第9話
やべ。
あまりにも頑張ってフロストワイバーンと戦ってるから、探索者として横取りはマナー違反だよなぁとか考えてたらそのまま倒しちゃった。
朝川さんは安全だと思ったのか、地面に寝転がってるけど、フロストワイバーンは複数体いるんだった。しかも、途中から考えていた通り、朝川さんが戦っていたフロストワイバーンは小さかったな。大きさが全然違うもん。とか考えてたら、階段から見慣れたサイズのフロストワイバーンが出てきた。
「雷獣、頼む」
俺が扱える式神の中で、特殊なのを除けば最速は雷獣だ。襲われそうになっている朝川さんまでは数十メートルはあるけど、雷獣の速度なら瞬きの間に詰められる。
「きゃぁっ!?」
落雷のような爆音を鳴らしながら、雷獣は一気に距離を詰めて、一番手前にいたフロストワイバーンの顔を蹴り飛ばした。
俺がすることは近づきながら、フロストワイバーンを狩れるだけの式神を召喚すること。
「『
魔法陣から馬の頭をした鬼と、牛の頭をした鬼を召喚する。身体が2メートル以上ある2体の鬼は、手に持っている両手斧を構えてフロストワイバーンへと突進していった。
「も、モンスター!?」
「大丈夫ですか?」
「ひゃいっ!?」
多分、朝川さんは目の前でなにが起こっているのかよくわかってないと思うけど、取り敢えず退避させないと。
フロストワイバーンは突然召喚された牛頭馬頭と雷獣に驚いているようだが、その隙に牛頭鬼が1体の首を切断した。俺が召喚する式神の中でも指折りの怪力を持っているのが牛頭馬頭なので、フロストワイバーンごときには負けないだろう。
「あ、あなた、は?」
「しっかり掴まっていてくださいね」
身体のそこら中が凍結していて、下手に動かすと多分出血じゃすまないことになりそうだな。これはゆっくりと溶かしながら治療するしかないな。その為にも、フロストワイバーンの射程から逃れないと。
「こ、こっちに氷柱が来る!」
「大丈夫ですから」
向かっていた氷柱ぐらいなら普通に魔法で防げる。
炎の魔法を放てば、こっちに飛んできた氷柱は水蒸気になって消えていった。こちらに視線を向けて気が逸れたフロストワイバーンも、今度は馬頭鬼が胴体を真っ二つにした。これで後は1体、と思ったら牛頭馬頭が身体を腕力で抑えた瞬間に雷獣が頭を抉って終わった。
「はい、終わったから治療しますね」
「ちょ、ちょっと待って……頭整理するから」
「? 治療は続けますよ」
別になにも整理することなんてないと思うけどな。フロストワイバーンが出てきて、命の危険だったけど助かったで終わりでしょ。
「『
凍結した身体をなんとかするために、取り敢えず陰摩羅鬼を召喚した。供養されなかった無縁仏から生まれるとされる陰摩羅鬼は、青い焔を口から吐くと言う。そんな伝承から、俺が作ったのでこの陰摩羅鬼は火を吐く。その関係か知らないが、かなり体温が温かいので、氷を溶かしてもらおうと思った。
「動かないでくださいね。『火車』」
荷物持ち扱いしている火車を召喚して、持たせておいた袋から傷薬を取り出す。ダンジョン産で傷に速攻で効く代わりに体力を持っていかれる結構危ない薬だ。
「牛頭馬頭、ありがとう」
フロストワイバーンの魔石と牙を持って来てくれた牛頭馬頭は消して、アイテムは火車に預ける。
目の前でなにが起こっているのか全くわかっていないだろう朝川さんは無視して、取り敢えず怪我だけ治していく。陰摩羅鬼の体温で氷が解けた傷口から傷薬をかける。これ、日常生活でも使えるけど2本も塗ると急激に眠くなるぐらい体力持ってかれるんだよな。そこだけは欠点。
「あ、あの……如月、君?」
「え、俺のこと知ってるんですか?」
「く、クラスメイト、じゃん」
いや、そうだけど。俺、朝川さんとまともに喋ったの今日の帰りが初めてだけど。
「……放課後から、ここに来るの速かったんですね」
「え? まぁ……制服のままだし?」
「本当だ」
俺、普通に着替えてきたけど朝川さんは制服のままだ。ダンジョン中毒かな?
