ハッピーな仕合わせ

千桐加蓮

第1話 夜遅くの電話

 ニューズト大陸は世界のどこからも隔絶していた。どの国へ行くにも長い航海を覚悟しなければならなかった。かつては、大航海時代に誰かがこの大陸を見つけて、植民地にしたとかなんとか。

 しかし、航空技術が導入され、空路も充実した現在では、まだなお時間を要するとはいえ、世界のどの場所へも自由に行き来ができるようになり、観光客や留学生も右肩上がりだ。


 都心から少し外れたアパートで男は暮らしていた。

 リビングや寝室が散らかっているとはいえ、キッチンは使わないからなのか、少し片付ければ使えるのに……と、料理好きの主婦の方々が肩をくすめるのだろう。キッチンには物を置いていない。男は洗い物は得意なのか好きなのか、数少ない食器は棚にしまっていた。スーツはクローゼットにかけているものもあれば、ソファーに置いてあるものもあればと軽く散乱している。


 アパートと都心のビル街にある職場を行き来し、たまに食事や生活用品を買う時くらいしか、男は外に出ない。

 男は二十八歳の会社員。赤茶の髪色をしている。髪はストレートではあるが少し寝癖がついていて、髭が薄く生えているとはいえ、そこまで手入れしていないだろうに顔はまぁまぁ整っている。

 そろそろ結婚も考えたらどうだと、会社の同僚に言われた。そいつは、先月に結婚式を挙げた男だ。丸メガネが似合う、温厚な男で、笑うと目尻が可愛いと女性から人気でもある奴だった。

 奴が言うには、俺の方が人気だし、好意を持ってくれている女性がちらほらいるのも分かってはいるが、なんとなくで付き合ったり、プライベートで会うのは好きではないので、仕事でプライベートの話はしない。飲み会には行きはするが、酒があまり飲まない。というか、男は酒が強いらしく一人で自棄酒を飲んでも、次の日は少し頭が痛いなくらいで済むと、奴に話した時には

「飲み会誘われまくると思うから、公表しない方がいいよ」

と、忠告を受けた。


 男には忘れならない初恋の女の子がまだ心の中で微笑んでいるのを焼き付けている。

 会社で女性社員に好意を告げられても、通勤の時も、今もだ。


 今日の男の夕ご飯はコンビニで買ってきた、お弁当だ。お肉がメインになっている。

 後、二時間もすれば日付けが変わる。リビングで小さなテレビの前で、乱雑にコンビニで買ってきた夕ご飯を食べている男に電話がかかってきた。男は携帯をとって電話に出る。

「はい」

「あ、ジュン?」

「そうだけど」

男はコンビニ弁当をチラ見をしながら、早く食べたいと言わんばかりの表情をしながら

「用事?」

と、ムスッとした声色で聞いてきた。電話主は男……ジュンの母親だった。

「お母さんの仕事場の子が預かっていた子供なんだけど、仕事場の子がその子供を捨ててどこかに逃げてしまったの。その子は……ちょっと精神が安定してない子だったの。施設育ちの子だったらしいんけどね。だからパニックになって逃げたのかは分からないんだけど、事故にあって亡くなってしまってね」

母親の話を聞いて

「はぁ」

面倒な返事をする。

「それでね、その子を……まぁ施設に連れて行こうとか考えたの。で、施設に問い合わせして相談したら、今は引き取り手がいないって言われて……」

母親は言葉を選んでいるようだ。男はやれやれと言わんばかりの表情で

「……俺んちならいいよ。俺、一人だし」

母親からの電話の意味を理解したジュンは答える。

「本当に?ごめんなさいねぇ、こんな夜遅くに」

「別にいいよ」

ただの気まぐれだ。ジュンは確かに優しい一面を持ってはいるが、他人は他人。自分は自分というのが性分のような生き方をしているような人だ。知らない子供を引き取るような真似は普通ならしない。

 長い冬は始まる予感がした。

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