掌編小説・『虫』

夢美瑠瑠

第1話 ムシできない事態

(これは、今日の「虫の日」」にアメブロに投稿したものです)


 掌編小説・『虫』


 世界有数の昆虫学者で、アンリ・ファーブルの遠い親戚であるアンジェラ・ファーブルは、郊外の邸宅で、朝のニュースを見ていた。

 「次のニュースです。南アメリカの森林地帯を中心に、おそらくは突然変異とみられる謎の昆虫が大発生して、C国の一つの郡が一夜にして壊滅した模様です。きわめて繁殖力の強いこの昆虫はおよそあらゆるものを食い尽くすという強力な顎と雑食の習性を持っていて、狂暴この上なく、強い毒すらあるそうです。詳しいことはわかっていませんが、C国はさきほど「緊急事態宣言」を全土に発令しました。…」

 ガチャーン!!!

 アンジェラは、持っていたコーヒーカップを取り落とした。

 本来柔和な顔は引きつって、青ざめ、ぶるぶる震えていた。

「なんてこと!突然変異?それに毒が!昆虫が増殖し出したら無限大になるのはイナゴの集団が飢饉を呼ぶことで実証済みだわ…尋常な事態じゃない!一刻も早く手を打たなくては!」


 彼女はフランス環境省の諮問委員でもあり、環境問題にも関心があった。そうして、政府の高官や通信社そのほかの私的なネットワークから逸早く最新の情報を知りうる立場だった。午前中にわかるだけの情報を集めて分析した結果、次のことが分かった。

 1・昆虫は”ハンミョウ”のような、外観は美麗な甲虫。普通のハンミョウの3倍くらい大きくて、突然変異かあるいは未知のミュータント?と推定される。動作は極めて素早くて、捕獲はかなり困難。 

 2・強力な鋭い顎に、猛毒があって、噛まれた牛は数秒で死ぬ。大群がピラニアのごとくに死んだ牛を食い尽くす。骨も残らない。

 3・繁殖力が強くて、常時交配している。世代交代が早い。

… …

 「ハンミョウ」は ”斑猫”で spotted cat だが、それに因んで Spartacus jaguar 殺人豹「ヒョウゴロシ」と呼ばれているらしい。


 「事件」勃発から48時間を経過して、猛威を振るう「ヒョウゴロシ」の大群はついにC国を滅亡に追い込んだ。誰も近寄れないので詳細は不明だが、大群はほぼすべてを食い尽くすので、全土が砂漠のようになってしまっているらしい。

 

 一匹の死骸が、極秘扱いでアンジェラのもとに送られてきた。稀代の碩学は研ぎ澄まされた観察眼で詳細にくだんの化け物昆虫を分析した。

 「ヒョウゴロシ、か…この顎と毒では象の群れでもひとたまりもないわね。ほっとくとまずラテンアメリカが一週間もたたずに砂漠化、ゴーストタウン化してしまう。人類滅亡も時間の問題…どうすればいいんだろう?」

 

 青天の霹靂のように地球の文明の「終末」がカウントダウンされ始めたのだ。いや、もう核戦争よりも恐ろしいほどの恐怖の生物兵器がすさまじい勢いで増殖してすべてを貪食し、侵食しつつある。完食した時には共食いを始めて…とどのつまり何もかも「灰燼に帰す」のだろうか?


<続く>

  




 

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