夜を止める赤

莉夜

青い空気に纏われながら溶けてしまいたい。

そう強く願ったのは何度目だろうか。


高校一年生、キラキラと一部のもの以外は輝いていた。むしろその一部でさえも期待を込めた桜色に見えていた頃、私は恋に落ちた、

落ちたというか堕ちた。


いうならば私は風。この世界の一部にもなれてない、誰にも触れることも触れられることもない海の上を彷徨う風。こうして私は一瞬にして過ぎ去っていき、誰にも気付かれることなく自然消滅していく。昔はそれが怖いと感じていた。しかしいつからだろう私はそれを望むようになっていた。


ー死にたいー

この感覚が世間一般で言う「死にたい」と言う感情に部類されるのは最近になって気づいた。消えたいは死にたい。私の中では全然意味が違っても結局は一緒にされてしまう。所詮私はただの人間なのだ


重力はmg、私はI'm。mだけで繋がっているわたしたち。きっといつかはそのmもなくなって私は宇宙に投げ出される。私が息をしている意味、それはmgがあるから。誰かと創り上げてきたmはいつしかnとなり、地球が一周するのと、時間が経過するのと同じ原理でuとなりyouと繋がっていく。そんな些細な繋がりでも生きていける。








春になって恋を做した私。

「おはよう。」この一言だけでも浮つく心。

焦らして、焦がして。カラメルソースのようにうまい具合ないい味を出すことができない私はまた逃す。視線で追いかけるだけ。虎の威を借る狐ならぬ、うさぎの魅を借る狐。

「好き。」この一言が言えたらどれだけいいことだろう。いや、言えない方が幸せなのかも知れない。振られるのは当然。私は知っているつもりだ。振られる方が辛いのも振る方が辛いのも。

そんな臆病な私はいつのまにか赤が似合う肌になってしまった。

「幸せ」?いや「辛い」。消えてしまった一本の線は細く、長くなっていき私の小指に結ばれる。私によく似合う赤を身に纏って。その先にはだれもいなかった。





「最初のイメージ??」

友達に私と出会った頃のイメージを聞いた。

「黒いきれーな髪の毛してて、背筋がしゃんとしててお姫様みたいだった」

「あ、でも今もそのイメージあんまり変わらないかも!儚いっていうか」

そこで恥ずかしくなって止めた。

自分から聞いといてって思うかもしれないが、ここまで言われるとは思わなかった。

「っていうか、どうしたのいきなりそんなこと聞いて」

どきっとした。聞いた理由は私が周りから見られるイメージが気になったからである。それだけならまだいい。しかし周りというのが"ある人"ただ1人からの印象が気になっているということが相手に見抜かれている気がして。


死ぬんだったら夜を見ながら死にたい。

私には不釣り合いな青に包まれながら。せめて最期ぐらいは不釣り合いと付き合ってみたい。


「儚い」色は白だろうか、きっとなかなか外側の世界に出る勇気のない私の肌の色。

「お姫様」私の憧れだった。着物のよく似合うお城の最上階にいるお姫様。

そして最期、炎に包まれながらきっとこう言うんだ。

「ほんとうに脆く、決意のない人生でした。だってあなたのことをこんな時にまで思い出してしまうのだから。こんな時でもあなたが輝いて見えるのだから。」

昔何かの本で読んだこのお姫様の最期に私は完全に心を奪われた。なんの隔てもなくこの感情を表していいのならこれが私の初恋だった。そしてこう思った。いつかこんな恋がしてみたいものだと。そして同時にこんなにも思われる側でありたいとも強く願った。



言ってしまえば私の願いの一つは叶った。

だって夜景を眺めている私の頭の中にあるのは他の誰でもない君だったからだ。

ほんとに嫌だ。高いビルの光、車のライトきらきらとしているもの全てが余計に君とリンクして見える。




「俺、お前がいてくれないとほんとにやばかった、まじでありがと。」

怖いと有名な先生。そんな先生の目線の先にはうとうとしてる君。たまたま隣の席だった私は先生に当てられて焦ってる君に急いでノートの切れ端を渡した。その切れ端には問われた問題の答え。先生の担当が現代文の先生でよかった。きっと他の教科なら助けたくても助けられない。


きっともうその渡したノートの切れ端は紙屑となってしまったけどこんな一言を言われた暁には私にはもう星屑のように見えてしまう。きらきらと輝く君にあげた私のただの白い紙は君から伝線して輝いている。

