Precious Memories

@MicheleMeilland

第1話 私にしかできないこと


朝起きたら、知らないところにいた。天井がやけに高くて、きらびやか。

そっか、私夢見てるんだ。

もう一度寝なおそうとしたけど、やけにまぶしい。カーテン開いてるのかな? 今、何時だろう?

「よかった、目覚められたみたいですね」

枕元で男の子の声が聞こえた。ほっとしたような、甘い声。

思わず私は目を開けて、声の方向を確認した。

どういうこと?

私が今寝てるのは大きなベッド。金の糸で刺繍がほどこされた掛布団。

寝台っていうのかな、ベッドに柱とカーテンがついてる。

明らかに、わたしのベッドじゃない。

周りには同じ年齢くらいの男の子。

彼らがずらりと取り囲んでる。

自分が置かれている状況が理解できなくて、私はパニックになった。

もしかして、不法侵入? 

「なんでわたしの部屋にいるの?!」

「ここはお前の部屋じゃない。我が主君が所有するシャトー、アリエスの間だ」

鋭い目つきの金髪の男の子が、ため息をつきながらそう告げた。

落ち着いて周りを観察した私は、自分が知らない部屋にいることに気づく。

広い部屋の中心にはクリスタルがきらめくシャンデリアがつるされ、天井には西洋絵画が描かれている。

「占い師の方に対して、その言葉遣いはどうかと思いますけど・・・」

赤毛の小柄な男の子が、そっとたしなめる。

「こいつが占い師? ただの子どもじゃないか」

金髪の男の子は、不満そうに私を見てる。

その言葉にむかついた私は、思わず言い返した。

「あんただって子どもじゃん!」

「何だと? 俺は騎士見習いのレオン。もう13歳だ」

レオンは鋭い目つきで私をにらみつける。深い青色の瞳がゆらめいた。

「私だって13歳だもん」

つい反射的に言い返してしまう。

「あの、とりあえず、説明させていただけませんか?僕はノアと言います。驚かれたと思いますが、あなたはこの国の占い師として選ばれたんです。」

ノアが優しく私に語り掛ける。この子は私よりも年下みたい。

つやつやの赤毛がふんわりとカールしてる。

「占い師って・・・私はただの中学生だけど」

「別世界から一人の占い師が現れるって、predictionがあったんだよね」

茶髪の男の子が、ベッドの横にある椅子に腰かけた。

「ぷれ・・・何?」

「お告げってこと。今日こうして君が来ること、オレたちにはわかってた。オレはアイザック。こいつらと同じ、騎士見習いやってる。君よりひとつ年上だな。ねえ、名前なんていうの?」

アイザックは人懐っこい笑顔で、私に笑いかけた。

さっきからかっこいい子ばかり登場するけど、ドッキリだったりする?

目の前に、映画みたいな光景が広がっている。

「私は花音」

「花音さん。身支度を整えられてから、またお話させていただけませんか? まだ起きたばかりで混乱されているとおもいますから。ほら、行きましょう」

ノアが、ベッド横に立ってるレオンたちに声をかける。

「俺だって、レディー相手ならもう少し気をつかう。なんでこんなやつ相手に」

「あんたみたいなガキに言われたくないんだけど」



私は周りの人に案内されて、広いお城の中を移動した。

豪華な建物。美術館みたいだ。

額縁に入った絵が飾られていたり、いかにも高価そうな調度品があちこちに置いてある。テレビで見た、ヨーロッパのお城って感じ。

大きなテーブルのある部屋、さっきの子たちが熱心に話し合っている。

「やっぱり、手違いなんじゃないか?」

「いえ、お告げに例外はないはずです・・・」

そっと会話を聞いていると、つい前のめりになってしまったみたい。扉がきしんだ音をたてる。

一斉にみんながこっちを向いた。

眼鏡をかけた男の子が笑顔で近づいてきた。他の子よりも年上。アイザックよりもさらに背が高くて、肩まで伸びた黒髪を結わえている。

「お嬢さん、お名前をお聞きしても?」

「花音ですけど」

「花音どの。私はジョセフ。突然のことで驚かれているだろうが、どうか聞いてほしい」

「あの、ここどこですか? 見た感じ、ヨーロッパに似てるけど。もしかして・・・誘拐?」

誘拐にしてはやけに待遇がいい。豪華なお城の中は、あちこちに薔薇がいけられてるし。自由にうろつくこともできる。

「とんでもない。あなたの力を借りたいだけなんだ。花音どのには、占い師として未来を見ていただきたい」

ジョセフは白手袋をつけた手を優雅にひらめかせる。

何それ? 

