傀逅~Light for Tomorrow~
@Mowyan228
第1話 今までと、これからと。
波木和太と音蒔司。
2人が世界を救ったあの日から、数日が過ぎた。
夢のような、地獄のような、誰にも真似出来ない体験。
思い出したいような、思い出したくないような、不思議な思い出。
今こうして自分達が生きているのも、本当は夢なのではないかと疑いたくなるような。今、本当に生きているのかどうかすらも分からなくなるような、壮絶で、日常とはかけ離れた時間。
そんな日々から急に日常に放り出され、数日が過ぎた。刺激的とはとても言えないが、自分達が救った世界、勝ち取った日常と思えば、どんな退屈も愛おしいだろう。
何より、大切な人が傍に居る。それがどれだけ幸せなのかというのは、失って初めて分かる事なのだな、と。
音蒔司は、相変わらず守希にちょっかいをかけながら、そんな喜びを噛み締めていた。
時は少しだけ遡る。
崩壊した街は手の付け所がなかなか定まらず、少しずつ復興への道筋は見えてきたものの、普通に暮らせるようになるまでは、まだまだ遠い。
とりわけ、住む所を失った人々は多い。羽星市から引っ越す人や近隣の知り合いを頼る人も居れば、無事だったホテルや避難場所に指定されている建物に身を寄せ合って生活する人も多かった。
そして、かくいう音蒔司と厚芝守希の2人も、住む所を失った側の人間であった。
厳密に言えば、失ったわけではないのだが。司が守希と共に見た住処の姿は、吹き飛ばされた玄関扉、窓よりひと回り大きくぽっかりと開いた穴、部屋の真ん中では爆発でも起こったのかというような焦げ跡と吹き飛んだ床、小さな穴だらけになった家具や壁と、散々なものだった。
大家が言うには、周りの部屋は無事だったが、何故かこの部屋だけこんな事になっていた、と。
修復の手配はしたから、すまないけど待ってもらうしかないねぇ……と聞き固まる守希を横目に、司は半分は自分がやったなぁと思い返していた。
「どうしよう、なんでこんな……ホテルなんか今は被災者さん達で満員だし……でもこれもう私達も被災してるし……」
司はううう、と頭を抱えたり、あー……と肩を落としたり、落ち込んでちゃダメだ!と急に元気になったりする守希のリアクションを楽しみながら、ふと波木和太の顔を思い浮かべていた。
一緒に世界を救った相棒。探偵をやっていると言っていたが、そういえば連絡先を交換していたな、と携帯を見れば、連絡先にはちゃんと波木の名前が残っていた。
アイボットの事といい、訳も分からないところで目覚めた事といい、自分達を生き返らせてくれたあの妙なものは、こういうところ雑だなと苦笑いを浮かべながらまた感謝し、司は電話をかける。
「ねえ波木さん、相談したい事があるから事務所に行ってもいい?」
「あ?なんだ藪から棒に……相談って、まあいいけどよ」
「ありがとう、詳しい事は行ってから話すから。じゃあ、準備して向かうわ」
1分足らずの会話を終えると、司は相変わらずコロコロと表情を変えている守希の肩を叩き。
「守希、大丈夫。私にいい考えがある」
と言って、無事だった衣服や日用品などをバッグに詰め、戸惑う守希を引き連れて波木和太の事務所に向かったのだった。
司が波木探偵事務所のインターホンを押すと、奥からはーい、という朗らかな声と共にパタパタと軽い足音が聞こえた。少しして開かれたドアの向こうで、執事のような服を着た色白の青年が、いらっしゃいませ、とにこやかに2人を迎える。
波木和太の助手、平和島幸喜。
司にすれば、幸喜に関しては霊憑き病で苦しんでいた姿の方が印象に残っていた。額に脂汗を浮かべ、蒼白な顔は苦痛で歪み、今にも消えてしまいそうな儚い姿。
だが改めて見てみると、確かに華奢ではあるが意外と背は高く、執事服ににこやかな顔、穏やかな口調が相俟って、包み込まれるような優しさを感じる青年だ。
彼女からすれば何とも感慨深いものがあった。
あの子はこんな風に笑うんだ、と、自然と司の顔が綻ぶ。幸喜はと言うと、初対面の女性に無表情で見つめられたかと思えば突然微笑まれ、え、あ、あの……?と、はにかんでいた。
