第2話 ※三人称
最近のダンジョン探索及び一般社会における流行りは、ダンジョン配信者である。
ダンジョン配信者とは、指定したターゲットに追従するように設計された魔石式のカメラを使ってダンジョン内の様子を撮影したりする人間のこと。特に、近年ではゲーム実況者のようにダンジョン攻略の様子を生放送で映して、活動する者のことをダンジョン配信者と呼ぶ。
ダンジョンは既に人間社会にとってなくてはならないものとなっているが、その内部まで詳しく知っている人は意外に少ない。と言うのも、ダンジョン内では人類が活用する資源が手に入るが、当然ながらモンスターとの戦闘は自らの命を懸けることになる。どれだけ魔力の扱いが優れている者であっても、少しでも油断すれば死んでしまうダンジョンに簡単に踏み込んでいける人間は、そう多くないのだ。
だからこそ、ダンジョン配信は一般人にも大きくウケた。
ダンジョン自体が存在することも内部がどんな状況になっていてどんな資源が取れるのかを義務教育で習うことになっていたとしても、その詳しいことまでは誰も知らない。なにせ、メディアだって簡単に入り込めないのだから。
そんなダンジョンの内部を事細かに映し、更に攻略情報や戦闘する様子などもカメラで収めてしまうダンジョン配信者の需要はうなぎ登り。人々は変わり映えのしない自分の人生の退屈を、刺激的な配信で発散するようになった。
最初に成功を収めた人物が現れれば、我先にと大量の人が雪崩れ込んでくるのは自明の理。ダンジョン配信で広告収入や投げ銭機能で金を稼ぐ人が現れ始めた結果、多くの人間がダンジョン配信に夢を求めてやってきた。
当然ながら、多くの人間が同じことをやり始めれば視聴者は分散してしまう。すると、今度は新しいことに挑戦しようとする者が現れる。これがゲーム配信などであれば、界隈でまだ流行っていないジャンルのゲームなどをしたりと色々と考えるだろうが、ダンジョン配信に関しては全く違う。
新しいことを始めようと考えた配信者たちは、誰が一番深く潜れるかを競い合うようにしてダンジョンを潜っていった。最初は最上層で配信をしていた人間が、次第に上層、中層、下層と求めて下に降りて行った。
結果ダンジョン配信は、停滞することになる。
理由は実に簡単なこと。
中層と下層ではモンスターの強さ、その次元が違うのだから。
ある日、中層の最前線で戦っていた配信者が、調子に乗ってそのまま下層へと向かって配信内で死亡する事故が起きた。それは目に見えるほどの実力不足によるもの。中層のモンスターを薙ぎ倒していたはずの人気配信者が、一瞬で肉塊へと変わったのだ。
それ以降、ダンジョン配信者たちは中層で足踏みすることになる。
当初はダンジョン配信のことを、国に入る資源が増えるのならばと大歓迎としていた国も、下層で人気配信者が肉塊になった事件を受けて、ダンジョンに対する厳しいルールが課せられるようになった。それこそが、ダンジョン探索者に与えられる探索者ランクである。
探索者ランクが生み出されて数年の月日が経ち、ダンジョン配信は停滞し続けていた。
人気ダンジョン配信者『アサガオ』は、中層の一番下まで来ていた。ダンジョン配信者にとって中層の一番下、というのはデッドラインギリギリという場所である。数年前に人気配信者が下層で死亡して以降、ダンジョン配信者は下層に降りることができなくなった。それは、心情的な話でもあり探索者ランクの話でもあった。
「よーし……私は先日、ようやく探索者ランクがCとして認められました! だから、配信者たちにとって禁忌の領域……今日は『渋谷ダンジョン』の下層に初挑戦するよ!」
:大丈夫かな
:結構心配
:大丈夫でしょ中層も余裕になってきたんだし
:↑お前ダンジョン舐めすぎエアプか?
:渋谷ダンジョンの下層ならまぁ
:いけるでしょ
:アサガオちゃんで行けなかったら配信者誰も攻略できないでしょw
:下層からはマジで未知の世界やぞ
アサガオは自分の黒い髪を触りながら流れる配信のコメント欄を確認する。魔石式の自動カメラとは別に、腕時計のようについている機器から配信のコメント欄を確認して、流れるコメントを見て苦笑いを浮かべる。
「下層から先は未知の世界、なんて言われてるけど、私は大丈夫だから! 渋谷ダンジョンでも下層以降の配信をしている人なんて全然いないから、みんなも気になるよね?」
:まぁ、気になるかと言われれば
:気になる!