「私が、占うってこと?」

「その通り」

笑みを浮かべたジョセフが、眼鏡をかけなおした。

「いや、無理だって。私、占いなんかしたことないし! なんで私なんの?」

テレビの占いを眺めたことがあるくらい。全然くわしくない。

この国? 突然そんなこと言われても、正直興味がわかないもん。

つまらないし、全然やる気が起こらない。学校の宿題みたい。

国がかかってるとか言われても、そんなこと中学1年生にできるわけないじゃん!

この部屋にいるみんな、じっと私に注目してる。できるのか、って不安そうな顔してる気がする。

本当、今すぐここから逃げ出したい。

私は手の平に爪が食い込むくらいに、こぶしを強くにぎった。

「そんな逃げ腰でどうするんだ。簡単に役目を投げ出されてはこまる」

何、こいつ。一瞬かっこいいって思ったけど、前言撤回。まじで嫌なやつ。

顔はきれいだけど性格は最悪じゃん。むかつく。

「まあまあ、花音どのにも事情があるだろう。まだのみこめていないようだし、そう急かさなくてもよいのでは?」

ジョセフは苦笑いした。

「こいつが占い師に選ばれたんだったら、一刻も早く役目を果たしてもらわないと」

レオンは強い口調で言い切る。

聞いてるうちに、私はなんだかいらいらしてきた。

「私だって、占い師になりたいわけじゃないのに、なんでそこまで言われないといけないわけ? 大体、なりたいんなら自分がなればいいじゃん! そうやって文句ばっかり言ってないで、自分がうまくできると思うなら今すぐやれば?!」

やっちゃった・・・。

部屋の空気が凍りついたみたい。しんと静まり返ってる。

気まずくて、私は部屋から飛び出した。

一人になりたくて、広いお城の中をうろうろ歩き回る。

あ、扉が開いてる。ここから中庭に出られるみたい。

外に出た瞬間、太陽の日差しがまぶしくて思わず目を細めた。

きれいに手入れされたお庭を見ているうちに、少しだけ気持ちが和らいだ。

「花音ちゃん」

急に後ろから声をかけられて、私は飛び上がりそうになった。

「誰?」

「ごめん、ごめん。そんなにびっくりしないで」

アイザックが薔薇のアーチから現れる。

「アイザック、だよね」

「覚えてくれたんだ。さっきの、すごかったな」

「もしかして・・・連れ戻しに来たの?」

少し身構えてしまう。

「いや、オレはどうでもいいんだ。占い師とかそんなの。ただ、花音ちゃんと話したかっただけ。さっきのレオンの顔、おもしろかったよな」

アイザックはにやついてる。からかわれてるのか、よくわからない。

「あのさ・・・レオンがあんなにむきになってるのは、占い師になりたいからじゃないかな? 自分の方がわかってる、って言いたいんじゃない?」

「どうだろうねえ。占い師はなりたいとかそういうものじゃなくて、決められるものだからな。先代の占い師が一人の名前を告げる。それが、花音ちゃんだった。だからレオンだってわかってると思うけど。花音ちゃん以外につとまる人はいないって」

「そんな、勝手に決められるなんて・・・」

「オレなんかは、誰が占い師やっても変わらないって思ってるし。オレ以外だったら、誰でもいいな。だって占い師とか、絶対損じゃない? 時間と労力とられるし、もし悪いことが怒ったら、占い師のせいになるんだろ?最悪じゃん」

