陰キャコミュ障ぼっちで影の薄い俺、世界最強のダンジョン探索者です ~世間ではダンジョン配信なるものが流行ってるらしいので、そういうのはよくわかりませんが、流行りには乗りたいと思います~
斎藤 正
第1話
「平日の昼間から依頼とか……あーしんど」
ダンジョンなんてファンタジーなものが世界に現れてから、既に西暦が70年くらい進んでいるらしい。近代を中心に学ぶ世界史Aの授業で習っただけだから、よくわからないけど。もう面倒だからダンジョン史みたいな個別の授業作ればいいのに、と俺は思った。まぁ、まともに授業受けてないからそんな授業作られたところで、俺には意味がないんですけどね。
とにかく、人類がダンジョンを攻略し始めてから70年くらい経っているらしい。まぁ、ただダンジョンを探索しているだけの俺には関係のない話……のはず。なんか前に講習かなんかで習った気もしなくもないけど、そもそもあの講習をまともに聞いている奴が少なすぎてびっくりしちゃうから、記憶が曖昧だ。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様、です」
「流石ですね!」
ダンジョンの入り口から地上に戻ると、探索者協会の職員にすごい丁寧に声をかけてもらう。なんとなく緊張した顔している気がするけど、俺はまだ高校生なんだからもうちょっと砕けた感じでいいと思うんだけどな。言った所で「とんでもないです」って言われるだけだからいいけど。
探索者協会の職員なんて、公務員だから仕方ないんだろうけどな。
「探索者ランクEXのUNKNOWN、帰還しました!」
「……はっず」
「さぁ、どうぞ。支部長がお待ちですから」
普通に恥ずかしいから、やっぱり登録名変えた方がいい思うんだけどな。なんで白紙で出しちゃったんだろう……2年前の俺。
そんでもって、何で頑なに探索者の登録名で呼ぶんだろう。普通に本名で呼んでくれた方が嬉しいんだけど。
「やぁやぁ! 今回も早かったね!」
「仕事は先に終わらせたくなるタイプなんです」
「いつも助かっているよ
「……どうも」
職員に案内された部屋に入ると、胡散臭い笑顔を貼り付けた若い男性がこちらに気が付くとすぐに立ち上がって握手を求めてきた。普通に応えるけど、その貼り付けたみたいな営業スマイルは普通に不審者みたいだからやめて欲しい。
「いやぁ……やっぱり君に依頼して正解だったよ。頼りになる他の人たちはみんな用事が入っていると言っていたし、中途半端な実力者を送り込んで失敗、なんてことになったら私の責任だからね」
「そうっすね。でも、学生を平然と平日の昼間に呼び出すのはどうかと思うっすよ」
「大丈夫さ。その為に、君は縛りが緩い私立高校に在籍しているんだろう?」
「いや、高校生になってから探索者資格取ったんですけどね」
こいつ、言ってること適当か?
なんか最初は普通に褒めてもらってるけど興味ないなーで済ませてたけど、言ってること実は滅茶苦茶だし、全く嬉しくないな。それに高校生が社会人に仕事を押し付けられているようなもんだしな。幾らランクEXの探索者だからって、やっていいことと悪いことぐらいあるだろ。人権侵害で訴えるぞこの野郎。そんなんだから万年人手不足なんだよ。
なんて、俺が心の中で愚痴ったところで人手不足は解消しないのが現状だからな。しかも、俺の前で笑顔を浮かべているこの男も探索者協会の末端、みたいなもんで苦労していることだろう。だからと言って胡散臭い笑顔を信用することはないけど。
「金はしっかりと振り込んでおくから、安心してくれ」
「どうも」
「ふふ……そんなに金があったらなんでも使いたい放題じゃないか?」
「そうですかね……そうかもしんないっすね」
「謙虚だねぇ」
「これが謙虚に見えるなら、多分病院か労基所行った方がいいと思いますよ」
金さえ振り込めばいいと思ってるな、探索者協会は。普通に高校生を労働させてることに疑問を持て、疑問を。いや、EXランクになるかどうかの時にそこら辺は契約して決めたけども。
あー……面倒くせぇ。もっと俺の仕事を肩代わりしてくれる有能な実力者現れないかなぁ。そうすれば俺の仕事量も減って、ゆっくりと学校に通って家で安心して熟睡できるのになぁ。本当に誰か新しくEXランクの探索者現れないかな。
