第3話 国と国教

 私が王妃となったホルト王国には、国教がある。


 国境を接した隣国、リカル公国で生まれ、公国自体を聖地とするシシルカ教だ。


 シシルカ教はリカル公国にのみ生息する白い鹿を神の遣いと崇めており、とても大切にしている。


 でも、シシルカを信仰していない国にしてみれば、白鹿の革は貴重で、高級品として人気があった。


 シシルカ教を信仰している多くの国からしてみれば野蛮な行為で神を冒涜するものだけど、遠く離れた海の向こうの商人にとっては、白い鹿の群は宝の山に映ったそうだ。


 白鹿の密猟は、もちろん厳罰に処される。


 白鹿を傷付けてはならないと、子供でも知っている事だ。


 数年毎に、白鹿の密猟団が大規模な摘発を受ける事態が発生する。


 部族単位で密猟を行なっていた者達には幼い子供が含まれている事もあり、犯罪行為で処罰された保護者を持つ子供達は、例外無く孤児となっていた。


 幼き子供にまで罪を問うてはならない。


 それはシシルカの教えでもあり、力の無い子供は保護されるべきだと、孤児達は方々に引き取られていく事になった。


 両親が神聖な白鹿を殺めた者だと知られないようにする事は、孤児となった子供達を守る為には必要な事だった。


 それを知られては、大人になった時にあらゆる事で差別を受けてしまうから。


 シシルカの教えに従って慎ましやかに生き、我慢の一年が過ぎた。


 今日は私にとってとても重要な一日となる。


 その部屋に入る前に、一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。


「本日は、陛下にお願いがあって参りました」


 執務室に入ると、アンドレアはいつもの蔑む視線で私を見た。


「貴様がこの俺に頼み事をするつもりか?立場を弁えろ」


「陛下にとっても悪い話ではないはずです」


「言ってみろ」


「私と離婚してください」


「離婚だと?」


 アンドレアは驚いたように見た。


 その言葉は意外だったようだ。


「白い結婚のまま一年が過ぎると、離婚ができます。それは王家の結婚にも適応されます。どうぞ、陛下は自由の身となって、愛すべき人と一緒にお過ごしください」


「ほぅ?貴様が俺のために身を引くのか?殊勝な事だな」


「私と、公爵家は変わらず王家の力となりましょう。陛下が了承していただけるのなら、離婚の手続きは大聖堂で行いますがよろしいですか?」


「いいだろう」


「最後に一つだけ申し上げたい事がございます」


「なんだ」


「御自分を見つめ直すおつもりはありませんか?」


「唯一無二の王の俺が、何を省みろと?廃妃となった瞬間に処分されたくないのなら、さっさと立ち去れ」


 正確には廃妃となるわけではないけど、特に訂正はしなかった。


「では、次にお会いする時は、大聖堂でですね。陛下、今までありがとうございました」


 私の礼を尽くした言葉にも、アンドレアは最後まで疎ましげな態度を崩さずに、何も言葉を返してはくれなかった。


 これからわずか二日後に、私達の離婚は成立した。


 立ち会ってくださったのは、上級神官のハリソン様。


 私達の婚姻関係の解消は正当なものだと宣言して、一年と数日のアンドレアとの無意味な夫婦関係は終了した。


 一国の王と王妃の離婚にしては、類を見ないあっさりとしたものだった。


 お父様は、何も言わずに私のこの選択を見守ってくださっていた。


 灰色のドレスを着てベールを被った私が大聖堂から出てきた姿は、国民にはどのように映っていたのか。


 国王夫妻の離婚は、今後、予想通りに国民の関心を多く集める事となった。


 私とアンドレアが離婚した翌日。


 国王夫妻の離婚は大々的に新聞で報じられた。


 私はもちろん、ホルト王国の社交界に顔など出せるはずもなく、目立たないように厳かに奉仕活動に従事していた。


 その一方で、ジェマが姿を表すたびに、新聞にはジェマのドレスや装飾品がいくらなのかも、赤裸々に金額が掲載されるようになった。


 アンドレアは記事の差し止めを迫ったが、その新聞社の所属がリカル公国だった為、直接手出しができずに、苦情の申し立てにとどめざるを得なかった。


 新聞社としては、ジェマがより親しみを持たれるように、多くの国民がファッションを参考にできるよう伝えているだけだとの見解を示していた。


 真意がどこにあるのかはわからないが、不作の影響で生活が苦境に立たされている国民の鬱憤は溜まっていくことになる。


 ホルト王国の多くの国民が貧困に喘ぐ一方で、ジェマの散財は対照的だったから。


 アンドレアは、平民が何を言った所でどうせ何もできないだろうと鼻で笑っていたそうだ。


 だから、自分の隣にいる飾り立てられたジェマがどのように見られていても、気にしていなかったらしい。


 みな、競うように新聞を購読し、時には回し読みをして、特にジェマへの恨みを募らせていった。


 ジェマがたった一度しか着ないドレスが平民にとってどれだけ贅沢なものか、もっと配慮するべき事だったのに。




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