きっぱり言い切ったアイザックは、思いきり顔をしかめた。

「私もそう思ってるよ。だから、最初からやりたくないって言ってるじゃない!」

「でも花音ちゃん、意外と向いてるんじゃない?」

「そんなわけないじゃん」

「さっき花音ちゃんが怒鳴ったとき、みんなぴたっと止まってたし。影響力抜群」

「もう、やめてよ」

思い出すだけで、頭をかかえたくなる。黒歴史がどんどん更新されていく。

さっきからため息が止まらない。

シャツ一枚だから、肌寒くなってきた。体がぶるっと震える。

広大な庭園を見ているうちに、信じられないくらいに心細くなった。

いきなりこんな知らない世界に連れてこられて、占い師になれなんて言われて。

早く帰りたいのに。頭の中でどす黒い感情が渦巻いてる。

なんで私がこんな目にあわなきゃいけないの?

どうして私なんだろうって、怒りがこみ上げてくる。

あんなにつまらないと思ってた家に帰りたいと思うなんて。

親や友達に会いたくて仕方がない。

知らない人だらけで、泣いてしまいそうだ。

「でもさ、選ばれて今ここにいるってことは、花音ちゃんなら占うことができるから。だと思うんだけど」

「・・・うん」

私の気持ちが落ち着くまで、アイザックはずっと隣で待っていてくれた。


私が部屋に入った瞬間、レオンが立ち上がった。

私は目を合わせないように、部屋の奥に移動する。

「花音さん、戻ってきてくれてよかった。今探しに行こうとしていたんだよ」

ジョセフが私を気遣うように、ほほ笑んだ。

「待たせちゃってごめんね。みんな、私のことを占い師だと認めてないのは知ってる。私だって、全然やりたくないもん。まじでつまんなさそうだし、責任重すぎだし。正直こんなところ、いたくない。早くうちに帰りたいって思ってる」

レオンが、むっとした顔で立ち上がろうとする。

隣のアイザックが、そっと手で制した。

「でも、しなきゃいけないこと。私にしかできないことなら、全力で頑張ろうって決めたの。だから、みんなも協力してほしい。私が家に帰るためには、ここでの役割を果たさないといけないみたいだし」

私は覚悟を決めた。うちに帰るためだもん。仕方ない。

「いいねえ。かっこいいじゃん」

アイザックが嬉しそうに拍手する。

「あの、花音さんなら必ずできるって、信じてます。」

ノアが、ふわっと顔をほころばせた。

「俺たちが従うのは先代の言葉だからな」

レオンが凛とした声で宣言した。

「占い師って言っても、全然わかんないんだけど。これから、何をすればいいの?」

「えっと、僕らの、この国の未来を占って欲しいんです・・・」

ノアが両手を組んで、神妙な顔をした。

「そんな壮大なこと、できるわけなくない?」

「今夜、この国で儀式が執り行われる。先代の占い師は、儀式の最中に一人の命が永遠に失われると予言した」

レオンの言葉を聞いて、思わず耳を疑った。

「何それ? 冗談でしょ」

否定してほしくてみんなの顔を見たけど、誰も笑ってない。

レオンが淡々と告げるから、余計に怖くなった。

「占い師の占いが外れたことは、一度もありません」

ノアは悲しそうに、唇をかんだ。

聞いているうちに、ある疑問がわいてきた。

「待って、ここには、もうすでに占い師がいるってことでしょ? なら、その人に頼めばいいじゃん。私に頼まなくてもいいんじゃない?」

思いついた瞬間、ぱっと気分が明るくなった。そうだよ! もしかして、私がしなくてもいいんじゃない?

