第596話 貧民区の母

 男たちに案内されたマルティル一家の本拠地は、周りよりはマシな建物だった。


 まあ、マシと言ってもボロはボロ。本当に貧民区を牛耳る一家の本拠地なのかと疑いたくなるな。


 外見と同じく中もボロい。素人が建てたことが素人のオレでもわかる。よく崩れないでいられるよな。震度3くらいで倒れるぞ。


「あんたかい。久しぶりだね」


 そう口を開いたのは左右に男を控えさせ、安い椅子に座った老婆だった。


 見た目は七十くらいだが、これまでの経験から二十は若いんじゃなかろうか? 恐らく、カインゼルさんと同じ年代なんだと思う。


「ああ。久しぶりだな、ロキラ。元気そうでなによりだ」


「ふん。嫌みかい? あんたは随分と若返ったじゃないか。生き血でも啜ったのかい?」


「生き甲斐と役目をもらったまでさ。欲しいならお前にもやるぞ。まあ、残りの人生、忙しくなるがな」


「こんな年寄りを働かすとかあんたは悪魔かい」


「女神の使徒──の使いさ。お前もゴブリン殺しのウワサは耳にしているだろう?」


「嫌でも耳に入るさ。コラウス最大のマルティーヌ一家を手中に収めるばかりか、十手じゅってを壊滅させたんだからね」


 十手? 壊滅ってことは人攫いどものことか? そんな組織名なのか?


「女神の使徒はそれ以上の奇跡を何度も起こしているぞ」


 奇跡って、変な妄想広めないでくださいよ。厄介な事がまたやってきそうじゃないですか。


「ふん。あたしらにもその奇跡でも起こしてくれんのかい?」


 嘲るような老婆に、カインゼルさんは懐からジッパー袋から回復薬大を一粒取り出して渡した。ん? 二粒渡していたはずだが、使ったのか?


「すまんな」


「構いませんよ。カインゼルさんに与えたものなんですから」


 回復薬大の他に中を二つと小を五つ渡してある。よほどのことじゃなければ充分な量だろうよ。


「奇跡を見せてやるからそれを飲め。どうせもう長くもないんだろう?」


 確かにカウントダウンが始まったような顔色や痩せ具合である。


「ふん」


 と鼻を鳴らして回復薬大を口に放り込んだ。


 神々しいエフェクトはないが、老婆を蝕んでいたものが消えていくのがわかった。


「どうだ? 奇跡の味は?」


「な、なんだい、今のは?」


「女神の奇跡だ。お前たち、マルティル一家を雇いたい。これは、前払いだ」


 革袋を横の男に放り投げた。


「足りないなら出しますよ」


 こそっと耳打ちすると、いらないとばかりに小さく首を振った。


「お袋、かなりの金貨が入ってます」


 貧民区の母って感じか? どんな経緯を辿れば貧民区を牛耳ることができるんだろう?


「……なにをさせようってんだい?」


「まずは働きたい者を募り、リハルの町で開拓をしてもらう。衣食住はこちらで面倒を見る。望むならセフティーブレットで雇い、兵士として育てる」


「あたしらを使い捨てにしようってのかい?」


「大金をかけて育てた兵士を簡単に捨てるなんてもったいないことするか。足腰立たなくなるまで使ってやるさ」


 なんだろう。セフティーブレットがブラック団体になりそうだ。いや、もうブラック企業も真っ青なブラックだけどな! 


「兵士となるなら給金は出す。それを貯めて家庭を持つなり家族を養うなりすればいい。奇跡は見せた。あとは、実力で勝ち取れ」


 さて。マルティル一家はどう動く? カインゼルさんが言うように奇跡と言う名の手は差し伸べた。これを払うもつかむもそちら次第。つかまなかったときはどうしよう? なんもプランもありません。


「コルレ。炊き出しをやっておくれ。金は全部使って構わない」


「わかった」


 オレから見て右側の中年男が革袋をもらって外に出ていった。


「ルコ。今からお前はカインゼルにつきな。構わないかい?」


「ああ。ルコ。今からお前はわしの副官だ。お前の手下を連れてこい。装備を支給する」


「わかりました」


 ルコと呼ばれた男は三十前後だろうか? 暴力が得意そうな感じだったが、上下関係を尊重するようで素直にカインゼルさんに従った。


「タカト。請負員カードを発行してくれ。あと、下着や服、靴を用意してもらえるか?」


「その前に体を洗わしてください」


 我慢していたが、この臭いに堪えられん。どんだけ体洗ってねーんだよ?


「そうだな。不潔すぎるのは体に悪いからな。蒸し風呂にいかせるとしよう。さらに悪いが、金を出してくれるか?」


「いっそのこと、ここに蒸し風呂を造りましょう。その金も出すんで造らせてください」


 持っている金と、ホームにある金を取り寄せてカインゼルさんに渡した。


「……金は大丈夫なのか……?」


「また稼ぎますよ」


 ミヤマラン公爵領に誰かを走らせて魔石を売ってきてもらうか。山崎さんに送る以外の魔石がまだあるしな。


「必要なだけ使ってくれて構いませんよ。金は使うためにあるんですから」


 それは回り回ってオレのためになる。基礎となる戦力を築くためだ、ここは無理してでも出しておくとしよう。


「……わかった。全力を尽くそう」


「ええ、頼みますよ、兵団長殿」


 申し訳なさそうなカインゼルさんに笑ってみせた。

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