨りながら朝川さんの配信を付けると、丁度昼休憩に入るところらしい。昼休憩と言いながら、配信を切らずに簡単に食べられるサンドイッチのようなものを摘まみながら、ダンジョンで周囲を警戒している。いや、そこは一回上に帰るとか、配信を切るとかしないんだ。本当にダンジョンキチみたいになってるよ。
『ん-……食べてる間暇だから、質問コーナーでもしよっか』
:中層で飯食いながら質問コーナーをする女
:戦場でティータイムしてるイギリス軍人みてーだな
:やばすぎて質問出てこない
:何食べてるの?
『コンビニのサンドイッチ。渋谷駅で買った』
:いや草
:なんとなく笑う
:下層は?
:キサラギ君はいないの?
:中層でのんびりとか無敵か?
『下層はお休み中だよ。司君は……高山ダンジョンって言ってたかな?』
:高山ダンジョン?
:なんでわざわざそんな所まで……
:飯やろ
:飯食べに高山ダンジョンまで行くのはアホでしょ
:ツカサ君の配信はいつ始まるんですかー?
:午後の部はどうするの?
:高校卒業したら大学行くの?
『高山ダンジョンは依頼で行ってるみたいだよ? EXは大変なんだって。司君の配信は……今月中には始まるんじゃないかな? 午後の部はこのまま中層探索だよー……で、卒業したら……どうしよっかな?』
すっごい普通に配信してる。中層でもそこまで余裕が持てるようになってきたことを感心すべきか、配信者として尊敬するべきなのか。まぁ、ワイバーンが複数体出てきたところで対応できるだろうから、今の朝川さんは大丈夫だろう。
それより、人の昼飯見てたら腹が減ってきたから、さっさとこの蟹を協会に引き渡して運転してくれた協会の人と一緒にちょっと高めのランチでも食べよう、そうしよう。
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