「そうできればよかったんだが、先代の占い師は、昨晩亡くなってね」

ジョセフがくやしそうな表情を浮かべた。

「オレたち、花音ちゃんがここに来るのも、聞いてたんだ。先代の命がもう長くないってことも全部」

「まあ、くれぐれも用心したまえ。何が起きるかわからないからね。花音どのは、できることをすればいいだけだ」

ジョセフが白い手袋をつけた手を組んだ。


その瞬間、頭の中で映画が上映されてるみたいに、くっきりとした映像が見えた。

人が倒れてる。教会かな? 大理石の床、高い天井、ステンドグラスが見える。

大勢の人が慌てふためき、騒然としてる。

私は見てるだけなのに、怖くてたまらない。

倒れてる人の顔を見て、私は叫びそうになった。あれはたしかに、レオンだ。

頭の中で見た映像があまりにリアルで、心臓がばくばく音をたてている。

もしかして、これがお告げ?

頭の中で疑似体験しただけなのに、こんなにも手が震えてる。

もし目の前で同じことが起きたら? 背中がぞくっとした。冷や汗が止まらない。

「どうされたんですか?」

ノアが、心配そうな顔で私を見てる。

「花音ちゃん、話してる途中にいきなり動かなくなるんだもん。あせったよ」

アイザックが私の目の前で、手をひらひらと動かした。

「もしかして、未来が見えたのか?」

レオンが目を見開いて、私に問いかける。

「多分、そうだと思う・・・。こんなこと言って、変だと思われるかもしれないんだけど」

私は見た内容について話すのをためらってしまった。

こんなこと、誰が信じてくれるの?

「いや、気にしないで話してくれ。先代の占い師も同じだった。いきなり時が止まったように黙り込むんだ。未来を見ている瞬間は、どこか別の世界にいるようだった」

レオンがうつむくと、まっすぐな金髪が光を反射して光った。

「私が見たのは、ステンドグラスがある教会の建物の中・・・レオンが、倒れてたの」

「そんな・・・」

ノアが、はっと息をのんだ。

「それさ、誰がレオンを、とかわかる?」

アイザックが身を乗り出してたずねる。

「ごめん、そこまでは見えなかった。私が見たのは、倒れてるレオンだけ。茶色い石の床の上で、赤いフードみたいな服を着てた」

もっとしっかり周りの様子を見ておけばよかった。

「結論から言うと、いなくなるのは俺らしい。今夜行われる儀式の最中に狙われるということだな。場所も一致してる」

レオンは少しも慌てず平然としてる。

「ねえ、いつどこで起きるってわかってるんだし、レオンがどこか安全な場所で隠れてればいい話じゃないの?」

「僕も、そう思います。」

ノアが勢いよく手をあげて賛成した。赤毛がぴょこんとはねる。

レオンは口元に手をあてて、考え込んだ。

「この城の中に裏切者がいるということは、もうわかっているんだ。そいつが儀式の最中に俺を狙いに来るなら、捕まえる絶好の機会だ。もし、今夜あぶりだすことができたら・・・」

「先代の言葉を思い出してください。レオンさんの存在が国にとって不可欠だと言ったんですよ。レオンさんが生きていれば、裏切者を見つける次の機会がかならず来るはずです。まずは命を優先してください。お願いします!」

ノアは必死の口調でレオンにすがりつく。

「・・・わかった」

レオンは渋々頷いた。全然納得できてないって顔だけど。

年下の子にここまで言われちゃったら、反論出来ないみたいだ。

「だが、狙われるのが主君ではないというのがわかって、だいぶ気が楽になった。俺が犠牲になってこの国が栄えるというお告げなら、話はもっと単純なのに」

レオンが皮肉めいた口調でつぶやく。

「犠牲とか、簡単に言わないでよ!」

私は気持ちをこらえきれなくて、大きな声をあげてしまった。涙が止まらない。

「どうしてお前が泣くんだ。関係ないのに」

「何その言い方! 勝手に連れてきといて関係ないとか、なくない? もう、思いっきり首突っ込んじゃってるし!」

私は涙をぐいっとふいて、大きく息をすった。

「お前のおかげで、儀式の最中に俺の身に起きることがわかった。これは、こちら側に有利にはたらくはずだ。儀式までにやることは山ほどある、支度するぞ」

レオンが私たちに呼びかける。

「了解。なあ、絶対に無茶はするなよ」

アイザックが眉間にしわをよせて、レオンに忠告する。

「ああ、悪い未来なら変えればいい。花音が見た最悪の未来を、回避する方法を考えよう」

レオンはきっぱりと言い切った。当然って感じの言い方。

その顔がかっこよくて、私はレオンから目がはなせなかった。


レオンは兵士と一緒に、儀式の準備をするために部屋を出ていく。

私はアイザックと一緒に、レオンを助けるための方法について話し合うことにした。

「自分が危険な目にあうってわかってるのに、なんであんなに強いんだろうね?」

不思議でたまらなかった。自分が被害にあう、なんて予言されたのに。どうしてあんなに前向きなの?