「如月、君もこんな所まで来れる人、だったんだ」
「そう、ですね。よく来ますよ」
普段はそのまま素通りして深層まで行くんですけどね。
適当に喋りながら傷を治していたら、雷獣が近寄ってきた。どうやら、近辺にはモンスターがいないらしい。
「傷、治したんで……帰った方がいいですよ?」
「あ、ありがとう……そう、するね?」
なんとなく、会話がぎこちない。まぁ、コミュ障陰キャ君の俺は仕方ないけど、なんで朝川さんまでいつもの調子じゃないのかわからない。
「ま、待って!」
「はい?」
陰摩羅鬼、火車、雷獣も消してさっさと報告しに帰ろうとしたら、急に話しかけられた。
「そ、その……さっきまでのモンスター、みたいなのは?」
「あー……今度でいい?」
あんまり、そういうのは人に教えたくないと思うのは何でだろうか。まぁ、陰キャだからかな。
「『
まだ言葉を探していそうな朝川さんから逃げるように麒麟を召喚して跨る。龍の頭に鹿の身体、牛の尾に馬の蹄を持つ不思議な生物である麒麟は、これまた正確には妖怪ではなく神獣なんだが関係ないか。
「待って!」
朝川さんが再び制止の声をかけてきたけど、麒麟はお構いなしに俺の命令通りに走り出した。雷獣には劣るが、それでも超スピードで走る麒麟は、一気に中層から上層、最上層へと上がって行き、簡単に渋谷ダンジョンの入口まで辿り着いた。
「お、お疲れ様です! は、早いですね?」
「え? 麒麟がですか?」
「いえ、帰って来るのが、です」
「そう、ですかね?」
行きは結構ゆっくりだったからそうでもないと思うけどな。
「やぁやぁ、いつもすまないね」
「……本当に思ってますか?」
普段通り胡散臭い笑顔を浮かべた支部長の所まで案内された俺は、火車を召喚してフロストワイバーンの魔石と牙を渡す。
「その式神術、だったかな? いつも通り惚れ惚れする腕前だね」
「式神召喚しただけで、ですか?」
「先日、私も試してみたんだけど、全くうまくいかなくてね」
なんか1人で笑ってるけど、俺としてはさっさと終わらせて帰りたいんだが。
そもそも、式神術は先天的に魔力の特性が合わないと一生使えないって前に教えたはずなんだけど、なんでこの人諦めないんだろうか。
「魔石が3つということは、フロストワイバーンは3体だったのかな?」
「4体でしたね」
「もう1体は?」
「他の探索者に取られました」
なんか支部長の目が細くなったんだけど、なに?
「フロストワイバーンを、ね」
「どうかしましたか?」
「いや、フロストワイバーンを倒せるような冒険者なんて、今日は渋谷ダンジョンにいたかなと思って」
「いや、なんで俺に聞くんですか」
「はぁ……君は本当に高校生かい? もう少し娯楽に目を通した方がいいよ?」
なんかムカつくな。そんなこと知るかって……そもそも娯楽を見る時間なんてなかっただろうが。今日は学校から帰ってすぐにダンジョンなんだから。
「フロストワイバーンが1体倒されたのはこちらで確認していたよ」
「ん? 配信?」
いきなりなんかパソコンの画面を見せられたんだけど……確かに映っているのはフロストワイバーンと朝川さんだな。
「ダンジョン配信、と言ってね。数年前から若者の間で流行っているんだ」
「へぇ……そうなんすか」
「興味なさそうだね」
興味ないからね。
「とにかく、君の顔と実力は世間に知れ渡ってしまったと言う訳だね」
「へー」
「……そう言えば、別に隠している訳じゃなかったね」
まぁ、空白で出してUNKNOWNなんて名前をつけられて、個人情報も登録せずに放置してるだけだからね。苦労したことないから別にいいんだけどさ。
「まぁ、取り敢えず依頼達成ご苦労様。報酬は振り込んでおくから安心してくれていいよ」
また、金だけ溜まっていく。
今度、なんか高い武器か防具でも無理矢理作らせるかな。
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