心臓の病で死ぬ運命にある少年が、宇宙世界へ異世界転移して自分と宇宙の運命を塗りかえるべく、惑星のチカラを借りながらスターシードを集める話。

純川梨音

第1話立花恵、12歳。

ブーッ、ブーッ!!


「恵くん!恵くん!」


暗闇の中で遠く聞こえてくる母の声が意識をつなぎとめようとするも、意識は深く沈んでいく。立花恵は齢12歳にして、その人生の幕を降ろされようとしていた。


(まだ死にたくない、、、)


何度も手術の恐怖にたえてきた。夢のために。写真集で見た景色を直に見に行くこと。その隣ではきっと、いつもの母の微笑みが、いつもと違う笑顔に変わっていることを夢見て。


(まだ、終われない、、、)


引きずりこまれていく意識。それでもまだ光を探す。暗闇の中で泳ぐ意識はそのうち、一つの光をとらえた。


(あ、、、)


無我夢中で光を目指す。その光はだんだんと大きくなって、やがて全てを包み込んだ。


*****************************************


「ん、、、」


肌に熱を感じる。風にまぶたをこすられて立花恵はゆっくり目を開けた。


青い空が広がっていた。目の前の景色に視界がゆがむ。


(ああ、死んだのか)


涙がつたって耳に入る。いつもの感覚だ。死んでるのに。


「起きて早々にナニ泣いてんだ?」


横から声が聞こえた。顔をかたむける。色白だが活発そうな短髪の少年がこちらをのぞき込んでいた。


「ここは、、」


「ん。コスモワールドだよ。天国だと思った?」


「天国じゃないの?」


「まあ、無理もないよな。ここは元いた世界とつながっているもう一つの世界。俺たちは死を目前にした時、もう一つの身体を得てこの世界に現れる。一部の子どもだけな」


「よく分からないけど、死んでないの?」


「死んでないよ」


ぼうぜんと空を見る。風が涙を乾かしていく冷たさがまるで信じられない。


「とりあえず起き上がれよ。心臓の病気でずっと寝たきりだったみたいだけど、今はおれの水の能力で心臓は問題なく動いてるし」


「え?」


少年に背中を支えられるままに身体を起こす。不思議だ。身体が軽い。


「ここは重力が軽いだろ。おれはユウゴ。お前は?」


「、、ケイ」


「よろしく!」


ガッチリ握手をするユウゴの手は熱く、この世界が夢なのか何なのかよく分からなくなってきた。でも、


「死んでないっていうなら、元の世界に戻れないの?」


「戻れなくはないだろうけど、今戻っても死ぬ運命から逃れられないぞ」


「どういうこと?」


「ケイは病で死ぬ寸前の状態でこっちに来た。俺もだけど。俺たちの元の身体は今も元いた世界で生死の境をさまよってる。その命をつなぎとめて、なおかつ病を治癒した状態まで運命を塗りかえてから戻らないとこの世界に来た意味がない。この世界でのことは元いた世界へ影響するんだ。まあ、そのうち分かるって」


「う、ん、、」


周りを見渡すと、草原に包まれた巨大な球がいくつも浮かんでいるのが見える。まるでミニチュアの地球だ。自分が今いるこの場所もそうなのだろうか。元いた世界ではありえない光景に、ユウゴの言った"コスモワールド"という言葉が浮かぶ。


ふいに、ユウゴが立ち上がった。


「あ!いきなりか」


気づくと目の前に黒いシミがあった。それが見る間に広がり穴のようになる。その奥から目をギラつかせて何かがうごめいていた。


自分をかばうように立つユウゴ。その顔面にめがけて黒い泥のようなものが飛んでくる。


「マーズ!」


ユウゴが叫ぶと同時にその右手から炎がたぎり、右手を振った軌道に沿って炎の壁が出来た。泥は壁をこえられずに消滅する。


そのままユウゴは炎を握ったこぶしを穴に向かって叩きつける。


ジュッと音がして、後には何も変わらない地面があった。


「今のは?」


「黒トカゲだよ。俺たちが退治していかないといけない害虫さ。あいつらが星に黒点をつくるとスターフラワーが咲かないし、あいつら、スターフラワーを食っちまうんだ」


「スターフラワー?」


ユウゴはしゃがみ込むと腰につけているポシェットから何かを取り出し、手のひらにキラキラ光る粒をのせてみせた。


「これはスターシード。スターフラワーの種だ。俺たちの目的は、出来るだけ多くの星々にスターフラワーを咲かせて、さっきみたいな黒い穴、黒点が出ないようにすること。そうすることで世界全体のエネルギーを上昇させて、一緒に俺たちの運命も変える。この種はケイもこっちへ現れる時に持ってるはずだ。見てみろよ」


