第660話 狭間

「インク代、バカにならんな」


 枚数が枚数なだけにインクの消費がバカ速に消費されていく。プリンターが先に壊れそうだ。


「写真用紙も結構するし」


 このままだと十万円を突破しそうな勢いだぜ。


 まあ、パージパールを買おうとしても買えるものじゃないんだから五十万円までは許容するとしよう。


 夕方から始め、夜になっても終わらず次の日の午前中かかってやっと終われた。ふー。


「この人、自分が死ぬのを覚悟していたみたいね」


 床に散らばった印刷写真を見ていたミサロがそんなことを口にした。


「そうなのか?」


「死に顔になってるわ」


「…………」


「タカトはなってないから大丈夫よ。じゃあ、畑にいってくるわ」


 穏やかな笑みを残して玄関に出ていった。


 複雑な感情を押さえつけて印刷写真を片付け、アルバムに収めていった。


 まず第一段として四冊のアルバムを持って外に出た。


 そこはジェネスク家の客室。ホームに入るために貸してもらったのだ。


 家の中は自由に移動してくださいと言われているので、客室を出て執務室に向かった。


 町長の家ではあるが、商売もやっているそうで、マグレスクさんの息子さんで、マルデガルさんの弟(次男)、ロクレガスさんが会長として商会を仕切っているそうだ。


 ……なにげに言い難い名前の家だよな……。


「失礼します」


 開け放たれたドアをノックして部屋に入った。


 マルデガルさん似の弟さんで、四十手前なのに商会長としての貫禄を出していた。


「どうかなされましたか?」


「第一弾ができたので持ってきました」


 机にアルバムを置くと、アルバムを手に取って中を開いた。


「……光一様は、こんなに写真を残していたのですね……」


「自分はここにいたと、証拠を残しておきたかったんだと思いますよ」


 光一さんもダメ女神から言われているはずだ。駆除員が短命だってことは。


「精一杯生きたんでしょうね。家族のために、子供のために、なにより自分のために」


 一年目は強い意思があったが、結婚した辺りから目の輝きが落ちてきている。


 家族がいれば、子供がいれば、死ぬわけにはいかないとがんばれるかもしれない。だが、個人の能力でどうにかできることは少ないものだ。人と関わればしがらみも出てくるし、妬み嫉みも出てくるものだ。


「組織を築くのはいい。ですが、組織が大きくなればぞれぞれに思惑が出てくる。派閥というものができてくる。光一さんは、組織の頭として向いてなかったのでしょうね」


 個としての能力が高いのに、それを捨てて全となろうとした。その苦悩が顔に出ているよ。


「……あなたには向いていると?」


「オレも向いていませんよ。この世界に連れてこられるまで工場、工房作業員の一人でしかなかったのですからね」


 誰かに使われる身として十年以上、社会の歯車として生きてきたんだからな。


「自分にできないのならできる者にやってもらうだけ。オレはその手足となって生きさせてもらうだけですよ」


 組織のトップになる才能はなくても誰かに使われる才能はあると思っている。オレは上と下の狭間で生きているのが得意なのだ。


 ……中間管理職。そんな立場になりたかったよ……。


「まだまだあるのでライザさんにも見せてあげてください」


 なにやらライザさんは毎日出かけているそうだ。なにやってんのかな?


 執務室を出て部屋に戻り、ホームに入ってアルバム制作を続けた。


 夜になり、第二、第三のアルバムを持って外に出ると、家の人が帰ってきているようで、夕飯に誘われた。


「ありがとうございます。光一さんが好きだったウイスキーを持ってきますよ」


 準備金が一千万円だからか、山崎十二年がよく写真に収められていた。甘いのが好きだったのかな?


「山崎二十年、やっぱタケーわ」


 段ボールのを四十パーオフシールを使った。やっぱりウイスキーは五千円台のが気兼ねなく飲めるな。


「これ、皆さんで飲んでください」


 マルデガルさんの妹さんに渡すと、難なく受け取った。この人にも光一さんの遺伝子が受け継がれているみたいだ。


 ……魔物と戦う最前線で町を仕切っていられる理由はこれだな……。


「ありがとうございます。今日の夜に出してみます」


「ええ。氷はそのときに持ってきます」


 前に町長と会った畳部屋ではなく、大人数が集まられる洋風の部屋に通された。


 そこには一族関係者だろうか、黒髪の人が何人かいた。日本人の血、どんだけDNAが強いんだか? それともダメ女神に改造された影響か?


「皆もウワサには聞いているだろう。この方がイチノセタカト様だ」


 って、紹介されたので席を立ってお辞儀した。


「一ノ瀬孝人です。セフティーブレットのギルドマスターをしております」


 偉い人たちなんだろう。なんか緊張する。


「あと、イチノセ様より光一様が愛飲していた酒をいただいた。これで乾杯するとしよう」


 メイドさん、ってより家政婦さんと言ったほうがいい女性たちに山崎十二年を注いでもらった。


「では、女神様と使徒でもあるイチノセ様に乾杯!」


 なに、その口上? 恥ずかしいから止めてくださいよ。なんてことも言えるわけもなく、乾杯と口にした。

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