世界中にダンジョンが現れてから、人間の生活は一変したらしい。らしい、というのは俺が生まれた時にはダンジョンと社会が密接にくっついていたから、ダンジョンが生まれる前の時代なんて全く知らないからだ。
ダンジョンの中には、人類が生きていくための資源が取れたりする。レアメタルが取れるようなダンジョンだったり、誰も食べたことがない美味なる食料だったりする。まぁ、大体の目的はダンジョン内に発生するモンスターから取れる魔石なんだけども。
そう……ダンジョンにはモンスターが湧く。昔は物語の中にしかいなかった異形の怪物は、倒すと魔石というものを落したり落さなかったりする。その魔石を……数十年前の偉い人が発電とかに転用する方法を考え出したらしい。いや、専門的なことは何も知らないけど。
それからは想像通り、ダンジョンを国が総力を尽くして攻略していった。最初は銃弾も効かないようなモンスターなんか相手にできなかったらしいけど、次第に生まれる子供の中から『魔力』と呼ばれるようになる力を持つ人間が生まれるようになった。原因は不明。だけど、その魔力を使えばモンスターと渡り合えることが判明してからは、世界中の国が魔力を持った人間を囲ったらしい。
ダンジョンが現れてから数十年の月日が経ったけど、正直に言ってしまえば最近の世界は停滞している。理由は単純に、ダンジョンの攻略が止まったから。世界中には大体500ぐらいのダンジョンがある、なんて言われているけど、最深部まで攻略された数は僅か20にも満たない数らしい。パーセンテージで言うと4%だ。
ダンジョンの攻略が遅れている理由は、単純にダンジョンを攻略する人間が減ったから。ここで言う攻略する人間って言うのは、ダンジョンに潜って稼ぐ人じゃなくて、最深部を目指す人のこと。最近の風潮的には物好きで命知らずの馬鹿集団、って感じか?
グダグダと色々と語ったけど、要するに世界にはダンジョンがあって、攻略するといいことがあったのは最初の内だけで、今は一番奥まで目指さなくてもエネルギー問題は解決で国は動かせるし潜る人も金は稼げるから需要無し、ってこと。
世知辛いねぇ……折角エネルギー問題が解決したのに、何時まで経っても進歩しないなんて変なことだ。
「…………はぁ」
銀行口座に振り込まれている金を見て、なんとなくため息が出てしまった。別に中身が少なかったとかではなく、通常のサラリーマンが生涯で稼ぐ額の数十倍の資産は持っている。けど、使い道は特に無いし、金よりも今は自由な生活が欲しい。
稼いではいるが、金は使わないと経済が停滞してしまうのも事実なので俺は結構意識的に散財している方だ。住んでいる場所もかなり金かけているし、日本の都心である東京に幾つもの不動産や土地を持っている。趣味の為に買ったパソコンも限界まで金を使ったし、週に一度は高級レストランにも行っている。ただ……日本の経済ってのは本当にあほくさいことで、金を持っている奴はひたすら金が手に入ってしまうものなんだ。しかも、定期的にダンジョンに潜っているせいで使う金よりも増える金の方が多い。税金を差し引いても一生遊んで暮らせるぐらいの額は、簡単に手に入ってしまう。
「金が多くて困って、はないけども。高校3年生の悩みじゃないよなぁ……」
どれだけダンジョンで金を稼げても、学歴は高ければ高いほどいいやと思って、それなりに勉強して平均以上の私立高校に通っているが、ぶっちゃけ探索者協会の依頼とかもあって卒業日数ギリギリみたいなところはある。世間はそろそろ夏休み、なんて言っている季節だが俺はいつだって仕事だ。なんなら夏休みの方が依頼が多いまである。
高校卒業後の進路も、俺は大学じゃなくて探索者でいいよな、なんて事情を知っている担任の先生には言われるしなぁ。一応高校生なのに、元々陰キャコミュ障なことに加えて、依頼で学校に行けない日があるせいで友達の1人もいないし、当然ながら恋人もいなければなんだか気になる女性、みたいなのもいない。そもそも学校はほどほどにしか行ってないから、気になる同年代の女子みたいなのも知らないし。
金があってもこれじゃあ人生勝ち組なのか負け組なのか、よくわからん。