「先代が言ってたんだけど、レオンの存在がこの国の存亡を大きくわけるらしいんだ。あいつ、自分のことどうでもいいって思ってるみたいなんだよね。捨て身なところがあるというか・・・自分が犠牲になることでこの国が救われるなら、それでいい。とか本気で言うんだ。占いの結果によっては、あっさり犠牲になろうとしてたと思う。ほんと、理解出来ないよな」

アイザックが、くやしそうな顔をした。レオンのこと、大事に思ってるんだろうな。

「この国の存続とか言われてもわかんないけど・・・私、レオンにはまだずっと元気でいてほしいよ。むかつくやつだけど、本当にみんなのこと考えてるみたいだし」

「なんか嬉しいな。俺もそう思う。口は悪いけど、結構いいやつなんだ」

アイザックは照れくさそうに鼻をこする。

その表情は、普段より少し子どもっぽく見えた。


儀式の開始時間が、刻々と迫る。

心臓に重りがつめこまれたみたいに、息が苦しい。

会場は、ステンドグラスのある大聖堂。

天井が高くて、見上げていると首が痛くなりそうだ。

4階建ての校舎が丸ごと入ってしまいそうなほど広い。

今夜の儀式には、占い師として私も出席する。こういう儀式って初めてだから、緊張で手に汗をかいてきた。

「お、似合ってんじゃん!」

アイザックがはしゃいだ声をあげて、私に近づいてきた。

「これ、動きにくいよ」

儀式の衣装に着替えた私は、顔にレースみたいな布をたらしている。

花嫁がかぶるヴェールみたい。

「儀式の決まり事なんです。少しがまんしてくださいね」

フードのような衣装を着たノアが、申し訳なさそうな顔をした。

私は身長と同じくらいの、大きな燭台にはさまれてスタンバイした。

大聖堂の中、鐘の音が鳴り響く。おごそかな雰囲気だ。

お香のようなものが焚かれていて、辺りは少し煙たい。

みんなフードをかぶってうつむいている。

袖の長い服に身をつつんだ神父さんが、歌うように唱え始めた。

アイザックやノアも一緒に歌い始める。

私はどきどきしながら、集まった人たちをじっくり観察した。


巨大な大聖堂の奥にある祭壇は、かなり高くなってる。

二階建ての屋根くらいの高さ。

見ているだけで、足がすくんでしまいそうになる。

祭壇の上にいる人たち、怖くないのかな。

祭壇に並ぶ人たちの一人が、被っているフードをめくり、素顔を見せた。

うそ、なんでレオンがいるの?!

私はパニックになった。

レオンは、兵士と一緒に大聖堂の外で待機してるはずだったのに。

お告げを回避するため、大聖堂には立ち入らないって約束したレオンが、祭壇に立っている。


顔を見せたレオンに、近づく人影が見える。

ジョセフだ。

ジョセフに気づいたレオンは、彼をきつくにらみつけた。

「主君の命を狙っていたのは、お前だったのか。ジョセフ」

「何がこの国のためだ。うっとおしい。お前たちが主君のことを信じ切っているのを見るたび、腹立たしかった。この国を滅ぼすために、今日まで我慢してきたんだ」

ジョセフが、レオンの体をゆっくりと押すのが見えた。

祭壇からレオンの姿が消える。

体から、さっと血の気がひいた。私があの時見た光景と全く同じだ。

儀式の参列者たちもざわつきはじめた。

私は無我夢中で、辺りを見回した。

入口を監視していた兵士たちが、ジョセフに向かって走り出したけど、

これだけ遠かったら間に合わない!