そんな時、不意に。
「おいお前ら、入口で何してんだ。さっさと入れよ」
奥から、司がよく知る声がした。
司の人生で、恐らく1番耳に残っているであろう、共に死線をくぐり抜けた相棒の。波木和太の、ぶっきらぼうな声だ。
「あっ、すみません先輩。ご案内します、こちらへどうぞ」
その声でハッと我に返った幸喜が、慌てて司と守希を応接室のソファーへと案内する。
応接室には、煙草をくわえた和太がソファーに腰掛けていた。知らぬ仲ならそうはしないだろうが、和太からしても司は相棒であり、互いの性格からしても、互いが気の置けない相手だった。
そんな和太は司を横目で見つつ、よぉ、と一声かけたかと思うと、両手にバッグを持ち背中にリュックサックを背負った姿の彼女を2度見したのだった。
二人が幸喜に促され、荷物を置いてソファーに腰を下ろすと、幸喜はコーヒー淹れてきますね、と給湯室へ向かった。何の遠慮も無しに深々と座る司に対し、守希は端の方に浅く、ちょこんと腰かける。
元々の男嫌いもあるが、会ったこともない相手の、しかも優し気な幸喜ならまだしも、190cm近くあり目つきもよろしくない和太の風体は流石に怖かったようで、顔を伏せてちらちらと司の方を伺っていた。
波木が口を開く。
「おい、お前これ――」
「波木さん、しばらくここに泊めて」
司が和太の言葉を遮るように言い放つと、事務所内は静寂に包まれた。
コーヒーの用意をしていた幸喜の身体が強張る。守希は目をぱちくりさせて、向かい合う二人の顔を交互に追い続けている。あっけにとられた様子の和太が咥えた煙草から、ポトリと灰が落ちた。
「……は?」
やっとの思いで、和太が言葉を絞り出す。
未だに固まっている3人をよそに、司は家が荒らされていてとても住める状況ではない事を淡々と話し始めた。
和太には聞き覚えのある話だった。幸喜が霊憑き病を発症し、困って司に電話したあの時、そういえばそんな事を言っていたような気がした。
気が動転していてはっきりとは覚えていなかったが、改めて話を聞くにつれて酷い有様であることが分かるとともに、半分くらい司がやっていそうだなと、複雑な表情を浮かべていた。
まあ、自分が司の立場でも、家のことなど気にもしないだろうな、と和太がひと息ついたところに、どうぞ、と幸喜がコーヒーを用意して3人に出し、
「先輩、困っておられるみたいですし、ちょうど一部屋空いてますし。お知り合いなら良いんじゃないでしょうか?」
と言って和太の後ろに控えるように立った。
「あのなぁ、うちはホテルでも民宿でもねえぞ」
あきれ顔で頭を掻きながら振り返る和太。幸喜にまあまあ、となだめられると、ため息をつきうーん、と唸る。
和太としては理由が理由なだけに断るのも気が引けた。うちはホテルじゃないとは言ったが、宿泊施設はどこももう部屋が埋まっているはずだ。警察官なら民間人を優先するというのも分かるし、最悪勤務先に宿直室はあるだろうが、それでは流石に守希が可哀想である。
考えるにつれて、成程、自分へ声を掛けるほど困っていたか、という答えに行きついた。よく考えたら、司なら守希を一人ここに預けて、自分は宿直室へ行くくらいの事はやってもおかしくない。自分でもそうするかもしれないと思うからだ。
「まあ、お前がそういうなら良いんだけどよ……人数増えて大変なのお前だし。じゃあ、二人同じ部屋だけど、それでいいか?」
幸喜が何故か乗り気な事もあり、家事担当が良いというのであれば、空き部屋を一つ貸したとて損をするわけでもないか、と。またひとつ溜息をついた和太が、やれやれ、という風に切り出すと、
「い、良いんですか!?ありがとうございます!!」
不安そうに座り縮こまっていた守希の顔が、途端にぱあっと明るくなって、良かったよぉぉ!と司に抱き着く。司ははいはい、よかったわねと空返事をしながら、和弘に向けてにっこりと微笑んだ。見た記憶のない司の笑顔に、和太は不思議と言い様の無い悪寒を感じていたのだった。
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