【フリー台本:百合】従者の暇

菜梨タレ蔵

第1話 従者の暇

▶ 舞台: どこかお金持ちの御屋敷

▶ 登場人物

  ①メイド:小さいころから屋敷に使えている。仕事ができる。

  ②奥さま:屋敷の奥様(年頃の息子がいる年齢)

 (※ この二人がどうこうなるお話ではない。)


:::::::::::::::::::::::::::::


メイド:お待ちください!お待ちください奥様!


奥さま:(立ち止まる)


メイド:どういう事ですか?急に暇をくださるなんて…。

    理由を教えてください!一体わたくしにどんな落ち度が?


奥さま:落ち度なんてないわ。

    あなたはよく働いてくれてるもの。


メイド:母の代よりこちらのお屋敷でお世話になって参りました。

    わたくしにとってここは実の家も同然、

    ここを出ても行き場なんて…う(涙)。

    ぁ、失礼しました。で、でも、その位離れ難いのです!


奥さま:私も、あなたの事は家族同然に思っているわ。

    夫も同じ気持ちよ。


メイド:でしたら!


奥さま:出ていけ、と言っているのではないの。

    暇を出す、と言っているのよ。


メイド:どういう事でしょう。

    働かなければ、わたくしがここにいる意味は

    ないはずです。


奥さま:たまにはあなたにも、自由になる時間をあげたいと思ったの。

    あなたにだって付き合いがあるでしょう?

    一緒に過ごしたい相手だっているでしょ?


メイド:え…御存知なのですか?


奥さま:あぁ、まどろっこしいわね。言い直しましょう。

    家族同然、ではなく私はあなたの事を

    もう家族だと思っているわ。

    正彦(息子)の様子が最近おかしくて、

    問い詰めたら女の子を妊娠させてしまったとか。


メイド:…え


奥さま:身に覚えがあるでしょ?

    あの子は相手について頑なに黙っているけど、

    あなたと深い仲である事は屋敷の皆が知っているわ

    …気付かないとでも?


メイド:(被せるように)違います!


奥さま:は?


メイド:わ、わたくしではありません…(震え)


奥さま:なんですって?相手はあなたじゃないの?


メイド:わたくしが坊っちゃまを大切に思っていた事は事実です。

    しかしあくまでもそれは、お仕えする方として、

    守るべきお方としてのこと!

    …どちらかと言えば、幼い頃より共に過ごしてきた

    姉弟のように思っています。


奥さま:あなたじゃないなら、誰が。…誰なの?

    息子をかどわかしたのは…。

    あなたなら、と思って私も主人も…。


メイド:わたくしにも分かり兼ねます…一体どこの女が。

    許せない。


奥さま:ごめんなさい、暇は撤回させて貰うわ。

    息子の相手が誰なのか、突き止めてちょうだい。


メイド:承知しました。


✼・✼・✼・✼・✼


(別の日、ドアをノックする音)

奥さま:入りなさい。


メイド:失礼いたします。例の件ですが


奥さま:思ったよりも早かったわね。


メイド:坊っちゃまの御相手は

    屋敷に出入りの商人の娘だと判明しました。

    問い詰めると…すぐに認めました。

    …わたくしも、何度か会っていますが、気立てが良く、

    親思いで、悪い娘ではありません。


奥さま:…そう。すぐに対処しましょう。


メイド:こうなる前に気付くことができず、申し訳ございません。  

    お傍にいたのに…。


奥さま:確かに、従者としてのあなたに、

    落ち度がなかったわけではないわ。

    でも正彦は昔からそういうところがあったのよね。

    周りが気付かぬ内に自分勝手に物事を進め、

    何度悩まされた事か。流石に今回は…はぁ。


メイド:申し訳ございません。

    わたくしはこの御屋敷のメイド失格です。

    …そしてあの、暇を、いただけきたいのですが?


奥さま:なんですって?


メイド:今回の事で己の無力さを思い知りました。

    わたくしはここにいる資格がありません。

    ご主人様を守れなかったのですから。

    …申し訳ございませんでした。

    暇を出してください。わたくしはここを出ます。


奥さま:責任を取るというの?そんなものは必要ないわ。

    …ここにいてちょうだい。あなたは家族同然よ。

    幼い頃から共にして来たのだから。

    主従の関係など、とうに越えたわ。


メイド:…坊っちゃまは、彼女とご結婚されるでしょう。

    そうなればわたくしは…彼女にも仕えなければならない。


奥さま:あなたの忠義は重々承知したわ。

    息子があの娘に穢されたと思えばあなたの気持ちも

    分からなくもない。

    しかしね、私もあの娘の人柄はよく知っているの。

    大方、息子が無理矢理関係を迫ったのでしょう。

    責任を取らなければいけないのはこちらだわ。


メイド:…わたくしは、耐えられない。


奥さま:そこは穏便にいこうじゃない。

    仮にも正彦が愛した娘なのだから。


メイド:愛してなど、いない。


奥さま:なんですって?


メイド:坊っちゃまは彼女を愛してなどいません。


奥さま:ではあの娘が無理矢理関係を迫ったの…?なんてことっ


メイド:坊っちゃまが!…坊っちゃまが穢したのです。


奥さま:は?


メイド:彼女を、穢したのです。


奥さま:どういう事かしら…?


メイド:彼女はわたくしの大切な人…。

    坊っちゃまはわたくしへの当てつけに、無理矢理…。


奥さま:あなたへの…あてつけ?


メイド:これは生涯黙っているつもりでしたが、

    わたくしが恋心を抱く対象は女性です。


奥さま:え、は、え?えぇ…?


メイド:この際なので申し上げますが、わたくしも実は一度、

    坊っちゃまから…。


奥さま:は?


メイド:ご安心ください。勿論なにもございませんでした。

    自慢の拳で返り討ちにしましたので。


奥さま:え、ええ。我が息子ながら…何をやっているんだか

   (以下ブツブツ)思い起こせばあの子、早熟だったのよね

    部屋にいかがわしい本を隠しているようだし

    女性を妙な目で見つめたり、何度冷や冷やさせられたか

    あぁあ心配してたことが現実に…


メイド:では、これにて。長い間お世話になりました。


奥さま:待ちなさい…!


メイド:もう何も申し上げることは…


奥さま:あなたはもしかして、私の事も…?


メイド:ご安心ください。御相手のいる方に興味はありません。


奥さま:そ、そう。



✼✼✼ おしまい ✼✼✼

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