誰か、助けて!

その時、頭の中に声が響いた。

誰かを待ってないで、私がやるしかないんだって。

私は覚悟を決めて、燭台をぐっと握りしめた。

思いきり、遠心力を使って振り回す。

土台の金属部分を向けて、ジョセフと距離をとる。

まさか私が抵抗すると思わなかったみたいで、驚いてるみたいだ。

体全体を使って、重たい燭台を振り上げる。長刀より長いけど、文句言ってる場合じゃない。

次は下から顎に狙いを定めた。

使い慣れた自分の長刀の感覚を思い出す。

金属製の燭台の方が重さがある分、もし当たればダメージは大きいはずだ。

少し重たいけど、腕にぴったり添わせれば私にだって扱える。

私は燭台での威嚇攻撃を繰り出した。右から、左。

何度も練習したステップは体に染みついている。

ジョセフの手から剣がすべり落ちた。

やった!

私は燭台の土台部分で剣を思い切り蹴飛ばした。

カン!

ゴルフみたいに、剣が長い廊下を滑ってカーテンの下に消えた。

少しは時間が稼げそうだ。

一瞬相手から目を話した隙に、こんなに距離を詰められてる!

ジョセフが私につかみかかってくる。

やばい!

私は両手で顔を覆った。

その瞬間、さっき落下したはずのレオンがあらわれて、ジョセフにとびかかった。

ズシッ!

レオンに両手を抑え込まれたジョセフが、鈍い音を立てて倒れこむ。

ようやく兵士が追いついたみたいだ。

「こいつが首謀者だ。捕らえろ」

レオンは息をきらしながら、兵士に告げた。

力が抜けた私は、その場にへたりこんでしまった。

兵士によって縛り上げられたジョセフが、苦々しい表情でレオンを見る。

「お前、どうして生きてるんだ。あの高さから落ちたら、無事ではすまないはず・・・」

「占いのおかげだよ。わかっているんだから、対策くらいする」


その言葉を聞いた私たちは、大慌てでレオンが落ちた箇所を確認しに走った。

そこには四角いテントのようなものが置かれている。

布がぴんと張られた木枠。

うそでしょ?

ベッドの天蓋を、トランポリンがわりにしたみたいだ。

「いくらこれがあるからって、落ちるかよ? 打ちどころが悪かったら、今頃・・・」

アイザックが信じられないって顔でレオンを見た。

「ちゃちなものだが、衝撃を和らげるには十分だ」

「生きてるなら、何で言ってくれなかったのよ!?」

パニックになった私は、思わずレオンを怒鳴りつけた。

泣きたいのか、怒りたいのか、自分の気持ちがわからない。

「ジョセフを油断させるためには、やられたフリをして不意打ちを狙うしかなかったんだ。実際にジョセフが俺を突き落とすところを、皆がこうして目撃した。だからこそ、捕らえることができたんだ。何も知らないお前がリアクションしたからこそ、ジョセフもすっかり信じ込んだようだ。ここまでうまくいくとは・・・」

得意気に語るレオンは、ようやく気がついたらしい。

目の前の私の、おどろおどろしい表情に。

「いや、まさかお前が走ってくるとは思わなかったんだ。危ない目に合わせたことは悪いと思ってるが、おい、怒ってるのか?」

不思議そうなレオンが、おずおずと私の顔をのぞきこむ。

高いところから落ちたレオンが無事だったこと、優しいジョセフが犯人だったこと。頭の中はぐちゃぐちゃだ。

涙が、次から次へとあふれだしてくる。

「これは、レオンさんのせいです」

ノアが、私の隣で冷ややかに告げた。

「ほんとにお前は無茶するよな。実際に落ちるところまで、やんなくてもいいだろ」

アイザックもあきれた顔で、レオンの肩に手を置く。

涙が止まらない。もうこれ以上泣きたくなんかないのに。

「・・・前もって相談できなかったのは、悪かった。反省してる」

レオンは戸惑ったように、私に頭を下げた。

「なんだよ、それ。こういうときは、抱きしめるもんだろ?」

アイザックが好き勝手言ってる。

レオンがそんなことするわけないのに。

その瞬間、レオンの手が、私の背中にそっと触れた。

なだめるみたいに、優しく背中をさする。

その手があんまり優しくて、私は顔を上げることができなかった。


「占い師なら、少しは役にたってもらわないと困る」

レオンはふてぶてしい態度だ。まじでえらそうなやつ!