「お前がいてくれないと」

そんな都合のいい場面と言葉を汲み取った私はきっと真っ赤になっていたと思う。



これだけは言える。やっぱり私には赤がお似合いだ。



「ねぇ、好きな人とかいないの?」

友達に聞かれた一言。多分きっとこれはごくありふれた女子高生の会話。避けては通れないのだろう。勿論私はいないと答える。いると答えても面倒なことは知っている。

私は冷静な人は嫌いだ。周りと違って私は落ち着いていますよ、とアピールしているようで。その分私の友達は何に対しても新鮮な態度をとってくれる。なにぶん好きな人が居るのかと問いて返ってくる返事はきっと2通りに過ぎないのに、それでも興味深そうに返事をしてくれる。それが可愛いなぁと思ってしまったり。

「じゃあさ、出来たら絶対私に1番に教えてよ!」

勿論だなんて女子高生らしい返事をしてみる。きっとこれから先好きな人を言うことはないだろう、いや絶対にないと断言できる。

ここまでして隠す意味が自分でもわからないが、それだけのモチベーションがあるのは確かだ。そして今日も隠す。赤と同じように。





校舎を回るのが好きだ。一人でただひたすら校舎をぐるぐるとまわる。受験勉強をしている先輩たち、先生と生徒の雑談、更衣室ではしゃぐ声、靴箱を勢いよく閉め走っていく音。バラバラなものが一つとなり、青春と言う名前がつけられる。そんな日常が大好きだ。だって大人になるとこの音や景色は全て「懐かしいもの」という名前をつけられてしまうのだから。たまに通りかかる先生と目が合い、挨拶をする。これもきっと私に対しては冷たすぎる今後生きていくはずの社会では珍しいことなのだろうなと勝手な妄想をする。私は人と比べてよく別の世界に行ってしまうらしい。人を見るとその人の人生を見てみたくなる。でも実際に見ることはできないから想像してみる。これが結果的に別の世界に行っているということなのだろう。記憶の浅い親からはよく言われていた。「いい加減現実を見なさい」「夢みがちでほんとに困るわ」と。まぁそんなことはどうでもいい。こんな私でも地に足を立てている。綿菓子のような気分の私は今ならmgなんかなくとも歩いていけるような気もした。


この世界は結局何にも変わらない。上の人たちは私たちが理不尽だと思う環境でトップを取ったのだから。その方法が最善策だと信じている。校長先生だってそうだ。うちの学校で恋愛ごっこをするな、なんて。先生もみんな破ってるって知っているはずなのに。こんなルールあってないようなものだ。そんなの結局自分が一生独身だったのを正当化しているだけではないか。こういう人がまた独身にマイナスイメージをつける。独身は見方を変えればプラスの方が圧倒的に多いのではないかと思う。まぁ結局そんな文句を言いながら世界を変えてトップになろうなんざ一ミリを考えていないが。結局私も嫌だったことを自分の中でのルールにして押し付ける日が来るのだろう。この世の中には少なからずも一つは理不尽なルールがあって学校や会社という小さい社会にも理不尽なものがある。きっと私の中でのマイルールも他の人にとっては理不尽だろう。例えば君と目が合った時にはシャーペンを一回ノックする、とか。もちろん君の中にも君だけのルールがあってきっとそれも私の中では理不尽以外何者でもないだろう。君が作ったルールと知らなければ。ところが不思議なことにこのルールを君が作ったと知ったらやってと言われなくてもついついしてしまうのだろう。それは私が君によっぽど惚れてしまっていうことを明確にさせる。

シャーペンの芯がその合図で伸びることは君に答えを教えた時一回と毎朝のみんなにしているついでのようにされた挨拶のときだけだったけど。この1秒を忘れたくなかった。だから誰にも気付かれないように私だけのシグナルが欲しかった。