:そりゃあ……ね?
コメントでも、心配の声は上がっていたが、気にならないかと言われれば誰もが気になるのが下層と言う場所。統計的に言うと、探索者の中でも半分以上の人間が最上層で留まっているのだから、下層なんて夢のまた夢のような話だ。
配信用のチャンネルも登録者が数百万人規模いるアサガオの配信は、コメントの流れる速度もかなりのもの。そんな配信のコメントを、常人離れした動体視力で捉えるアサガオは笑った。
「やっぱりみんな気になるんじゃん。なら、止めるのは無しね?」
:はーい
:それでも心配なものは心配
:怪我しないでね!
:下層に入ってもすぐに中層に戻ればへーきへーき
「それじゃあ出発! みんなは歴史の生き証人なのだー、なんちゃって」
:かわいい
:かわいい
:可愛すぎて死んだ
:可愛すぎないか?
現役女子高生であるアサガオは、そのルックスの良さと他の配信者を寄せ付けない探索者としての圧倒的な実力で人気を博している。
なにせ、他の配信者たちが徒党を組んで攻略する中層を、彼女は単独で制覇しているのだ。そんなことができるのは、本業探索者でもそう多くはないだろう。
:でも、ここまで来たらもう配信よりダンジョンの方が儲かるでしょw
:そりゃあそうだろ
:命かけて儲からなかったらやってられないから仕方ない
ダンジョン配信者たちが実力をつけても中層以降に潜らない大きな理由は、命の危険が格段に上がることに加えて、中層で活動できるだけの実力があれば専業で生きていけるほどの金が手に入るからでもあった。故に、下層より下の配信になど大きな意味はなく、誰もが上層と中層で満足してしまう。
しかし、アサガオはそのコメントを見て笑みを浮かべた。
「でもそれじゃあ、楽しくないでしょ?」
:うーんこのダンジョンキチ
:もはや中毒症状
:でも探索者人口は減ってるらしいからなぁ
:命かけても中層までいかないと支出の方が多くなりがちだからね
:装備が高いのが悪い
:でも死にたくないじゃん
:だったら普通に社畜の方がマシ
流れるコメントを見て、アサガオは自分が異常な側の人間だと理解していた。命をかけてまで金を追いかけるのは、狂人のすること。故に、安定志向を求める現代人からはとことんまで避けられるのがダンジョン探索者。
安定志向を求める現代人の事情とは逆に、国を動かす為のインフラも今や魔石の発電力や魔石製品で成り立っているため、ダンジョン探索者は減ってしまうと困るのが国の事情。だからこそ、ダンジョン配信は危険を伴うコンテンツにも関わらず、国から禁止されるどころか推進されている訳だ。少しでも、将来的にダンジョン探索者になってみようかなと思う人が、増えるように。
アサガオは、ただ自分の好奇心を満たすためだけにダンジョンに潜っている。現役女子高生でありながら自らの命をかけてダンジョンに潜る姿は、一般的には頭のイカレた人間にしか見えないだろう。だが、彼女の視聴者たちは、アサガオがどれほどの覚悟と人生をかけてダンジョンに潜っているかを知っている。だからこそ、常に見に来ている視聴者は人気配信者アサガオを応援し続ける。
命の危機に瀕した時でも。
「くぅっ!?」
:大丈夫!?
:やばいって
:逃げて逃げて!
:やっぱり下層はやばいよ!
:人気配信者の配信事故来た!?
:ダンジョン舐めてるからなんだよなー
中層から下層へと下っていく階段を降りて、配信者は殆ど誰も寄り付かないか下層へと降りたアサガオは、最初こそ普段通りの調子で配信していた。しかし、その余裕も次第に失せていき、口数も減っていく。
下層の第一層である41層にして、既にアサガオは命の危険を感じ取っていた。見た者を魅了する美しい黒髪は自身の身体から流れ出る赤黒い血で濡れ、特殊な素材で編まれていた漆黒のローブも所々が破れていた。
流れる配信のコメントの勢いは加速し続け、心底から心配する人や、野次馬根性で見に来た人、ただ人が死ぬかもしれない配信を面白半分で揶揄いに来た人などで溢れていた。しかし、命の危機に瀕しているアサガオにそのコメント欄を追う余裕は既にない。
「……追って来て、ない?」
:見た限りはいないね
:一回中層に戻った方がいいよ!