「こいつ、こういう言い方しかできないわけ?」

私はレオンの顔を指さして、二人に問いかけた。

「まあまあ、でも本当に大手柄じゃん。謀反を阻止して、レオンの命を救うことができたんだからさ。今こうやってケンカできるのも、花音ちゃんのお告げがあったから、でしょ?」

アイザックが、嬉しそうにレオンと肩を組む。


「過去は変えられないけど、未来は変えることができるから」

私たちは、ジョセフが連れていかれるのを複雑な心境で見送った。


そのとき、突然目の前にある光景が広がった。

くっきりとしたビジョンが見える。

私が大聖堂の扉を開けて、そのまま消えていくところ。

・・・これで、うちに帰れるんだ。

「どうされたんですか?」

ノアが、心配そうに私を見上げる。

「・・・うん。私、もうお別れみたい」

「やはりさみしいものですね。花音さんの家は元居た世界だというのはわかっていますが、もう会えなくなるなんて」

しゅんとして、うつむくノア。あんまりかわいいから、離れるのがつらくなる。

わたしはいてもたってもいられなくて、ノアの赤毛をなでた。

「ありがとう! 私の味方はノアだけだよ」

「わっ、犬じゃないんですから」

「ノアは、本当にいい子だね。ノアがいてくれて、本当によかった」

「えー? オレは? いい子じゃないの?」

アイザックが不満そうにぼやいた。

「そうだな・・・いい子ってよりは、いいお兄ちゃんって感じかな」

もしアイザックに励ましてもらわなかったら、絶対にやりとげられなかったと思う。

「それ、いいな。ほんと短い間だったけど、妹ができたみたいで、楽しかったよ。こっちに来たのが、花音ちゃんでよかった」

アイザックがさみしそうな顔で、目線をそらす。

こんな顔されると、なんだか帰りづらくなるよ。

レオンが何か言いたそうな顔で、私を見つめてる。

ほんと、憎まれ口ばっかりでやなやつだったけど。

でも、一番話しやすかったかもしれない。

いきなり別世界に連れてこられて、わけわかんない状況の中。

好き勝手言い合いしてるときだけは、不安な気持ちを忘れてたかもしれない。

「急がなくていいのか? 帰れなくなったら、どうするんだ」

レオンがそっけなくつぶやく。私からじっと目を離さない。

「そんなにせかさなくてもいいじゃん」

なぜか涙がこみあげてきた。意味わかんない。

ずっと元の世界に戻りたいって思ってたはずなのに、どうして悲しいんだろう。

この扉の外、一歩足を踏み入れたら、それで元の世界に帰れるはず。

さっき見た通りの光景だ。

「絶対忘れないから」

私は大きく息を吸って、踏み出した。


さっきまでいた大聖堂から、一瞬で私の家にたどりついた。

たった一日の出来事だったのに、懐かしい気持ちでいっぱいだ。

ほっとしたのもつかの間、家についた瞬間、新しいビジョンが見えた。

あれは、誰?

背が高くて体つきもがっしりしてる、凛々しい青年。

レオンによく似てる。

立派な大広間で大勢を従えて、堂々と語る姿。

成長したレオンが話してるシーンが、くっきりと目の前に広がった。

その横には、アイザックとノアがいる。背が伸びて、大人っぽくなった二人の姿。成長しても、面影がのこってる。

今すぐに会いたくてしかたがない。

ただ彼らの無事を祈ることしかできないのが、くやしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Precious Memories @MicheleMeilland

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る