言われて気づいた。服装が変わっている。その腰には茶色いポシェットがくっついていた。開けて手を入れると、中でサラサラと種が音をたてる。植物の種にしてはやたら固い気がする。


「お、ケイ、けっこう持ってるじゃん!意志が強いんだな」


「え?」


「スターシードは人の意志の結晶なんだ。死ぬ間際の、生きたいって意志が強いほどできる種の量も多くなる」


(これが生きたいと願った証)


ポシェットの中の感触に不思議な感慨を覚える。


「その種が芽吹くと芽吹いた先の星のエネルギーは上昇し、その星とリンクしている人間の状態も良くなる。星は人の心そのものだからな。さっそく植えよう、この星に。これはケイの星だからな」


「そうなのか?」


「そりゃそうさ。ここからケイは出てきたんだから」


ユウゴはそう言って、さっき黒点が現れた場所にスターシードを埋める。


「不思議と、黒点が出た場所の方がスターフラワーが咲きやすいんだ」


そして「マーキュリー」とつぶやいて、両手をすくうような形にして地面に傾けると水が両手からわきだして地面を濡らした。


ふり返ってニッ、と笑うユウゴ。まだよく分かってないけど、


「運命を変えるには、他の星にもスターシードを埋めて、スターフラワーを咲かせればいいんだね」


「そうそう。でもそれには惑星のチカラも借りないとな。俺が手から炎や水を出したの見たろ?あれは惑星と契約してチカラを得たからなんだ」


「契約、、」


「行けば分かるよ。まずは水星に会いに行こう。ケイの心臓の病を補うには水の能力が必要だ。ずっと俺が肩代わりするわけにもいかないから」


ユウゴに手を引かれ立ち上がる。足の裏に草を踏む感触がこそばゆい。


と、ユウゴが地面を強く蹴った。


すると、身体が大きく浮かび上がり、その腕に引っ張られて自分の身体も浮き上がる。


そのまま星の間を縫うように空中を泳ぎ始めた。


「俺、仲間が増えてめちゃくちゃ嬉しいよ。すげー気持ちがはやってる!」


ユウゴが振り返ってはにかんだ。


その顔が眩しくて、こういうの何年ぶりだろう、とケイはポツンと思った。



星と星の間はケイの知ってる宇宙と異なり、すごく近い。それぞれに草木が生えていたり、かと思えば一面海になっていて魚が泳いでいたり、中にはピンクの地面にハリネズミが寝ている星もあって、人の心そのものがカタチになって浮かんでいるのかと思うと、そのたくさんの景色に圧倒される。


しばらくすると、ひときわ大きな黒っぽい星が見えてきた。


「あれが水星だよ」


ユウゴが指差す。


会うって挨拶でもするんだろうかと思いながら、ケイはそのザラザラしてそうな肌を眺める。



不意に、影に入った。途端、ユウゴが握っていた手を強く引っ張り、ケイを前へ押し出す。


なにが起きたのか振り返ると、背後に先程よりもずっと大きな、体長2メートルほどの黒トカゲがユウゴに覆いかぶさろうとしていた。


「マーズ!」


叫ぶユウゴ。その声に呼応するように炎が右手から吹き上がるが、その大きさは黒トカゲに足りない。


黒トカゲは炎をうるさそうに避けているが、目はギラギラとケイの方を見て近づこうとしている。


「コイツ、ケイのスターシードを狙ってるんだ!」


このまま、ユウゴがどうにかしてくれるのを待つのか、と疑問が湧いた。


ユウゴの左手はずっとケイの方に開かれている。もしかして、ケイの心臓を補助する方にもチカラを割いているために黒トカゲに決定打を与えられずにいるんじゃないか。


ずっと誰かがしてくれることをただ見ていた。でも今は、これまでとは状況が違う。


今の自分には選べる自由がある!


(使う?)