:モンスターに追われたまま中層に行くとか、マナー違反だろ
:命の危機に瀕した時は別って言われてんだよなぁ
:探索者資格取る時の講習で言われただろ
:ダンジョンエアプ湧いてて草
:なんでもいいから逃げて!
周囲にモンスターの気配がないことを確認したアサガオは、ちらりと配信のコメントを確認してから、半ばから真っ二つに折れてしまった初心者の頃から愛用していた槍を見る。
当然ながら、ソロでダンジョンに潜っているアサガオには助けてくれる人もいなければ、助手もいないので折れた槍のスペアなんてものも持っていない。
「魔法だけで、なんとか中層まで帰れるかな?」
:安全確保しながらゆっくりと上ろう
:とにかく接敵しないように、姿勢を低くして
:目じゃなくて耳で敵を感じ取って移動しよう
アサガオは大量に流れるコメントの中から、ダンジョン探索者の先輩と思われる人たちの意見を見て、姿勢をなるべく低くしながら壁に沿って歩き始めた。
モンスターに襲われて血を流し過ぎたのか、少しふらついた動きながらも道順をしっかりと記憶していたアサガオはモンスターに見つかることなく中層への階段を発見する。
:よし逃げよう
:さっさと上に行こう!
:中層の一番下なら人がいるかも!
:魔力はなるべく温存した方がいいよ
「っ!?」
階段を発見して気が緩んだ瞬間に、アサガオは背後に突然気配が現れたことを察して咄嗟に前に向かって飛んだ。受け身なんて全く考えていない決死の飛び込んだアサガオは、背中に焼けたような熱さを感じながら睨みつけると、身体が半分透明になっている骸骨騎士が立っていた。
:モンスター!?
:にげて
:スケルトンかな?
:絶対やばいって!
「あぐっ!?」
スケルトンと思わしきモンスターから逃げようと足に力を込めようとしたアサガオは、スケルトンの持っている剣から血が滴っているのを見て、初めて自分の背中が斬られたのだと理解した。
アサガオには既に走るだけの体力はなく、背中を向けて走ったところで逃げ出すだけの気力もない。魔力も残りが少なく、苦し紛れに放った炎の魔法も透けているスケルトンの身体をすり抜けるだけだった。
「……こんな状況で、初めて見るモンスターに会うなんて、運がないなぁ」
:諦めちゃだめだよ!
:死んだな
:トレンド1位から来たよ^^
:うわぁぁぁぁぁぁぁぁ
:ああああああああ
アサガオの呟きから、配信の視聴者たちもこの先に待ち受ける最期を予見した。
スケルトンの伽藍洞な瞳にはなんの感情もなく、ただ目の前にいる人間を殺すことしかない。
自分の最期を覚悟してダンジョンを探索していたアサガオは、自嘲的な笑みを浮かべて浮遊しているカメラを引き寄せる。
「グロいのは、映せないから配信終わっちゃうね……」
:ダメ
:逃げて!
:誰か助けに行け!
:下層なんていけないんだよなぁ
:生きて!
:やだやだ
「……バイバイ」
静かに呟きながら配信を切ろうとしたアサガオは、脱力感からまともにボタンも押せずに腕が垂れ下がってしまった。身体の端から少しずつ冷えていく感覚を味わいながら、アサガオは笑っていた。
スケルトンが剣を振り上げた瞬間、空気が弾けるような音と共に黄色の狼がスケルトンの身体を消し飛ばした。突然の出来事に、アサガオは閉じかけていた瞼を見開いて、目の前に現れた狼を見つめる。額に模様が描かれた狼は、アサガオの傷口を舐めてから遠吠えをした。
「どこまで行ったんだよ。あ、いた……って人が死んでる、生きてる? 血の匂いを追っかけて行ったのか。びっくりしたよ雷獣」
「ガゥッ!」
「わかってるって。ちゃんと助けるから、そんなに吠えるな」
死の世界である下層に似つかわしくない暢気な声が聞こえてくるのと同時に、アサガオはゆっくりと意識を落した。
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