1人で歩いているとついつい色々考えすぎてしまう。無駄なことがポンポンと。

頭の中で考えてしまう。友達にこういう話題を振られたらこう返そう、そうしたらきっとそう返される。そうしたらあれを返そう。


君にこう言われたら____


これが役に立つことはきっと奇跡が起こらない限りないけれど一度考え出したら止まらない。そのせいで夜は眠れなくなる。そうするとどうしようもない不安に襲われてしまう。

学校だと不思議と感傷的になりながらもそれぞれの人生を想像し気分がだいぶ楽になる。

これは私が校舎を回るのが好きなもう一つの理由だ。

他の人の人生を勝手に想像して勝手に楽になる。最低だろうか。

気分がいい時には青春を感じる心の黄色。



一度入り込んでしまうとぐるぐると頭を回る黒色。

ダークモードに設定した私の携帯のようなこの心の色はしばらく消えることはないだろう。



ぐるっと一周回って教室に戻る。

ガタッ


教室で音が聞こえる。私はこの音を知っている。動揺の音。先生に眠っている時に当てられた君の椅子の音。こちらまで毎回ドキッとしてしまう。そんな音。


教室を覗くと君がいた。

1人かと思ったらもう1人いた。あの子だ。

私には似合わない青色がよく似合うあの子だ。




つい、逃げだした。怖くて、何かは分からないけど何かが崩れてしまいそうで、



「お前がいてくれないと」

こんな形でこの言葉を聞きたくはなかった。

辛いでもない、絶望でもない。失望でも。

もしこの世界にもう少し語彙が多ければこの感情は表せれたのだろうか。いや、きっと無理だ。言葉はないからこそ美しいものもある。


帰り道の電車で聴いていた曲はランダム再生のはずなのに何故か私を励ますような、




死んでもいいよというような曲が多かった。


そんな簡単に死ねるはずもなく次の日教室に入るとその話題でクラスは盛り上がっていた。

「やっぱり付き合ったね、あの2人」

どうやら私以外の人は付き合うことを何となく察していたみたいだった。

水の中に顔をつけられた感覚。

息ができなくて、頭が真っ白になって、

つい、目を瞑ってしまいたくなるような、どんどん焦っていく、そんな感覚。




崩れたのは私の世界だった。








それでも日常は繰り返す。神様はこういう時に限って平等だ。私にもみんなと同じ進む時間を与えた。こんなものいらないのに。時間に置いていかれたら誰も私のことを気にしないだろう。



でも今日から私の日常は非日常となった。

当たり前に君を好きでいられたのに、もうそれは叶わないのだから。


5年がすぎた。空っぽの5年が。


20歳になった。歳はとりたくない。男性は歳を取っても渋い、とか、ダンディーとかいい言葉があるのに女性は思い浮かばない。

それはただ単に私の知識不足か。でも友達も言ってた。「確かにないよね」って。あったとしても多分知らない。アイドルだって男性は何十年もやってるのに、女性は短い。永遠にアイドルではいられない。短いからこそ美しいものもある。

長いのは邪魔なのだろうか。私を長い間ずっと蝕んできたこの感情も忘れられるなら忘れたい、邪魔なものだ。


20歳をみんなでお祝いした後の打ち上げで見つけた。久しぶりのあの人に、私をずっと蝕んできたあの人。会いたくなかったけど会いたかった。この5年間何回も思い浮かべた。電車を駅のホームで待っている時、1人で歩いている時、君が声をかけてくれたらなって。そんなこと地球が止まってもありえないけど。


「いやーカッコ良くなってるね。あたしは高校生の頃から思ってたよ、こいつは垢抜けたらとんでもないイケメンになるって!まあ最初から周りがちょっと騒つくぐらいイケメンだったけど!!」

私が視線を向けてた場所に気づいたのだろうか。やっぱり君は私のフィルターなんか関係なく、かっこいいらしい。


彼と目があった気がした数秒後

友達から一言

「あいつ、好きだったらしいよ。あんたのこと」







ありえない。だって私は見た。高一の中頃君がクラスで1番かわいい、1番青が似合うあの子に告白して付き合ったのを。


だって、彼女いたでしょ、と私は反論する。私が君のことを好きだったのバレてないかな、動揺してしまっていることに気づいてないかなとかが頭の中をぐるぐるする。


「なんか、あの彼女やばやったらしいよ。完全にあいつのこと洗脳してたらしい。浮気しても何しても彼女のこと悪く思っていなかったんだって」



ぐちゃぐちゃで言葉で言い表せないものが脳の中を占領する。嫌だ。こんな感情私には贅沢だ。嫌だ。






後悔、だなんて。




私だったら君以外に浮気なんかしないのに、なんて。



黒が私を纏う。綺麗な黒じゃない。汚い黒が。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


俺と糸、糸はとても細いけど、確かで、血のように鮮明な赤だった。




好きになられたら好きになってしまうタイプ、それはまさしく俺のことだろう。ある日告白された。顔も悪くはないし、変な噂も全く聞かない。でも、何かが違う気がして、何か間違っているような気がして、初めは断った。でも優柔不断な俺はあの子でもいいかもなんか生意気な考えをしてあの子の告白を受け入れた。焦ってたのもある。周りがみんな恋人ができていくから。こんな経緯で付き合っていいものかと悩んでいたが男子高校生の間では付き合う過程など興味が無かったようだ。くっついた、ただその事実だけでいいのだ。でもやっぱり俺はもやもやしたままだった。クラスで1番赤が似合う、今にも消えそうなあの子と目があったから。