俺には親もいないし、保護者もまともにいないんだから自由な生活を送ろうと思えば送れるんだろうけど……そんなことをする気力も最近はない。まるで末期の社畜みたいなことを言ってるけど、なんの責任感もなくただ単純にダンジョンを探索していた頃が無性に懐かしい。
探索者になった当初に、もっと友達とか仲間とか作る努力をしていたら……楽しい生活を送れていたのかな。無理か……陰キャコミュ障ぼっちの高校生に、そんなことはできない。
なんだかできもしないことを考えてストレス溜まってきたな……いっそのこと憂さ晴らしにダンジョンでも行くか。
俺が憂さ晴らしに選んだダンジョンは、自宅からも学校からも一番近いダンジョンである『渋谷ダンジョン』だ。というか、俺は基本的にこの渋谷ダンジョンを中心に活動している。
日本の首都である東京にある渋谷ダンジョンは、難易度的にも交通の便的にも多くの人間が挑むことになる有名なダンジョン。因みに、この大量の人が挑む渋谷ダンジョンでさえも最深部まで攻略されていない。
渋谷駅の真下に存在している地下迷宮なんだけども、そもそも渋谷駅が迷宮みたいになっているのに何故こんな場所に現れてしまったのかとよく言われる。立地上、渋谷駅の最深部に入り口と探索者協会の出張所が置かれているんだけども……ダンジョンの地下にダンジョン作るな。いや、誰がなんのためにダンジョンを作ったのかなんて永遠の謎、なんて言われてるけどな。
「今日は『渋谷ダンジョン』の下層に初挑戦するよ!」
憂さ晴らしにダンジョンに潜ったら、遠くから姦しい声が聞こえてきた。最近、ダンジョンに潜っているとこうやって1人で喋っている奴を見かけるんだけど……あれは一体なにをしてるんだろうか。ダンジョンで1人で喋っても、モンスターが近寄って来るだけでいいことないと思うけどな。
「下層から先は未知の世界、なんて言われてるけど、私は大丈夫だから! 渋谷ダンジョンでも下層以降の配信をしている人なんて全然いないから、みんなも気になるよね?」
ダンジョンの下層に挑戦するという言葉が聞こえてきたのだが、ダンジョンはその階層数で呼称が違い、ダンジョンに潜って攻略する人間、探索者の実力を測る『探索者ランク』によって行ける範囲が規定されている。
ダンジョンや国によっても違うんだが、日本の渋谷ダンジョンでは1階層から10階層を最上層、11階層から20階層を上層、21階層から40階層を中層、41階層から60階層を下層、61階層以降を深層としている。だから俺が立っているこの中層と下層の境目は、40階層ということになる。
「それじゃあ出発! みんなは歴史の生き証人なのだー、なんちゃって」
適当なことを考えている俺の足元には、黄色の毛を揺らしながら欠伸をする狼のような獣。主である俺と似たように、ダンジョンの中層の最下層でなんともぬぼーっとしたような表情なのは、単純にこの近くのモンスター程度なら余裕で勝てるから。
てか、俺より明らかに暇そうだな、この狼。さっきまでモンスターと普通にやりあってたくせに。
「そろそろ帰るか?」
俺の問いに対して喉を鳴らしながら目を閉じる狼は、急になにかを感じ取ったのか立ち上がって一直線に下層へと向かう階段に走って行った。正直、式神が主を置いて走って行くのはどうかと思うんだけど、あいつとは式神の中だと一番付き合いが長いから仕方がない……もはや飼い犬レベル。
「しょうがないなぁ……」
とは言え、式神をそのまま放置する訳にもいかないのでゆっくりと追いかけるか。平日の夕方なんて、ダンジョン内の人口が一番減っている時間だと思うから、黄色の狼が走り回っていてもそんな話題にはならないだろ。だってダンジョンにはもっと怪物みたいな見た目のモンスターだって大量にいるし、下層以降なんてまさに化け物の巣窟みたいな場所だからな。俺の式神がちょっと姿を見られたぐらいなんてへーきへーき。なんとかなるさ。
そんな甘い考えが、後の面倒くさいこと全てに繋がるなんて、欠伸をしながら歩いていた俺には全く予想できていなかった。
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