第十九話 花火大会
お囃子の音色が街を包んでいる。
空は薄闇がかかり、
神社の鳥居の下で待っていると、通りを進む人混みの中から誰かが下駄を鳴らして近づいてきた。
カランコロン。
軽快な音色に気づき、スマホから顔を上げる。
「京介……?」
のぞき込むような仕草で声をかけてきたのは、浴衣姿の瑞希だった。
白地にピンクの桜が散りばめられた淡い色の浴衣。アップスタイルにして露わになった首筋が大人っぽさを
普段と違う雰囲気でなんだか落ち着かない。目が勝手に彼女を捕らえてしまう。
よく似合っていた。俺は自然と目を細めていた。
浴衣姿を見れただけでも来てよかったかもしれない。
「なんかへん、かな?」
俺の視線に気づいた瑞希は、こめかみから垂れた毛先を指でくるくるといじった。
「……昨年と違う柄じゃん」
「うん。同じだとつまんないかなって」
「……へぇ。溝口が喜ぶんじゃね」
俺は視線を逸らす。こういうとき溝口ならどう言うのだろう。そう思ったら上手く褒められなかった。
「あのさ――」
俺は鳥居に寄りかかっていた身体を起こした。瑞希を直視できなくて、視線を足元に向ける。
鼓動が速くなる。俺は勇気を出して、ゆっくりと手を伸ばした。
瑞希の腕に手が届く直前、別の足音が近づいてきた。
「あ、本当に来たんだ」
溝口だった。珍しいものでも見つけたように俺を見る。
彼は明るいトーンのグレーに
俺は肩を落とすと、途中まで伸ばした腕を降ろした。
「お前が誘ったんだろ」
「そうだけど、とくに来るとも言ってなかったし?」
溝口は肩をすくめた。
こいつの目的が何なのか、さっぱり読めない。
目的によっては集合自体が嘘の可能性もあった。まさか本当に呼ばれるとは。
俺は自分の格好を見て、浴衣を着てきてもよかったかもなと少しだけ後悔する。
瑞希がスマホを見た。花火の打ち上げまでは、まだ時間がある。
「屋台回ろうよ」
「そうだな」
俺たち三人は
◆◆
軽快なリズムで響く太鼓の音。
太陽はすでに地平線に沈み、暗闇が空を侵食している。それに合わせてメイン通りの明かりが活気を増していった。
俺たちは歩行者天国となったその通りを河川敷に向かって進んでいた。瑞希と溝口は横に並び、俺はその後ろをついて歩く。
「瑞希ちゃん、なにか食べたいものある?」
「たこ焼きとか焼きそば食べたい!」
「いいね。町田は?」
二人は楽しそうだった。
祭りの中心地にいるのに、俺だけ馴染めていない。
「俺はなんでもいいよ」
やる気のない返事をかえす。「そう」と興味なさそうに言った溝口は、また楽しそうに瑞希と話を再開した。
ぼんやりと二人を見つめていた。水の中に潜っているかのように、人々の喧騒が遠くに聞こえる。俺はただ二人が行きたいところに一緒についていくだけだった。
ヨーヨー釣りで、水を張った容器の前にしゃがみこむ二人。それを後ろから見ていた。
肩が触れ合いそうなくらい距離が近い。
二人は浴衣なのに俺だけ洋服だから、なおさら疎外感を感じてしまう。
「俺はなんのために来たんだ……」
いつの間にか
「京介?」
ぼーっと歩いていたら、二人がこっちをふりかえっていた。
周囲の音が大きく、声がよく聞こえない。俺が首をかしげると、瑞希は手で屋台を指し示した。
「射的やる?」
瑞希の口がそう動いた。
「いつもやってるじゃん?」
昨年一緒にやったのを思い出す。「いいよ、俺は」そんな気分じゃない。
「僕がやろうかな」
溝口がスルッと出店の列に並ぶ。瑞希もそのあとに続いた。仕方なく俺もそれについていく。今回も俺は後ろで見ていた。
ぬいぐるみや、おもちゃ、ゲームたちが段差のある棚に載っていた。薄汚いテントの下で持ち帰ってくれる人を待っているかのように陳列されている。
「意外と難しいね」
射的銃からコルク玉が発射する音が何度か響く。しかし、溝口も瑞希も参加賞で終わってしまった。
「あれ欲しかったなぁ」
瑞希がボソッと言った。視線の先には壁にかかった景品がある。瑞希が好きなキャラクターのクッションだった。
俺は一歩前へ出る。彼女が使っていた射的銃を握った。
「あれって、赤い的でいいんですよね」
店主に確認する。三センチ四方の発泡スチロールで出来た小さな的だった。小銭を渡し、弾を受け取とった。
片目を閉じて照準を定める。銃の上部にある突起、フロントサイトとリアサイトを重ね、引き金を引いた。
三発目で倒すことができた。
「へー、やるじゃん」
溝口が腕を組んで頷いていた。
「毎年やってるから」
ほら。と瑞希に渡すと彼女は「ありがと」といって笑顔になった。
きっとこういうことも今年で最後になるだろう。俺は彼女の笑みを目に焼き付けた。
◆◆
花火会場となる川が近づいてきた。道の突き当りに土手があり、そこを上ればと開けた河川敷が一望できる。
周囲に人も増え、かき分けながら歩いていた。俺たちは瑞希を間にはさんで先頭に溝口、後ろに俺の順に並び
周囲はみんな浮足立っていた。近くにいる人たちの会話も耳に入ってくる。
「そろそろ始まるんじゃない?」
「えー、間に合わないよー」
河川敷に向かう人混みは、スロープや階段から土手の上を目指して進む。あと数分で打ち上げ開始であるが、まだまだたどり着けそうにない。
俺たちも、ようやく階段の前まで来た。幅が狭いこともあり、そのまま一列で上っていく。
笛の
身体の芯に響く大きな音だった。
「あ、始まった!」
階段の真ん中あたりで、瑞希が声を上げる。
一つ目を皮切りに、次々と空に華が咲いていく。
「京介、見える? すごい!!」
階段を上る足を止め、俺は顔を上げた。瑞希がこちらを振り返り、下段にいた俺に話しかけている。
彼女の後ろには色とりどりの花火が煌めいていた。
「今年も見れたね」
瑞希は嬉しそうだった。目をキラキラと輝かせて「早くいこ!」と言って、また前を向いてしまう。
この笑顔がもう見れなくなる。
そう思ったら俺の気持ちは限界だった。
「瑞希」
花火の音と共に破裂する。
――行くなよ。
俺の声は火薬の弾ける音でかき消される。
気付かない瑞希は、そのまま溝口の後ろをついていこうとする。彼女を止めるに
「京介……?」
俺が手を
俺は顔を上げて、瑞希の目をまっすぐ見つめた。
「来て」
数秒、時が止まる。
伝われ。
そう願って彼女の瞳を見つめ続けた。その間も花火は頭上で弾けていた。
俺はゆっくりと腕をひく。優しく、真剣に。
戸惑いながらも瑞希が階段を下りるそぶりをみせた。それを確認すると、俺はそのまま人の流れに逆らって階段を降り始めた。
「京介、待って。溝口くんは――?」
花火の爆音で聞こえないふりをして俺はそのまま突き進む。
溝口、悪い。俺は瑞希の腕をしっかりと握りしめ、その場から瑞希を連れ出した。
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