見えかけていた糸には気づかないふりをした。



告白を受け入れたあの日から俺の世界は一気に狭くなった。まるで筒の中から世界をのぞいたような。


なんで俺を見てくれないの。

俺は俺だけを見てくれる人がいい。

なんで彼女が好きなんだろう。

俺以外しか見ないのに、俺はまだ信じてる。

いつか俺を見てくれる日が来るかもしれないって。俺が、子供すぎるだけかもしれないって。




彼女と俺を繋ぐものがいきなり途切れた気がした。

プツンと音を立てて。切れてたそれはよく見ると灰色だった。


そうか。違ったんだ。この2年間は違ったんだ。


俺と彼女を繋ぐものは蝕むものは何もない。




また目があった。赤を纏う君と、でもいつからか君は白も纏っていたようだ。その小指には赤くて見えないぐらい、今にも千切れそうな細いのが繋がっていた。その先を辿っていたらいつのまにかそれは切れていた。さっきまで確かにそこにあったものが魔法のように消えていった。




繋がっていたはずのその先は辿れなかった。否、辿らなかった。

後悔はしたくない性なんだ。気づかなければいい。





全部忘れればいい。






結ばれるはずだった、運命の恋も。



俺と糸が結ばれていたことも。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



逃げた。ふと目を逸らした。

このままではいけない気がして。

止まってしまった、自分で止めたこの時間がまた進む気がして。もう、進んだら戻れない気がして、実際には進んでいるのだけれど認めたくなかった。でも今これ以上目があったら認めざるを得なくなる気がした。



20歳のお祝いは私を無理やり大人に連れていくための仕掛けだったみたいだ。

いつまでも過去に囚われるなと、世界が仕向けたかのように思えた。


歩きながら思う。



君には何色が似合うのだろう。

赤、青、ピンク、紫、黄、緑、白、


赤だったら私とお揃いなのに。ううん、君に赤は似合わない。赤なんか似合わないで欲しい。


1段


青は嫌だ。嫌でも君と青がよく似合うあの子と付き合っていた事実を突きつけられている気がして。結局あの子側から振って君は振られたと今日知ったのだけれども。


8段


ピンクは君を自由にしたのだろう。私は好きな色を聞かれて堂々とピンクと言えるような女の子になりたかった。


18段



紫は、君にとって絶望の色、君の嫌いものは大体全部紫だった。茄子が苦手でお弁当に入ってるとあからさまに嫌な顔をしていたのを昔、たまたま見た。今はもう、平気かもしれないし、こんなこと今でも覚えてるのは気持ちが悪いかもしれないけど許して欲しい。どう願っても君と会わなかった5年間は埋まらないし、これからも埋めるチャンスなんてないのだから。


50段


黄色は君の好きな色。初めて君を認識したあの日元気な声で言っていた「好きな色は黄色です。理由は…」理由は覚えてないけどこのことははっきり覚えてる。


90段


緑は君の優しさ。美化委員会に入ってた君は朝に眠そうな目を擦りながら下駄箱前の花に水をやっていた。ほとんどみんなサボっているのに自分の当番の日は必ずやっていた。


130段


白は君の努力。全てを染め上げることのできる君の才能。


180段




全部の色が私が君を好きになった理由。

でもやっぱり君を一つの色では表しきれない。




靴を脱ぐ

手を広げ、裸足になった私

見栄を張ったその足の首はやっぱりまた赤かった。

こんな時にまで私には赤が纏わりつくのか。

透明な涙を流す私。

私は堕ちて沈んで、溶けて、終わるんだ。


重力に従う。やっぱり私は従うことしかできない。抗う選択肢を選ぼうとはしなかった。どんな願いも叶うと言われても私は宇宙に行くとは言わない人だ。



「私病んでる人好きじゃないから」

「死にたいって言ってる奴は大体死なないから」

友達だった人に言われた言葉。周りを気にしすぎて自分の評価ばかりだった自分は隠した。暗くて落ち込みやすい性格も。病んでいる辛さも、病みたくないっていう感情も。

でももういいんだ。




あ、





でも最後ぐらい我儘して、自分の欲望のために生きてもいいよね、最期ぐらいは






ありがとう彩くん



ありがとう私…糸。





全部全部大好きだったよ

愛してた。








結ばれたかったな。



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