不意に頭の中で女性の声がした。


「え?」


(使う?水のチカラ)


声とともに、頭の中に水の流れる音がする。その流れがだんだん近づいてくるのがわかった。


(流れに身をまかせて)


「マーキュリー!」


声に導かれるまま、ケイは叫んでいた。

右手で水をつかみ、黒トカゲの首を狙って振りかぶる。弧を描くように水がほとばしり、黒トカゲの首を落とした。


「ナイス!」


続けてユウゴが右足を大きく振りかぶって、横薙ぎに黒トカゲの胴をえぐる。


黒トカゲはそれでもまだバタバタとのたうち回っていたが、そのうち灰のように散り散りになって崩れていった。


と、その奥に別の影がのぞいた。人、自分たちと同じ子どものような背丈。


しかし、その影はフッと消えた。見間違いだったんだろうか。


「やったな!初めてであんだけやれんのはびっくりだぜ!」


ユウゴとグータッチをする。そこへ、


(ありがとう)


と声が頭の中に聞こえた。振り返ると水色の髪をした女性が微笑んでいた。


「マーキュリー!ケイと契約してくれたんだね!」


(優しい子だってわかったから。それに私のチカラが必要な身体だってことも)


「ユウゴもだけど、なんで僕の心臓の病気のことが分かったの?」


「水星の水のチカラには千里眼のチカラもあるから。星を通してその人のことがわかるんだ。俺は直接触れないとわかんないけど」


「へえ」


(でもちょうど来てくれて助かったわ。いきなり大きな黒点が私にできるなんてビックリ)


「え!今の黒トカゲは水星から出てきたものだったのか。早くふさがないと。来いよ、ケイ!」


ユウゴはサッと飛び上がっていった。

慌ててついていく。さっきまではやはりユウゴのおかげで動けていたらしい。

今は直接水星のエネルギーが流れているからか、少しあった胸のつかえが全くない。


ユウゴのマネをして飛び上がる。

腕を、足を、思う存分伸ばしきって宙を蹴っていることが気持ちいい。



着くとそこには、自分の星にできた穴よりもずっと大きい、直径1メートル程の暗闇がのぞいていた。


「こんだけ大きいとやりがいがあるぜ。見てろよ、俺の得意技を見せてやる!マーズ!」


ボッとユウゴの全身を炎が包み、上へ燃え上がったかと思うと、火球が降ってきた。


穴に向かって思いきりよくドロップキックを決めるユウゴ。


穴はジュウッと音を立ててじめんに焼きつき、黒いシミになっていく。そのシミもジリジリと消えていった。


「うし!完了!」


ユウゴは穴があったところにスターシードを埋めた。


「ケイ、もう一度チカラを使って水をかけてあげなよ」


「うん。マーキュリー」


そろえた両手にエネルギーが伝ってくるのがわかる。水のきらめきが両手にあふれ、地面に注がれる。その流れをみながら、ケイはこの命の流れが自分にも流れているのだと愛おしく思った。


「ん?、、あ!」


ユウゴが地面に向かって指さしている。気づくと種が埋まったところから、白い光があふれ始めていた。


「白点だ!」


直径50センチほどの白い光の泉ができあがった。


「入ろうぜ!」


そう言うとユウゴはスルリと光の中へ入ってしまった。


恐る恐る足を入れてみる。空を切るようで、何も足に当たらない。思い切って飛びこんだ。


一瞬真っ白になったかと思うと、徐々に視界が開けてきて、そこは鏡のような湖面に綿毛が咲いた湖が広がっていた。


綿毛が水を弾いて光っている。


「スターフラワーがこんなに咲いてるとこ見たの初めてだよ」


ユウゴが綿毛を一輪持ってきて見せてくれた。手のひらに収まりきらないくらいの大きさ。上から見ると星のカタチに綿毛がのびている。


「白点の中にスターフラワーが咲くのか」


「そう。星によって白点の中の様子は違うんだけど、どれもキレイなんだ。ここは水星だから、マーキュリーの穏やかな心が反映されてるみたいだね」


(そう言ってもらえるとうれしいわ)


マーキュリーが横でコロコロと笑っていた。


「いくつかもらっておいて、あとは風にのせて他の星に運ぼう、ウラノス!」


ユウゴの呼び声に合わせて、風がどこからか寄り集まって綿毛をフワリとすくい取って空へ舞い上げる。太陽のような白い光に向かって綿毛は踊りながら昇っていく。


「これまで、なかなか仲間が集まらなかったけど、ケイがこっちへやって来た途端に色んなことが動き出してるみたいだ」


空を見上げながら、ユウゴは目を輝かせて言った。

ケイはその横顔を見ながら、これからどんなことが待っているんだろうと不安と期待が入り混じる。


運命を変えるって途方もないこと、本当にできるのか、まだまだわからないことだらけだ。それでも、、


(母さん、母さんと他のみんなのためにできること、見つけたと思う)


ケイは空を見上げて少し笑ってみる。

空は綿毛にキラキラと輝きながら微笑み返してくれたような気がした。




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